<コラムもどき>

在日韓国人朝鮮人問題について

 「在日韓国人朝鮮人問題について」考える機会を得ました。

私は今までに、在日韓国人朝鮮人問題というものについて関わったり

学習したりしたことは、ほとんど皆無でした。

今回、基本的なところから学習してみる必要を感じ、参考文献等を教科書代わりに、

在日韓国人朝鮮人問題についてまとめてみることにしました。


1.在日韓国人朝鮮人が存在する理由

  1910年の日韓併合から1945年の終戦まで36年間、日本は朝鮮半島を支配した。

日本に定住している韓国・朝鮮人の多くは、この間に日本に渡ってきた人とその子孫。

  ・日清戦争で慢性的な米不足におちいっていた日本は、「産米増殖計計画」(1920〜34年)

   といって植民地である朝鮮半島から大量の米を収奪した。

   日中戦争がはじまると、米だけでなく水や地下資源、労働力など、さらに収奪は

   激しくなっていった。

   それによって朝鮮の民衆は貧しくなり、職を失う人が続出した。

   はじめに、そういう人たちが大量に職を求めて日本にやってきた。

  ・1939年には、日中戦争の泥沼化や太平洋戦争突入による労働力不足のために、

   「強制連行」がはじまった。終戦までに「強制連行」で日本につれられてきた人の数は、

   のべ60万人にのぼる。

  ・1945年の終戦当時には230万人をこえる朝鮮人が日本にいた。その多くはすぐに

   自力で朝鮮半島に戻っていったが、戻るためのお金や手段がなかった人は取り残された。

   また、財産の持ち出しを制限されたため、朝鮮に生活基盤がなくなっていた人も帰ること

   ができなかった。1947年の時点で約53万人が日本に残った。

   これが、在日韓国人朝鮮人の「一世」である。

2.「在日朝鮮人」と「在日韓国人」の違い

  日本の敗戦によって植民地支配から解放されると、多くの朝鮮人は「朝鮮籍」に戻ることを望んだ。

 当時の国際法からいって、正当に樹立された独立政府が認めるまでは植民地出身者の国籍は

 変わらない(日本国籍のまま)ということを知り、反発する人が多かった。

  日本も、植民地の出身者が日本国籍のままだと、選挙権を使って天皇制反対の政治運動をする

 恐れを感じ、選挙法を改正して植民地出身者の選挙権を奪い、1947年には外国人登録令

 (天皇による最後の勅令)を発令した。(外国人登録証が公布されたのもその時。)

  南にアメリカの後押しでできた李承晩政権、北にソ連の支持を受けた金日成首相の

 政権が誕生し、それに応じて在日社会も二つに割れた。日本政府は、在日が「韓国」を

 名乗ろうと「朝鮮」を名乗ろうと、本人の自由意志に基づく申し立てを認めた。

  1965年、韓国だけが日本と国交を回復。そこで手続きした者が「韓国籍」を取得、

 しなかった者がそのまま「朝鮮」として今日に至っている。

3.在日韓国人朝鮮人が日本に帰化せずに朝鮮籍や韓国籍のままでいる理由

  T.帰化の手続きが難しいため

  U.帰化をすることは民族性を棄てることだと信じられているため

    (在日韓国人朝鮮人には、国籍が民族的アイデンティティの拠り所だと思われている。)

4.在日韓国人朝鮮人が民族にこだわる理由

    朝鮮人としての民族性を劣等なものだと否定され,剥奪された植民地体験を持っているため。

     ・一世…民族性を持つことは自尊心を持つことと同じ意味。

     ・ 二世…植民地体験はなくとも,激しい蔑視感と差別のなかで朝鮮人としての民族性を

       劣等なものだと否定されて育ったため、強い民族性を持つ。

     ・ 三世…朝鮮人差別がかなり弱まった時代に育ったので、「こだわる」ものとしての

       民族性というより、わずかながら、生活体験の中で自然に身に付いた民族性を

       持っている。

   私が2000年夏に行った韓国の「国立民族博物館」「戦争記念館」でも、韓国民族の

   プライドの高さというものを実感しました。パンフレットの一部を抜粋してみます。

     「国立民族博物館」

        朝鮮時代の代表的な宮殿である景福宮の中に位置した国立民族博物館は、

        韓国民族の伝統的な生活ぶりを感じ、体験できる文化と教育の場である。・・・

        ・・・などの教育活動を通して人々に伝統文化に対する正しい認識をもたらし、

        我々民族のプライドを高めるのはもちろん、韓国文化のタローバル(ママ)化に

        努めている。・・・

     「戦争記念館」

        戦争記念館は、我が民族が5000年もの間、数多くの外国の侵略を追い払い、

        民族と国家を護ってきた先祖たちの護国戦争に関する各種の資料を総合的に展示して

        先烈の護国偉勲を追慕し、後世の人々に護国の精神と戦争の教訓を喚起する護国の

        殿堂として、1994年6月10日にオープンした。

5.在日韓国人朝鮮人にとって韓国は異国

  在日韓国人朝鮮人の問題を日本も韓国もお互いに隠蔽してきた。

   韓国…在日韓国人朝鮮人の問題に触れないことで、国内の民主化運動をする人たちを

       弾圧したり、華僑の人たちへの差別を温存した。

    * 在日韓国人朝鮮人は日韓両国に棄てられた棄民という側面を持っている。

     * 在日韓国人朝鮮人と日本に来たことのない韓国人とは全く違う。

      →在日韓国人朝鮮人を単純に、故国に帰れば迎えられる人たち、と考えてはいけない。


 在日韓国人朝鮮人問題は、歴史的な問題のみならず、「定住外国人に地方参政権を与えるか否か」

など、多くの解決を有する問題をも含んだ、日本が避けては通れない問題だと思います。

「国家」との関わり合いをも含め、これからも学習していきたいと思っています。


<参考資料>

 ・『ハン・ワールド』  http://www.han.org/a/

 ・『日本人対朝鮮人』   永六輔・辛淑玉 著  光文社

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