Coupling With  2006年版

    
2006年1月 <For Week Ending January 26,1980>
F WE DON'T TALK ANYMORE - Cliff Richard C/W H THE LONG RUN - Eagles
今月は1970年代の香りが残る1980年1月のチャートを紹介します。当時中学1年生だった私にとって、この頃のチャートはリアルタイムで聴いている最も初期のもので、より分かりやすい曲がお気に入りでした。クリフ・リチャードの邦題「恋はこれっきり」はイントロ、曲の構成、シンセサイザーの使い方など当時の歌謡曲に相通ずるところがあり、洋楽の世界への入門曲としてかなり自分の中では大きな曲でした。高校入学後、曲作りの真似事をしていた頃もこの曲のイントロをパクったものでした。
一方のイーグルスは、アメリカを代表するバンドとして素人の私でも知っているくらい有名でした。同名のアルバム「ロング・ラン」からの1stシングル・カット曲「ハート・エイク・トゥナイト」とともに、この「ロング・ラン」という曲も大陸の雄大さが感じられ、未知なる憧れを抱いていたアメリカという国に行ってみたいなぁと素直に感じていました。イーグルスは、オリジナル・アルバムとしては、このリリースを最後に解散しましたが、メンバーのグレン・フライ、ドン・ヘンリーのソロになってからの数々の曲は私の青春時代のヒトコマを彩っています。
.
2006年2月 <For Week Ending Feb. 13,1982>
@ CENTERFOLD - The J. Geils Band C/W B HARDEN MY HEART - Quarterflash
1982年の2月は、私が高校受験を控えていた時で「落ちる」という言葉に異常に敏感になっていました。そんな時にビルボードで6週連続でトップに立っていたのがJ・ガイルズ・バンドの「堕ちた天使」ということで、この曲に関しては必ず原題の「センターフォルド」と呼んでいました。曲の内容は「昔あこがれていた女の子が、男性誌のグラビアに載っていた」というお気楽なもので、今から思えば「そこまで神経質にならなくても…」という感じです。無事に志望校に合格し、その年の初夏、高校の学校祭で軽音楽部の人達がこの曲をステージで演じているのを観て感慨深いものがありました。
一方のクォーターフラッシュの「ミスティ・ハート」は、このウェブサイトのタイトルにも使っている「ミスティ」という単語を知るきっかけになった曲です。その後、自作の曲を作るようになり、地元を歌った曲に「ミスティ・タウン」と名付けました。
「堕ちた天使」にせよ「ミスティ・ハート」にせよ、イントロが分かりやすい曲で、中学生の頃には「より理解しやすい曲」が好みだったことをうかがい知ることができます。
.
2006年3月 <For Week Ending March 15,1986>
@ SARA - Starship C/W F ROCK ME AMADEUS - Falco
1985年の夏から1986年にかけて、ぱったり洋楽を聴かなくなった時期があり、その頃のビルボードチャートにはかなり疎い私でもスターシップの「セーラ」はいい曲だと感じました。特に幻想的な間奏に春の宵の雰囲気を感じ、たった1週だけ1位を獲得した3月15日頃に聴くにはうってつけの曲だと思います。年代が15年ほど下った春のとある平日に、私は若い女の子を連れてクルマで営業に向かったのですが、営業先から戻る夕方の高速道路でこの曲がカーステレオから流れ、なんかいい雰囲気になったのを思い出します(結局何もなかったのですが…)。
一方のファルコの「ロック・ミー・アマデウス」はこの後全米1位に輝くのですが、今年がモーツァルト生誕250年ということでウケ狙いでピックアップしてしまいました。当時も今も苦手なラップ調の曲なのですが、同年に流行したランD.M.C.の曲とともに、若者ウケしたということでしょう。しかしなぜこの曲がモーツァルト(アマデウス)の名を冠したのかよく解らないところです。
.
2006年4月 <For Week Ending April 25,1981>
@ KISS ON MY LIST - Daryl Hall & John Oates C/W A MORNING TRAIN - Sheena Easton
80年代の初頭を席捲したアーティストのひとつにホール&オーツというデュオ・グループがいたことは皆さんもよくご存知のことと思います。そのホール&オーツが初めて全米1位を獲得し、私も彼らの存在を知ることになったきっかけの曲が「キッス・オン・マイ・リスト」でした。チープなリズムボックスとピアノのコードバッキングの絶妙なバランスが大好きで、そのキャッチーなメロディともあいまって思わず口ずさみたくなるような名曲です。ビリー・ジョエルから洋楽に入った私にとっては、ピアノのサウンドを前面に出した曲は、中学生だった当時もオジサンになった現在も大好物です。
一方のシーナ・イーストンの「モーニング・トレイン」は彼女の本国であるイギリスでは「9to5」という名前でリリースされ、文字通りOLの会社勤めの一日を唄った曲でした。少し遅れてアメリカでもリリースされた時に同名の曲をドリーパートンが出していたため、「モーニング・トレイン」と名前を変えて発表されました。私にとっては「モーニング・トレイン」という名前だったからこそ、記憶に残る曲になったと思います。というのも、20数年経った今でも通勤電車を降りてホームを歩く時に、調子のいい時はこの曲を心の中で歌ってしまうことがあるからです。新年度を迎え、新入生・新社会人あるいは職場の異動等で、新たに朝の電車に乗車するようになる方も多いかと思いますが、気持ちのいい日にはこの曲でも聴いて爽やかな気分で新しい環境に向かってみてはいかがでしょうか…
.
2006年5月 <For Week Ending May 30,1987>
C ALWAYS - Atlantic Star C/W D BIG LOVE - Fleetwood Mac
80's Hitsに今でもはまる理由のひとつに曲調の雑多なところがあるのですが、なかでも当時席捲したアダルト・コンテンポラリー(あるいはAOR)は好きな曲の種類のひとつでした。その中のひとつである、アトランティック・スターの「オールウェイズ」は、甘いハーモニーが特徴的で今でも結婚式の定番ソングとして有名です。しかし、もともとはファンクをやっていた彼らなので、演奏力も兼ね備えており、私のこの曲のおすすめポイントは間奏部分です。この曲は1987年6月13日付けチャートで見事全米1位を獲得しました。
一方のフリートウッド・マックは説明が不要なアメリカを代表するバンドで、特に私はスティービー・ニックスのシブいボーカルがお気に入りです。さて、このバンドはトラブルと寡作でも有名で80年代には1982年の「ミラージュ」と1987年の「タンゴ・イン・ザ・ナイト」の2枚のアルバムしかリリースしませんでした。後者のアルバムからのファースト・シングルが「ビッグ・ラブ」ということです。緻密でありながら、どこか隙間を感じる独特のサウンドは初夏の夜に聴くのにぴったりで、ぜひご家庭に1枚置いて欲しいアルバムです。
.
2006年6月 <For Week Ending June 28,1986>
@ ON MY OWN - Patti Labelle & Micheal McDonald C/W M DANGER ZONE - Kenny Loggins
マイケル・マクドナルドといえば、ドゥービー・ブラザーズのサウンドを「ホワット・ア・フール・ビリーブス」で一変させてしまったことで有名ですが、ボーカリストとしても「ベルベット・ボイス」と呼ばれる渋いしわがれ声で我々を魅了しています。今回取り上げたのは、パティ・ラベルとのデュエットの「オン・マイ・オウン」ですが、パティ・ラベルの歌声に続いて彼が歌いだすと、何かぞわぞわっと鳥肌が立ってしまいます。梅雨の間の淡い日差しの中で聴くのにぴったりな、バート・バカラック&ボブ・シーガーによるゆったりとした曲調で、じっくり聞き込みたい名曲のひとつです。1986年6月14日から3週連続で全米1位に輝きました。
一方のケニー・ロギンスは、古くからマイケル・マクドナルドと親交があり、前述の「ホワット・ア・フール・ビリーブス」は2人の共作です。ケニー・ロギンスがロギンス&メッシーナからソロとなったアルバム「ハイ・アドベンチャー」にも「アイ・ガッタ・トライ」という2人の共作が収録されており、お互いのソロ活動をサポートしあったようです。その後、ケニー・ロギンスは「フットルース」をぶち当て、続いて大ヒット映画の「トップ・ガン」の挿入歌である「デンジャー・ゾーン」をリリースするに至りました。何か映画音楽ばっかりやっているオッサンみたいな評判が立った80年代半ばでしたが、彼にとってはちょっと不本意だったかもしれません。「デンジャー・ゾーン」は映画「トップ・ガン」のヒットとともにチャートを駆け上がり、1986年7月26日付チャートで最高位2位を記録しました。
.
2006年7月 <For Week Ending July 26,1980>
@ IT'S STILL ROCK AND ROLL TO ME - Billy Joel C/W P SAILING - Christopher Cross
2004年4月の項でも書きましたが、私がビリー・ジョエルを聴き出したアルバムが1980年の「グラスハウス」で、今回ご紹介する曲はそのアルバムからの2ndシングルです。当時の音楽界の流れは、ビージーズを頂点としたディスコブームからテクノやニューウェーブへと移っていく過渡期なのですが、その中でビリー・ジョエルが純粋なロックン・ロール曲で1位になったことは異例のことでした。現在のアメリカの音楽シーンで例えると、ヒップホップ系の曲ばかりチャートに並ぶ中、ロックバンドの曲が1位に立つようなものでしょう。それこそ当時の私はこの曲を歌いまくり、今でも歌詞を諳んじられるほどです。ちなみに日本語タイトルは「ロックンロールが最高さ」。昔は粋な日本語タイトルが多かったことが偲ばれます。
一方、同時期に活躍したシンガー・ソングライターといえばクリストファー・クロスで、偶然2004年4月のカップリングと同じアーティストの組み合わせとなってしまいました。「セイリング」は夏に聴くのにぴったりな涼やかな曲で、この1ヵ月後の1980年8月30日付けチャートで見事自身初の1位を記録しています。彼のクオリティの高いサウンドは全米の音楽評論家たちも絶賛で、翌年のグラミー賞では、彼自身がベスト・ニュー・アーティストに輝くとともに、この「セイリング」がレコード・オブ・ザ・イヤーとソング・オブ・ザ・イヤーに、アルバム「南から来た男」がアルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞し、主要4部門を独占するという離れ業を演じました。最優秀新人賞を含む主要部門独占は、2002年のノラ・ジョーンズが記憶に新しいのですが、彼女はライターとしてソング・オブ・ザ・イヤーにクレジットされておらず、純粋に主要4部門を独占した人間は、長いグラミー賞の歴史の中でクリストファー・クロスただ一人といえるでしょう。
.
2006年8月 <For Week Ending August 26,1989>
@ RIGHT HERE WAITING - Richard Marx C/W G THE END OF THE INNOCENCE - Don Henley
今月は、真夏の夜半過ぎにAMラジオから流れてくると聴き入ってしまう2曲を紹介します。リチャード・マークスは私とそう歳も変わらない1963年生まれ。80年代の後半からブレークし、彼の最も売れたセカンド・アルバム「リピート・オフェンダー」(全米1位)からのセカンド・シングルが、この「ライト・ヒア・ウエイティング」です。若きシンガーソングライターが書いたとは信じがたい美しいメロディとピアノの調べは、快適な眠りに誘ってくれそうです。
ピアノの曲といえばドン・ヘンリーの「ジ・エンド・オブ・ジ・イノセンス」もまたしかりで、こちらはブルース・ホーンズビーとの共作です。イーグルスを解散してソロとなった彼は、「ボーイズ・オブ・サマー」等シブいヒットを出していましたが、当時話題を呼んでいたブルース・ホーンズビーのピアノのメロディー・ラインをフィーチャーすることで、良質の夜の音楽に仕立てました。適度に隙間のあるサウンドが、夜のAMラジオの雑音とマッチして、熱帯夜をクールに演出してくれることでしょう。
最近真夜中のラジオで良質の洋楽を聴かせてくれる番組が少なくなりました。寂しい限りです・・・
.
2006年9月 <For Week Ending September 13,1986>
@ TAKE MY BREATH AWAY - Berlin C/W H WALK THIS WAY - Run-D.M.C.
1996年の9月15日、私は岩国のホテルに滞在していました。岩国は米軍基地があり、FEN(現AFN)が聴ける街として一部の洋楽ファンでは有名です。私もFENのエアチェックのため、山陽から山陰への旅の途中に投宿した訳です。で、ラジオのダイヤルを回すといきなりベルリンの「愛は吐息のように」が流れてきました。この曲は映画「トップ・ガン」の挿入歌として知られていますが、この曲をバックにトム・クルーズがカワサキのバイクを飛ばすシーンが印象に残っています。
つい、この前までこの曲があの時偶然に流れたのかを、気にも留めていませんでしたが、全米1位を記録してからちょうど10年ということで、FENのDJがチョイスしたのでしょう。あの時からまた10年の月日が流れて、2006年9月。もう一度あのシチュエーションで聴きたいものです。
カップリングはランDMCの「ウォーク・ディス・ウェイ」。当時泣かず飛ばずだったエアロ・スミスの往年のスマッシュ・ヒットをヒップ・ホップ畑の彼らが取り上げ、PVでは本家のエアロ・スミスと競演するというおもしろい内容でした。エアロ・スミスのスティーヴン・タイラーのコミカルな演技が印象的で、今でも時々テレビで見かける名作PVです。ちなみにカラオケ屋さんでは、私の十八番となっている「ウォーク・ディス・ウェイ」でした。
.
2006年10月 <For Week Ending October 4,1980>
C GIVE ME THE NIGHT - George Benson C/W H XANADU - Olivia Newton-John/Electric Light Orchestra
ジョージ・ベンソンといえばジャズギタリストとして名が通った人です。ただ、私がジョージ・ベンソンを知ったのは今回紹介する「ギブ・ミー・ザ・ナイト」か、その直後の「ターン・ユア・ラブ」あたり。当然、ボーカリストとしてのジョージ・ベンソンの印象が強くなります。特に、同名のアルバムのプロデューサーは、かのクインシー・ジョーンズで、都会的で良質な大人のサウンドに仕上げています。このクオリティの高い音に、当時中学2年生だった加藤少年はイチコロでした。その後、高校から大学にかけてフュージョンというジャンルにのめりこむ訳ですが、その下地を作った曲として記念碑的な曲といえるでしょう。
一方の「ザナドゥ」は、いわゆる映画音楽なのですが、翌年のクリストファー・クロスの「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」同様、映画は残らずに音楽だけ残ったというパターンでしょうか。とにかくELO独特の厚みのあるサウンドとコーラスに、オリビア・ニュートンジョンの軽快なボーカルがマッチして、心地よい音楽に仕上がっています。ELOとしては、「ロンドン行き最終列車」が収録されているアルバム「ディスカバリー」と、ドラマ「電車男」のオープニングに採用されて再び脚光を浴びた「トワイライト」の入っているアルバム「タイム」の間に位置する曲です。このころのELOはハズレが少なく名曲揃いですので、まだELOをお聴きになったことのない方は、この辺から始めてみてはいかがでしょうか?
さて、最後にこの週のトップ3を紹介すると、1位はクイーンの「地獄へ道連れ」、2位はエアサプライの「オール・アウト・オブ・ラブ」、3位はダイアナ・ロスの「アップサイド・ダウン」でした。70年代と80年代が交錯する1980年秋のチャートですね。
.
2006年11月 <For Week Ending November 24,1984>
A PURPLE RAIN - Prince C/W B I FEEL FOR YOU - Chaka Khan
もともとプリンスは、奇抜なファッションと中性的な容姿が肌に合わず、その当時から毛嫌いをしていたアーティストなんですが、この「パープル・レイン」だけは旅に持って行ったりするほどお気に入りの曲でした。秋の夕暮れから夜にかけて、この曲のロマンティックで荘厳なムードを楽しむにはぴったりの時間だと思います。2000年10月の「日本縦断弾丸ツアー」の夜の特急「はつかり」号車内で、この曲をじっくり聴きこんだのを思い出します。また旅に出たくなりそうです。
一方の「フィール・フォー・ユー」は、「チャカ・チャカ・チャカ・チャカ・チャカ・カーン」のラップで始まるダンスナンバーです。唄っている歌手の名前をイントロで連呼する曲なんてこれ以前にも、これ以降にも存在しないでしょう。最初にこの曲を聴いた時にはぶっ飛びました。曲自体はディスコで映えそうな、リズムセクションのしっかりした曲で、チャカ・カーンのハイトーン・ボイスがはまっています。秋の夜長にみんなで盛り上がりたい方にはオススメの一曲です。
さて、この週の気になる1位はワムの「ウキウキ・ウエイク・ミー・アップ(原題 Wake Me Up Before You Go-Go)」。能天気に盛り上がりたい向きには、この曲の方がぴったりくるかもしれません。
.
2006年12月 <For Week Ending December 16,1989>
@ WE DIDN'T START THE FIRE - Billy Joel C/W G RHYTHM NATION - Janet Jackson
1980年に「ガラスのニューヨーク」を聞いて衝撃を受けて以来、ビリー・ジョエルのファンを続けてきましたが、ようやく彼のコンサートに今月行くことになりました。「ガラスのニューヨーク」が収録されているアルバム「グラスハウス」から「ロックン・ロールが最高さ」、「イノセント・マン」アルバムから「あの娘にアタック」、そして今回紹介する「ストーム・フロント」アルバム収録の「ハートにファイア」と、ビリー・ジョエルは合計3曲の全米第1位シングルを持っています。この曲は、ご存知のとおりビリー・ジョエルが生まれてから1989年までの社会の出来事を歌っている曲で、本国アメリカでは歴史の授業の題材に取り上げられたほどです。ビリー・ジョエル自身も後年語っていますが、これほど単純なメロディーでよく全米1位まで登りつめたものです。人がやったことのないことを思いつき、レコーディングするという彼の才能は大したものです。コンサートでは、この曲を必ず演っていますので現場で堪能してきたいと思います。
一方の「リズム・ネイション」は、当時JALのCMタイアップでヒットしました。PVでもそうですが、JALのCMでも彼女のキレのいいダンスが垣間見られ、印象的な作品でした。当時飛行機に一度も乗ったことのなかった私も、今では1〜2ヶ月に1度は乗るほど、日常的な乗り物となってしまいました。ですので、空への旅の憧れがあった時代に見た、航空会社のCM曲を今聞くと、なんか甘酸っぱい思いでいっぱいになってしまいます。隔世の感がありますね・・・
さて、3年間この「Coupling With」のコーナーを続けてきましたが、80年代の曲ではネタがそろそろ切れそうなので、来年は70年代の曲を1年間取り上げてみたいと思います。引き続きご愛顧のほどお願いします。

もどる