ASDの子どもの「自分の言葉で」嫌いや「人の気持ち」嫌い1.
こんな事例にしばしば出会います
以下に示すのは模擬事例であり、実在する特定の事例ではありませんが、同様の例にはしばしば出会います。
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模擬事例1
中学生のA君は、1か月に1回、お母様と一緒にクリニックに通ってきています。だいたいは家や学校であったことの振り返りを一緒にして、彼のASD特性を前提として様々な場面での乗り切り方を助言することを続けています。ある時、学校であった嫌なことを自分で説明できないのでお母さまから教えてもらいました。A君は学校で嫌なことがあるとお母様に報告することが多いので、お母様も概略を知っているというわけです。お母様は要領よく事の顛末を説明してくれた後でA君に向かって、「だいたいそんなことだったよね!」、「あなたも自分の言葉でちゃんと言って!」と繰り返しました。その時A君はまるで辛い獅子唐辛子を噛んでしまったような嫌な顔をして、お母様から数十cm離れました。A君に限らず、ASDの子どもは、「自分の言葉で」いってと言われた時にとても嫌な気持ちになることが多いようです。今回はASDの特性を理解したうえで、このことへの対策を考えてみましょう。
(2)
模擬事例2
B君は小学校低学年の男の子、学校や家で同級生はご兄弟が傷ついてしまうような言葉を発してしまうということを主訴に親子で相談に来られました。知的には高いお子さんで、知能指数は130くらいあります。親御さんや学校の先生からすると、クラスの中で勉強はよくできて、ニュースででてくる時事問題などもよく知っているB君が、人の気持ちが理解できずに同級生やご兄弟のちょっとした勘違いや誤解に対して、小ばかにした言動を繰り返す理由が分からないということでした。幼少期から友達との役割遊びは一見するとできていたようですが、よく聞いてみますと遊びの中で友達とすれ違って一日に何度も衝突していたようでした。また、自動車の走る音や風の音を異常に嫌がり、知覚過敏があることは明らかでした。その他、歴史の本を読みふけることに長時間を費やしていて、誰も知らないような徳川幕府の秘密を知っているなど、興味や関心の限局も著明でした。これらからASD傾向があり、この年齢ではまだ人の気持ちに配慮した言動は難しいことが分かりました。このような例に関しても、ASD特性の理解に基づいて、対策を考えてみましょう。
2.
事例を理解するために−ASDの特徴
(1)
ASDにおける言語機能の立ち上がりの遅れや心の理論の確立の遅れ
ASDでない子どもの多くは、2歳過ぎになると単語ではなく、文章で発言できるようになり、大人の言ったことも細かいところは分からなくとも、その概略を理解してある程度大人の言うことを聞き分けてくれるようになります。ところがASDの子どもは、全体の能力の中で、話したり聞き分けたりする能力が数年遅れて伸びてくることが珍しくありません。このため、特に幼少期においては大人の言うことが理解できず、聞き分けがないと言われ、親子の双方が多大なストレスを感じることが多いようです。発語についても、例えば友達とのトラブルがあった時などに大人から事情聴取されても上手く説明できず、その度に何度もしつこく問い詰められることが繰り返されがちです。また、心の理論というのは簡単に言うと、物事を自分の視点だけではなく、他人はどう考えたり感じたりするかを理解する能力です。ASDではない多くの子どもは5歳くらいの発達年齢でこれをクリアしますが、ASDの子どもはこれが10歳頃に遅れることが多いのです。これらのことを頭において、上述の模擬症例を理解していきます。
(2)
ASDにおける知覚過敏
今一つのASDの子どもの多くが持つ特徴に知覚過敏があります。特に幼少期に目立つことが多いのですが、大人になってもその特徴を有する方も珍しくありません。よくみられるのは聴覚過敏です。上述の例のように、自動車の走る音や風の音や掃除機の音を異常に嫌がることがあります。これらと関連して、耳を手のひらや指で塞ぐしぐさをする子も居ます。また、明るいところで過剰に眩しがったり、親御さんやお友達の顔や目が近づいたりするのをとても嫌がる子も居ます。また味やにおいに過敏で、偏食の元になることがありますし、皮膚感覚に過敏で、洋服の襟のタグが皮膚に触れるのを苦痛に感じたり、特定の肌触りの服しか着なかったりすることがあります。
3.
「自分の言葉で」嫌いの成り立ちと対策
さて、以上のようなASDの子どもの特性を頭において、「自分の言葉で」嫌いの成り立ちを考えてみます。ASDの子どもは、特に幼少期には言語表現が苦手ですから、上記のように友達とのトラブルの際に、ことの経緯を上手く説明できずに、大人からしつこく問い詰められることが繰り返されがちです。その時に、「○○ちゃんの考えを聞きたいの!」、「○○ちゃんの言葉で教えて!」、「○○ちゃんはどんな気持ちだったの?」などと繰り返し聞かれがちです。これは言語表現が苦手なASDの子の苦手意識を増強してしまいます。また、このような場面で大人が聞きたいことは、子どもの気持ちだったり、体調だったり、未来や過去の目の前にないことだったりと、この子たちが表現するのが苦手な領域であることが多いのです。更に悪いことには、大人の声はだんだん大きくなり、大人の目や顔が目の前に近づいてくることもあり、知覚過敏のあるASDの子にとっては益々辛い体験となります。こういったことが繰り返されますと、言語表現が上手くなってからも、自分の言葉で、自分の気持ちや意見を表現することに対して抵抗を持ち続けることになってしまいます。こうしてASDの子は自分の意見を言ったり、自己主張したりすることに対して抵抗を強めてしまって、何を聞かれても、「忘れた」とか「わからない」とかというワンパターンの応答をするようになってしまいます。このような悪循環を避けるためには、あまり自分の意見や自分の気持ちを言葉で表現させることに拘らず、できたらいいな・・・くらいの気持ちで対応することが良いようです。
4.
「人の気持ち」嫌いの成り立ちと対策
人の気持ちを考えて!ということもASDの子どもの苦手分野です。上述のように、他者の視点や気持ちをイメージすることが苦手であるからです。ですから、この子たちが人を叩いてしまったときに、「叩かれた△△君の身にもなって!」、「あなただって叩かれたら嫌でしょう!」といったお説教をされた時に、概ね小学校低学年以下のASDの子にとっては、理解できないことが多いのです。人の視点とか、人の感じ方とかを想像することが苦手であるからです。小学校高学年になると理解はできるようになりますが、低学年のうちに、<人の気持ち>をイメージすることを強要され続けると、<人の気持ち>というワードがでてくるだけで抵抗するようになることも珍しくないのです。人の気持ちをイメージすることができないのですから、それに基づいたお説教も理解できず、ボーッとしていると、大人の声がだんだん大きくなったり、顔が近づいてきたりするといったことが繰り返されることで、「人の気持ち」嫌いとでもいうべき状態が作り出されてしまいます。これを避けるためには、「人を叩いてケガおさせたら傷害罪」、「ケガをしなくとも暴行罪」で犯罪なのだよ!と教えた方が副作用が少ないようです。人の気持ちを教えるつもりで、人の気持ちに抵抗を持ってしまったら本末転倒です。
今回は、ASDの子どもに起きがちな問題のうちで、親御さんや学校の先生が意識しないで(ASDの子どもを定型発達の子どもと同じに対応することで)惹き起こしてしまうものについて述べてみました。お子さんのASD特性にちょっと気遣うことで予防できることですので、お気に留めていただけたら幸いです。
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