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渋谷駅すぐの児童精神科・精神科クリニック

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Topic 2

 鉄欠乏と不登校

 開業してたくさんの患者を診るようになって、初めて気づいたことが幾つもある。その一つに鉄欠乏が体調不良に思ったより強く関与しているということがある。日本人の女性の三分の一に鉄欠乏やそれと関連した鉄欠乏性貧血があると言われている。これは、欧米人と比較して鉄分の多い肉類の摂取が少ないこと、自然に鉄供給の元になっていた鉄製の調理器具がアルミ製などに置きかわってしまったこと、ファストフードの利用が増えたことなどのためと言われている。しかし、その多くは放置されている。放置されている理由の一つに、小児科や精神科の血液検査嫌いを挙げることができる。忙しい小児科医のなかには採血で子どもが泣くのを嫌がる方がおられるし、精神科医にしても、コストパフォーマンスの観点で、採血をしてくれる看護師や検査技師の雇用はハードルが高い。もう一つの理由は、鉄代謝を評価するための貯蔵鉄「フェリチン」の基準値と望ましい数値の食い違いが挙げられる。検査の機械から自動で打ち出される基準値は5〜150ng/mLとされており、芟沁メのおよそ97%が入る範囲である。この基準値を目安にしてしまうと、フェリチン測定の1%ちょっとくらいが鉄欠乏とされるに過ぎない。しかし、意欲低下などの精神症状を防止するには50〜80ng/mLは欲しいと言われているため、5ng/mLでよしとされると、多くの人が鉄欠乏のまま放置されてしまう。鉄は全身の細胞にとって、エネルギーの元となるATPを生み出すために必須である。このため、欠乏するとまず脳が影響を受けて意欲減退、集中困難などが起こってきて、更に進むと疲労感や体調不良が起こって、最終段階としては貧血が起こってくる。さて、以上のような予備知識の下で、よく来院される鉄欠乏が関与した不登校の例を挙げてみる。個人情報に配慮して、挙げる症例は個人情報を改変して数例をブレンドした架空の例であることをご了承願いたい。



症例1
初診時中学校1年生女性。1年前、小学校6年生の時、ゴールデンウィーク明けに、休み疲れもあって、朝起きづらく遅刻して登校した。遅刻したことを先生に注意されたことで、先生の顔を見るのが嫌になった。翌日も朝怠かったため、先生に会うのが嫌だったことも手伝って一日休んでいた。それから数日は、遅刻して登校したり、体調不良を理由に休んだりを繰り返した。5月の中旬頃からは、朝怠さをおして家を出るとフラつきや頭痛が起きるため、休むことが多くなった。6月からはほとんど登校することができなくなり、あさのフラつきや頭痛の相談に近所の小児科を受診した。小児科では不登校という評価を受けて、カウンセラーと週に1回面談して相談をするようになった。それから約1年、朝起きる時間は徐々に遅くなり、週に1回のカウンセラーとの面談のほか、日曜日に母親と買い物にでる以外はほとんど外出もしなくなった。起床が昼前になっているので、夜はなかなか眠気が起きなくなり、就寝は明け方になった。1年間みるべき改善がないため、当院を受診した。初診時は収縮期血圧80台の低血圧があり、顔色も蒼白で貧血があるようであった。このため、低血圧の原因検索と貧血の原因検索として鉄代謝を検査した。その結果、低血圧の要因となるような内分泌異常はなかったが、ヘモグロビン 11g/dLの軽度貧血と、フェリチン 9ng/mLの比較的高度の鉄欠乏が明らかになった。このため、鉄剤処方と、ずれてしまった昼夜のリズムを立て直す相談を定期的に継続して、3ヶ月後には登校できる日が増えてきた。



上述の症例は、不登校の要因として鉄欠乏による体調不良が大きかったのにもかかわらず、学校に嫌なことがあるとか、親子関係に問題があるとかと決めつけられて、小児科医からカウンセラーに任せられた。カウンセラーに任せるのは決して悪くはないが、並行して身体要因の検索もされていたら良かった。カウンセラーに任せるのは悪くないというのは、不登校の要因は往々にして複合的であるからである。鉄欠乏で体が怠かったとしても学校が楽しければ頑張って登校できるかもしれない。もともと学校が嫌だが、体調が良ければ、不登校とはならないかもしれない。筆者などは小学校4年生以降、学校がほんとうに嫌だったが、体調も悪くなかったので、高校卒業まであと何千何百何十何日と指折り数えて堪えたものである。だから、体調不良への介入と併せてカウンセラーと相談するのは悪くはない。しかし、当たり前のことではあるが、カウンセラーと話しても、精神科の薬を服用しても、鉄欠乏による怠さが治るわけではない。

重要なことは、このような例はとても多いということだ。専門医の更新のために一昨年不登校で初診した例をまとめたことがある。驚くことに半数近くに鉄欠乏が存在した。女の子は小学校高学年で身長が伸び出した時点で鉄欠乏が始まることが少なくない。だいたい6年生頃から月経が始まるので鉄喪失が多くなり、中学校に上がる前後から鉄欠乏が表面化することが多い。男の子も身長が高かったり、サッカーや長距離走のような赤血球寿命が短縮する要因があったりすると鉄欠乏に陥りやすい。

上記のようなことを知ると、「念のため」鉄のサプリを服用させようとする親御さんもいるかもしれない。しかし、鉄欠乏がないのに鉄剤を服用すると鉄過剰となって健康を害することがあるので、あくまでも、症状に基づいて医療機関で血液検査をして、結果を踏まえて対処するようにしたい。市販のサプリメントであっても連用すると鉄過剰を引き起すことがあるし、サプリメントは医薬品と違って安全性試験が行われていないため、それによる健康被害の可能性もある。また、ほうれん草やレバーのように鉄含有量が多い食品の過剰摂取も、ほうれん草であればシュウ酸結石のリスクがあるし、レバーは解毒を役割の一つとする肝臓であるので、有毒物質が集積する可能性があり、過剰摂取は心配である。
 


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