日本LD学会会報 第29号発表原稿

通信指導によるLD児指導

       岡山D&Lスクール  津田誠一

Ⅰ.はじめに
 我々が行っている通信指導とは、子どものプロフィール及び観察ノートを活用した徹底した個別指導であり、家庭指導である。子どもの生育歴、現時点での問題点など、細かく記入したプロフィール用紙と日々の生活の様子等を記入した観察ノートとを検討し、それを参考にしながら返信されたプリントを見ていくことにより、子どもの全体像を把握しきめ細かな指導を行うものである。

 その際、保護者に電話で、プリント学習上の注意点の指示のみならず、子どもの様子の細かな聞き取り、保護者の子育て上での悩み相談なども行っている。これらは本来、面接しながら行うのが理想だが、距離的・時間的制約のため次善の策としてこの方法をとっている。
 今回、中学3年の受験生を指導し、合格した例を紹介する。尚、紙面の関係から算数の指導例のみ述べることとする。

Ⅱ.導開始時点での状況
 中学3年の5月、受験を目前に控えてせっぱ詰まった状況で通信指導を開始。その時点における校内での試験の結果は主要教科において一桁代の得点となっていた。

Ⅲ.生育歴
 幼児期においては、1歳を過ぎても言葉を話すことができず、それ以後も言葉の遅れをもっていた。ミニカーを一列に並べることを繰り返して行う、人前に出るのが苦手で他の子どもと遊べないなど、遊びの面において自閉的傾向を示していた。3歳の時点で三輪車に乗れない等運動発達面でも未熟さが残っていた。

 5歳で幼稚園に入園するが、勝手な行動をとる、先生の指示が聞けないなどで、先生とのトラブルが絶えない日々を送った。また、勝手な行動をとり集団生活を送れず、教室で浮いた存在となり、孤立していた。

 小学校時には、発達の遅れによる言葉の問題、学力低下の問題、集団生活へのなじみにくさなど様々な要因が絡み合い、いじめに遭うようになる。 また本人も、自己の行動に対する先生や親の度重なる叱責等から二次障がいに陥り、自信を喪失していた。

Ⅳ.指導開始時点における主訴
(1)学習面
  1.算数・数学では計算は何とかできるが文章題ができない
  2.国語などで相手の心情を問う問題ができない
  3.作文が苦手でどう書けばよいのかわからない
  4.文法の問題ができない
(2)社会性
  1.自分で善し悪しの判断が付かない
  2.相手の感情を読みとることが苦手
  3.遊びのレベルが低い

Ⅴ.算数における指導
 母親からの聞き取り調査と最初に送付したテストの結果から、対象児の能力は小学校の3年生の初期の段階にあることが推測されたので、そのレベルから指導を始めることとした。

 まず、かけ算わり算の文章題から指導を始めることとした。その結果は、数字だけを見てかけ算わり算を判断している様子であった。これは、文章に接した際、文意をくみ取り頭の中で操作する力の弱さ(イメージ力の弱さ)に起因することとが推測された。

 そこで、文章の読み取り能力を高めるため、カード学習で指導を進めることとした。すなわち、問題文を文節ごとに区切って短冊に書き、それを
 ①正しい問題文になるよう並べ替える  ②短冊一枚一枚の文章の意味を確認する(その際、言葉の理解度をあげるように心掛けるとともに、算数独特の言い回し(算数用語)になれるように注意をして指導した)  ③開始量、変化量、結果量は個別に意識させる  ④頭の中で操作させてみる  ⑤できなければ具体物を使って操作させる。また、実際の行為をさせてみることで、イメージ力の弱さを補う

 という順序でステップを踏んで考えるように指導した。

 また、言葉の遅れの影響からか、文を読んでいても内容を的確に把握していないように見受けられた。そこで、上記の指導と併用して、解らなかった単語を抜き出し、その意味と用法を自分で調べ、その単語を使った文を作るプリントを作成し、課題として与えた。

 この方法で3ヶ月ほど指導を行ったところ、指導開始時点では自力で解けない問題も解けるようになってきた。そこで時間的制約もあることから、8月より4年次の問題へとレベルアップすることとした。

 ここでまず問題となったのは、時間と図形の問題である。時間の問題においては、時系列に沿った問題の場合はできるのだが、反対に時系列を遡って考えなければならない問題はできないと言うものであった。「可逆性」の獲得の問題があることが考えられた。

 時間概念の問題は、学習効果よりも、日常生活の中から獲得される要素が大きいことが指摘されている。そこで、類似問題文のリピートだけではなく、自分で一日のタイムテーブルを作らせることから取り掛かった。その後、1週間分、1ヶ月分と、徐々にタイムスパンを広げていった。これは即効性はなかったが、12月ごろになると、それまで時間の約束が守られなかったものが、自分で時間のマネージメントができるという副次的効果を生んだ。

 図形の問題は、プリント学習と並行して、迷路や図形模写を出題した。これで、垂直や水平という概念は獲得でき、初歩的な問題は解けだした。
 指導は3年次から4年次の半ばまでレベルをあげて指導することができた。文章題の問題点は、改善点が見られたが、視知覚の問題と関係している図形(空間概念)と時間概念の問題点は今一歩の感が残るものとなった。

Ⅵ.まとめ
 該当者は時間的な制約からこの時点で受験となったが、幸いにも合格することができた。
 この指導を通して、我々が得たものをまとめてみると次の3点に要約できる。
  ①徹底した個別指導・家庭指導
  ②保護者への電話でのサポート
  ③イメージ学習法を用いた指導

 紙面の都合から②の点についてだけ述べることとする。保護者は、LD児特有の分かり難さから、「なぜ」という思いが強く、それが親子関係の危険を招いている場合が見受けられる。
 その「なぜ」に対し、一つ一つ説明することで保護者の不安や焦りを取り除き子どもと正対できるようになる。実際この指導中も「やっと子どものことが解るようになりました。」という言葉が返ってき、それ以後子どもの精神状態が落ち着いたようである。「子どもを正しく理解すること」が指導の第一歩であることが実感できるエピソードだった。


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