08/12/1更新

加藤友信の Coupling With


このコーナーは、1970〜80年代のビルボードHOT100のある週のチャートを切り取り、その週にチャートインしている2曲を取り上げ、勝手に私好みの「Coupling With」を作ってしまおうというコーナーです。

    
2008年1月 <For Week Ending January 3,1970>
@ RAINDROPS KEEP FALLING ON MY HEAD - B.J. Thomas C/W K COME TOGETHER / SOMETHING - Beatles
今年は80年代のチャートも盛り込みますと予告したにも関わらず、60年代の香りが残る70年代の幕開けのチャートを紹介します。バート・バカラックの癒しのメロディとジョージ・ハリスンの美しいラブ・ソングが、新年の静かで厳かな雰囲気にお似合いだと感じたからです。B・J・トーマスの「雨にぬれても」は1969年の映画「明日に向かって撃て!」の主題歌としてリリースされました。バカラックの数々の名曲の中でも最右翼に挙げられる曲で、特に私は間奏のトランペット(それも少々音程を外した…)に癒されます。この曲は紹介した1月3日付けチャートより4週連続1位をキープしました。
一方の「カム・トゥゲザー」「サムシング」はアルバム「アビイ・ロード」より両A面でシングルカットされたビートルズ最晩年のヒット曲です。「カム・トゥゲザー」は、ジョン・レノン作詞作曲のシンプルなロックンロールナンバーで、誰が歌ってもシャウトしやすいことから、私のカラオケの持ち歌になっています。一方の「サムシング」は前述の通りジョージ・ハリスン作詞作曲ですが、イントロ・間奏も含めてある種の「隙間」を感じさせ、そこが冬枯れの景色によく似合う感じがします。この両曲はそれぞれ別のシングルとして集計されていたものの、途中でビルボード誌の集計方法が変わり、合算されて1969年11月29日付けチャートで見事1に輝いています。
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2008年2月 <For Week Ending February 25,1984>
@ JUMP - Van Halen C/W B 99 LUFTBALLONS - Nena
1981年にMTVが放送を開始して以来、ポピュラー音楽はPVの映像とともに記憶に残ることとなりましたが、今回紹介する2曲も映像が記憶に残っています。ヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」の方はボーカルのデイビッド・リー・ロスの元気に飛び跳ねる姿と、微笑をたたえながらギターを弾くエドワード・ヴァン・ヘイレンが印象的で「あぁ、この2人もこの頃は仲が良かったんだぁ」と感慨に耽ってしまいます。既にマイケル・ジャクソンのスリラーが出た後で、各アーティストがPVに力を入れ凝った作りになっていく中、ただ演奏シーンを流すというシンプルなPVに好感を持った一曲でした。
一方のネーナ「ロックバルーンは99」は、次週1984年の3月3日付けのチャートで最高位2位を記録したのですが、英語以外の歌詞で2位まで上ったのは確か坂本九の「スキヤキ(上を向いて歩こう)」以来だと当時話題になったと記憶しています。春を感じさせるほのぼのとした曲調とはうらはらに、ネーナの腋毛ぼうぼうさ加減に衝撃を受けたPVでした。ドイツ語の歌詞は反核のメッセージだということでこれまたビックリ。曲調と歌詞がここまでアンマッチなのも魅力のひとつだったんでしょうね。
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2008年3月 <For Week Ending March 27,1971>
F WHAT'S GOING ON - Marvin Gaye C/W P HAVE YOU EVER SEEN THE RAIN - Creedence Clearwater Revival
マーヴィン・ゲイのアルバム「ホワッツ・ゴーイン・オン」は多くのアーチストが影響を受けたと語っています。ベトナム戦争など社会性を持った歌詞でありながら、スピリチュアルな感覚を持っていることが支持を受けた理由だと思います。また曲の構成やアレンジが古さを感じさせず、発表から37年経った現在でも賞賛に値するアルバムだと断言できます。今回取り上げたアルバムのタイトルチューンである「ホワッツ・ゴーイン・オン」は帰還兵だったマーヴィン・ゲイの弟がベトナム戦争の悲惨さを語ったことから触発されて作ったとされています。同年4月10日付け全米チャートで最高位2位を記録し合計3週間2位を維持しました。
一方のクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの「雨を見たかい」もベトナム戦争を歌った曲として知られています。この曲で歌われている「晴れた日に降る雨」とは、ベトナム戦争で使用されたナパーム弾だとされています。森山良子の「さとうきび畑」の歌詞と相通ずるところがあると感じるのは私だけではないでしょう。この時代の歌詞にはある種のメッセージ性が存在し、別れの季節3月のような人生を噛みしめたい時期にはぴったりかもしれません。この曲は同年3月13日付けのチャートで最高位8位を記録しました。反戦歌として当時放送禁止処分になったことを考えれば大ヒットといっていいでしょう。
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2008年4月 <For Week Ending April 3,1982>
A OPEN ARMS - Journey C/W C THAT GIRL - Stievie Wonder
今月からしばらくは、私が高校生活を送っていた1982年から84年のヒットチューンを紹介していきます。まずは高校入学の頃に流行っていたジャーニーの「オープン・アームス」とスティービー・ワンダーの「ザット・ガール」を取り上げます。「オープン・アームス」は当時「翼をひろげて」という邦題が付いていました。前年にリリースされた大ヒットアルバム「エスケイプ」からの3枚目のシングルカットで、「クライング・ナウ」「ドント・ストップ・ビリーヴィン」を凌ぐ全米2位を記録しました。アルバムの中では最後の曲ですが、そのひとつ前の曲「マザー・ファザー」がプログレ的な壮大な曲調だけに、ひときわこの曲の優しい響きが際立つ流れとなっています。いうなれば「エスケイプ」というアルバムの中で最も好きな部分が、9曲目(マザー・ファザー)と10曲目(翼を広げて)の無音部分といってもいいほどでもあります。ジャーニーの名曲のひとつで全米1位になってもおかしくない曲でしたが、ちょうどガールズ・ロック旋風が吹き荒れた時期と重なり、ジョーン・ジェット&ザ・ブラックハーツの「アイ・ラブ・ロックン・ロール」に行く手を遮られました。この次の週はゴーゴーズの「ウィ・ガット・ザ・ビート」が2位に上がって女性もののロックがワン・ツー制覇というような状況でした。
「ザット・ガール」は2枚組ベスト盤「ミュージック・エイリアム」に書き下ろされた新曲で、同じくそのアルバムに収録されていた新曲「ドゥ・アイ・ドゥ」「リボン・イン・ザ・スカイ」とともにTDKのカセット・テープのCMに使われていました。このCMに影響されて、それ以降カセットテープはTDKを選んで買うようになり、400本以上のテープ・ライブラリーは全てTDK製となってしまいました。この頃のCMはいくら金を出しても見られないだろうなと思っていたのですが、いい時代になったもので、今ではYouTubeで手軽に見ることができるようになりました。原野の中でピアノ一本で「ザット・ガール」を歌うスティービー・ワンダー。必見です。
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2008年5月 <For Week Ending May 29,1982>
E '65 LOVE AFFAIR - Paul Davis C/W G ALWAYS ON MY MIND - Willie Nelson
今月も1982年のヒット曲から、ちょっとひねりを入れてセレクトしました。まずはポール・デイヴィスの「65(シックスティ・ファイブ)ラブ・アフェア」から紹介しましょう。ポール・デイヴィスといえば、1977年の「アイ・ゴー・クレイジー」や1981年の「クール・ナイト」といったメロウなAORといった印象ですが、この曲は元気な応援歌といった曲調で、彼の曲の中では異彩を放っています。間奏部分には歓声とチア・リーダーの掛け声みたいなものまで入っています。当時の私は高校に入学したてでしたが、ちょっとした5月病に罹っており、この曲を聴いて励まされたものです。ちなみにビルボードTOP100で6位は、彼のシングルの中でも最高位となっておりちょっと意外な印象です。また、後になって彼は音楽性を転換し、カントリー・チャートを賑わせるようになりました。
さて、カントリーといえば、その頃のカントリー・ミュージック界の大御所ウィリー・ネルソンを取り上げねばならないでしょう。1982年発表のアルバム「オルウェイズ・オン・マイ・マインド」はカントリー・チャートのみならずポップ・チャートでも大躍進し最高位2位を記録しました。今回紹介する曲は、そのタイトル・チューンですが、シングル・チャートでも1982年6月12日付のビルボードTOP100で5位を記録し、以後3週に渡ってそのランクを維持しました。いわずと知れたエルヴィス・プレスリーのカバー曲ですが、彼独特の色に染め上げており、間奏の口笛なんかは秀逸です。長髪にバンダナを巻いてヒッピー・スタイルでギターを爪弾く彼のスタイルに、私は尊敬の念を込めて外国人シンガーにもかかわらず「ウィリー・ネルソンさん」とさん付けで呼んでいます。
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2008年6月 <For Week Ending June 25,1983>
@ FLASHDANCE...WHAT A FEELING - Irene Cara C/W F DON'T LET IT END - Styx
今月は1983年の初夏に大ヒットを記録し、社会現象までになった映画「フラッシュダンス」のテーマ曲から、まず取り上げようと思います。もともとアイリーン・キャラが世に出たのは1980年の主演映画「フェーム」からで、彼女が歌った同名のテーマ曲も大ヒット。一躍スター街道に乗りました。その歌唱力を買われてか3年後の「フラッシュダンス」のテーマ曲も歌い、これが前作を凌ぐセールスを記録しました。1983年の5月28日付けのビルボードTop100で1位になると、7月2日付けチャートまで6週連続でトップを守りました。翌年の「フットルース」もそうですが、青春ダンスものが共感を呼ぶ時代だったと思います。また、サウンドトラックから次々とヒット曲を生み出したことも「フットルース」と共通点を見出せます。
一方の邦題「愛の火を燃やせ」は、私にとっては「フラッシュダンス」以上に思い入れのある曲です。スティクスのコンセプトアルバム「Kilroy Was Here(邦題ミスター・ロボット)」からのシングル・カット曲ですが、ミスター・ロボットと異なりスティクスらしいメロウなこのナンバーに心を惹かれました。当時部活少年だった私は、佐鳴湖のボートの上で、夕闇染まる景色を見ながらこの曲を口ずさんだものでした。「DON'T LET IT END」は、1983年7月2日付けビルボードTop100で最高位6位を記録するスマッシュ・ヒットでしたが、私にとってはかけがえのない一曲となっています。
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2008年7月 <For Week Ending July 24,1982>
A ROSANNA - Toto C/W I KEEP THE FIRE BURNIN' - REO Speedwagon
1982年夏といえば、私がビルボードチャートに目覚めたころで、既に1982年7月のチャートも2004年版で紹介しています。その青春の思い出がフラッシュバックする曲の落穂拾いということで今回再度取り上げてみました。当時はチャートを追いかける事でさまざまなアーティストを知り、洋楽の知識を広めていった時期ですが、一方で既知のアーティストもチャートインしていました。トト、ジャーニー、REOスピードワゴンは中学時代からお気に入りのアーティストでしたが、今月紹介する1982年の7月にトップ20圏内に3組同時にチャートインしています(ジャーニーは「スティル・ゼイ・ライド」で19位にランク)。
まずはトトの「ロザーナ」から。彼らの最高傑作アルバムで、翌年のグラミー賞を受賞した「TOTO W」から最初のシングル・カットで、このアルバムを代表する曲です。ドラムスの故ジェフ・ポーカロが繰り出す「ハーフ・タイム・シャッフル」がキラリと光り、スティーブ・ルカーサーとボビー・キンボールのツインボーカルが、振り向いてくれない女の子に対する心をせつせつと歌っています。ホーンセクションを効果的に使っており、特に後半部のリズム隊とのセッション部分はジャジーな雰囲気を漂わせています。これまでのロックのどの曲とも似ていない新しいサウンドを提供したということで、ロック史上に残る名曲だと思います。7月3日付けのチャートから5週連続で最高位2位を記録し、フォリナーの「ガール・ライク・ユー」と並んで「全米1位を獲れなかった悲劇の曲」と呼ばれています。ちなみにそのころの1位は、ヒューマン・リーグの「ドント・ユー・ウォント・ミー」とサバイバーの「アイ・オブ・ザ・タイガー」でした。
一方の「キープ・ザ・ファイア・バーニン」は、アルバム「グッド・トラブル」から最初のシングル・カットです。前作のアルバム「禁じられた夜」の記録的な大ヒット(15週連続全米1)を受けてリリースされた、このアルバムは前作以上にヒットすることはありませんでしたが、彼ららしいハードな楽曲が揃い、期待を裏切らないものとなっています。その中でシングル・カットされた「キープ・ザ・ファイア・バーニン」や「スイート・タイム」は、キャッチーでポップな方向に振っており、それゆえ渋谷陽一氏に「産業ロック」と揶揄されたのでしょう。確かに「キープ・ザ・ファイア・バーニン」は軽く聴けるロックですが、この曲がヒットしていた夏にふさわしい爽やかな曲調で、私の1982年の大事な思い出の1曲です。
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2008年8月 <For Week Ending August 11,1984>
D SAD SONGS(SAY SO MUCH) - Elton John C/W N PANAMA - Van Halen
今月は1984年夏のスマッシュヒットを紹介します。この年の夏のTop100は、7月7日付チャートから5週連続でプリンスの「ビートに抱かれて」が席捲。その後を引き継いで夏の後半は、レイ・パーカーJr.の「ゴーストバスターズ」が3週連続トップと、相変わらず映画タイアップ絡みの楽曲が大ヒットしていました。そんな風潮の中、映画とはまったく関係のない2曲を取り上げます。
まずはエルトン・ジョンの「サッド・ソングス」。このころのエルトン・ジョンは、さすがに70年代ほどの輝きは失っていましたが、今回紹介する「サッド・ソングス」など渋い楽曲をリリースしていました。ミディアム・テンポで力みのない彼の歌声は、暑い夏に一服の清涼剤となっていました。この曲を聴いてイメージする景色は、私の身近に広がる夏の田園地帯。それほどこの年の生活に入り込んでいた1曲でした。
一方ヴァン・ヘイレンの「パナマ」は、今回紹介したチャートの翌週8月18日に最高位13位を記録しているんですが、もっと流行っていたような気がします。大ヒットアルバムである「1984」からのファースト・シングル「ジャンプ」は、5週連続で全米1位を維持したのに対し、セカンド・シングル「パナマ」は10位にも届かなかったとは意外です。キーボードを前面に押し出した「ジャンプ」より数倍「パナマ」の方がヴァン・ヘイレンらしいと思うのですが…。まぁ「1984」で露見した音楽性や方向性、人生観の違いでヴォーカルのデイブ・リー・ロスがヴァン・ヘイレンを脱退。1984年はヴァン・ヘイレンにとって最高にして最悪な1年だったといえるでしょう。
その他、この週のチャートで触れておかなければならないのは、ティナ・ターナーの復活でしょう。60年代から「アイク&ティナ・ターナー」として活躍してきた彼女も、70年代後半からは不遇の時代を過ごしました。ところが1984年に「愛の魔力」をリリースすると大ヒット。この週では4位にランキングされていますが、9月1日付チャートより3週連続で1位を記録しています。あの独特のヘアスタイルを振り乱して歌う姿が印象的でした。
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2008年9月 <For Week Ending Sept. 26,1981>
C URGENT - Foreigner C/W J HOLD ON TIGHT - Electric Light Orchestra
今月は、このコーナーにたびたび登場する「産業ロック」というカテゴリーに属する2組のロックバンドを取り上げます。まずはフォリナーの「アージェント」から。フォリナーのリリースしたアルバムの中で最も商業的に成功した(全世界で1,500万枚のセールスを記録した)「4」からのファースト・シングルです。「4」といえば、ビルボードTop100で10週連続(!)2位という空前絶後の記録を打ち立てた「ガール・ライク・ユー」があまりにも有名で、私もこのコーナーの第1回目で取り上げました。その「ガール・ライク・ユー」の影に隠れた格好となっていますが、「アージェント」も3週連続で最高位4位を記録しており、リードシングルとして役目を果たしました。イントロのギターが印象的なハード・ロックで、バラードの「ガール・ライク・ユー」よりも、こちら方がよりフォリナーらしいサウンドとなっています。
一方の「ホールド・オン・タイト」は、アルバム「タイム」からのシングル・カットで、同年の10月3日と10日のビルボードTop100チャートで最高位10位を記録しました。「タイム」というアルバムは、私に初めて「コンセプト・アルバム」の存在を知らしめ、特に終盤の「21世紀の男」から(「ホールド・オン・タイト」をカットして)「エピローグ」の流れは、当時の私を唸らせました。さて、「ホールド・オン・タイト」は、その終盤の美しい流れをぶち壊すように無理矢理挿入されているため、アルバム中では非常に違和感があるのですが、単体の楽曲としてはビートルズの初期の楽曲を彷彿とさせ、なかなかの名曲です。ビートルズの大ファンで、後にビートルズのアンソロジー・アルバムをプロデュースした彼らしい曲だと言えるでしょう。
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2008年10月 <For Week Ending October 30,1982>
@ WHO CAN IT BE NOW? - Men At Work C/W O THE ONE YOU LOVE - Glenn Frey
80年代初期に洋楽を聞いていた人なら誰もが知っている楽曲と、かなり聞き込んだ人でも知らない楽曲。今月はそんな2曲をカップリングしてみました。まずはメン・アット・ワークの「ノックは夜中に」から。いわずと知れたオーストラリア出身のロックバンドで、今回紹介する「ノックは夜中に」と次のシングル曲を2曲連続で全米チャート1位に送り込み「オージー・ロック」の旗手として君臨しました。ヴォーカルのコリン・ヘイの醸し出すレイド・バック感とサックスのグレッグ・ハムのコミカルなサウンドが特徴で、一度聞いたら耳から離れない独特の音楽性を持っていました。「ノックは夜中に」は、そんな彼らを表すのに最も象徴的であり、大ヒットを記録しました。1982年10月30日付ビルボードHOT100で1位に立つと、3週連続でその位置を守りました。またアルバム「ビジネス・アズ・ユージュアル」も世界的な大ヒットとなり全米では15週連続1位を記録しています。それにしても、日本語に直すとバンド名は「工事中」、アルバム名は「いつもの仕事」、シングル名が「今頃だれ?」。かなり人を食った人たちでした…。高校時代、学校祭で吹奏楽部のサックス奏者をフィーチャーした軽音楽部のロックバンドが出演し、この曲をノリノリで演奏した光景は今も記憶にとどまっています。
さて、もう一方のグレン・フライ「恋人」は、知る人ぞ知るといった曲です。1981年にイーグルスが解散すると、翌年、主要メンバーだったグレン・フライとドン・ヘンリーが競うようにソロ・アルバムを発表しました。グレン・フライは「ノー・ファン・アラウド」で最高位が全米32位。ドン・ヘンリーの方は「アイ・キャント・スタンド・スティル」で最高位は全米24位。イーグルス時代のアルバム・セールスとは比べるべくもなく、2人とも世間の厳しさを実感したことでしょう。さてアルバムのセールスは低調でも、きらりと光る収録曲があるもので、それが今回紹介する「恋人」です。叙情的なサックスのイントロから始まるこの曲は、グレン・フライの甘い声とあいまって、深まる秋に聞くのにぴったりなロマンチックな一曲に仕上がっています。この曲がヒットしたころ、鳳来寺の木漏れ日の中を散歩したことが忘れられません。ちなみにこの曲は、ビルボードTOP100において、1982年11月6日付と13日付チャートで最高位15位を記録しています。
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2008年11月 <For Week Ending November 2,1985>
@ PART-TIME LOVER - Stevie Wonder C/W F WE BUILT THIS CITY - Starship
2005年9月23日、アメリカのクリーブランドにある「ロックの殿堂」を訪ねた時に、改めて「この曲はいい!」と思った曲が、今回紹介する「パートタイム・ラヴァー」です。ロックの殿堂には、古今東西のさまざまなロックの名曲が試聴できるマシーンが置かれているのですが、なにげなくスティービー・ワンダーのマシーンでこの曲を聴いた時に体中がしびれました。特に6連のビートを刻むハイハットのスピード感が素晴らしく、帰国後カラオケでこの曲を何度歌ったか分からないくらいです。神と呼ばれるスティービー・ワンダーには似つかわしくない不倫の歌ですが、その意外性が受けたのか、この曲は1985年11月2日付けのビルボードHOT100で1位を獲得しています。
一方のスターシップの「シスコはロックシティ」も、その2週間後の11月16日付けのチャートで1位に輝き、2週連続で全米1を記録しています。スターシップというバンドは、元をたどれば1965年結成のジェファーソン・エアプレインで、このバンドもロックの殿堂入りを果たしています。その後、1974年にジェファーソン・スターシップと改名しメンバーチェンジと音楽性の転換を繰り返しながら、1985年に「ジェファーソン」が取れ、単に「スターシップ」と名乗るようになりました。この頃になると初期のジェファーソン・エアプレインとは似ても似つかない音楽となり、いわゆる「産業ロック」と蔑まれながらも初の全米1を勝ち取ってしまいました。さて、この「シスコはロックシティ」ですが、実はサンフランシスコを歌っているわけではなく、いわゆるウエストコースト・ロック調の爽やかな曲調から、日本のレコード会社の担当者が勝手に名づけてしまったのが真相のようです。私たち日本人は、この曲に「シスコ」が刷り込まれているため、カリフォルニアの青い空を連想しがちですが、本場のファンの方々はこの曲を聴いて全く違うイマジネーションを持つのでしょう。邦題恐るべしといったところです。
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2008年12月 <For Week Ending December 3,1983>
B UPTOWN GIRL - Billy Joel C/W 24 TONIGHT I CELEBRATE MY LOVE - Peabo Bryson & Roberta Flack
5年間にわたって続けてきた「Coupling With」のコーナーも今回で最終回とさせていただきます。最終回は、やはり自分の一番好きなアーティスト、ビリー・ジョエルで締めさせていただきます。今回紹介する「アップタウン・ガール」は、アルバム「イノセント・マン」からの2ndシングルで、1983年11月12日から12月10日までの5週間にわたってビルボードHot100で最高位3位を記録しました。アルバムの方も、彼にとっては「ストレンジャー」に続いて2番目のセールスを記録し、またプライベート面でも前妻との離婚問題が片付き、新しい彼女との交際を始めるなど、まさに彼にとって絶頂期といえる時期でした。「アップタウン・ガール」は、その新しい彼女クリスティ・ブリンクリーを歌った曲で、彼女がプロモーション・ビデオに出演したことでも有名です。曲調は、まさにモータウン・サウンドで、バスドラムの刻みだすリズムと軽快なメロディーに、ついつい体を動かしたくなります。ちなみに彼女とは2年後に晴れて結婚することになりましたが、1994年に彼女の不倫が原因で離婚に至っています。
もう一方の「愛のセレブレーション」は、「Coupling With」のコーナーの最後を締めくくるに相応しい、華やかなデュエット・ソングです。日本でもかなり有名なこの曲は、意外にもビルボードTop100では最高位16位(1983年11月5日と12日付チャートで記録)。いわゆる結婚披露宴での定番ソングで、「あなたへの愛を祝う」みたいなマヌケな歌詞ですが、夕暮れ時にクリスマス・イルミネーションを眺めながら聞くとかなりハマります。そんなわけで、私の旅の定番テープである「Twilight Section」にも収録し、日本中のいろんな列車の中で、夕暮れ時に、この曲を聴きまくりました。現在でもMP3プレイヤーに移植し、旅のお供にしています。
さて、「Coupling With」のコーナーは、今回で終了しますが、新年からは毎月30年前のヒット曲を紹介するコーナーを始めます。タイトルは「30 Years Ago 〜 Now And Then」。まずは1979年1月のヒット曲を紹介します。お楽しみに…

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