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自閉スペクトラム症でみられる算数・数学の問題

ASDでは日常生活でも学習でも、非ASDの人たちとは世界が違って見えていることがあるために、他人が気付かないようなことに気づくという良いことがある代わりに、他人が容易に気づいたり理解したりすることが苦手であることがあります。このような特徴は算数・数学の学習でも現れることがあります。今回はこれについてどのようにクリアしたらよいのかを含めて少し詳しく述べてみます。次に5例ほどよく相談される算数・数学の困難について紹介して解説します。

1. 物の個数をなかなか数えられない子

1,2,3,・・・といった自然数には、集合の要素の個数(数学では基数という)を表す役割がありますが、それとは別に、集合の中で何番目かという順番(数学では順序数という)を表す役割があります。ASDでない多くの子どもは、自然数のこのダブルの役割をなんの疑問もなく日常生活のなかですっと理解してしまいます。そして、お団子が3つあれば、1,2,3と順序数の役割を用いて数えて、最後の要素を数え終わった時の数字である「3」を要素の個数として「3個!」と問題なく答えてくれます。ところが、ASDの子のなかにはこれがすっと理解できず、「最後に3っていったら、個数は3だよ!」と教えてもなかなか理解してくれないといったことが稀ならず起きてきます。3まで数えた直後に、「何個?」と聞くと、「4!」などと元気に答えることがあります。公文で算数を学習し始めたある子どもの場合は、物の個数を数えるという初期の教材がなかなかクリアできず、お弾きを1・・・2・・・3・・・と数えて、最後の3を言った後、空かさず「3個!」と言ってあげるということを毎日毎日数十回繰り返して、数か月後にやっと、「1・・・2・・・3・・・と数えて最後のお弾きに対応した数字が個数である」ということが定着したそうです。しかし、この子はその後の1年でとんとん拍子に公文の教材をクリアしていって、1年間で3年生までの教材を終わってしまったそうです。算数・数学のどこかで躓いても、それが即苦手であるとか、向いていないということにはならないのです。ASDの子どもは、物の個数といった、ほとんどの子どもがあからさまに教えなくとも獲得するような概念が理解できずに上述の子どものようにそこで引っかかってしまうことがしばしば起こってきます。それでそこさえクリアすれば算数・数学が得意になるかもしれないことを見逃してしまいがちです。ではどのように教えるべきかというと、やはり上述の例が教訓になります。この例で言えば、毎回同じお弾き、あるいは公文の図を使って、毎回同じようにたんたんと1・・2・・・3・・・とカウントして、毎回同じように最後の要素をカウントした直後に「3個」と言ってあげることを、毎日毎日繰り返します。毎回同じ、たんたんと、毎日毎日

というのがポイントです。これはASDの学習の特性を考慮したものです。「数を数える手順」を憶えてもらうために、「毎回同じ」でないと同じ学習であることが認識されないかもしれません、また、たんたんとやらないと「余計な情報」で注意が逸れてしまいます。その上、「毎日毎日」繰り返さないと定着し難いのです。

2. 量の概念がはっきりしない子

ASDの子は、中学、高校レベルの数学を理解していても、300+300を60というような間違いを平気でしてしまいます。これは数と、いわゆる量(かさ、りょう)とが結び付きにくいことから起こる間違いです。ほとんどの子どもは、3+3=6の6と30+30=60の60と300+300=600の600との違いはイメージとしてはっきり捉えています。ところがASDの子はそういった実感を伴ったイメージを獲得していないことがあります。このような子に対して、数と量を結びつけるためのトレーニングが行われることがありますが、私はこれを程々にしておいて、この結びつきが確立していなくとも、算数・数学の他の部分はどんどん進めるのがよいと思います。理由はこの問題はASDの基本障害を反映したもので、これに対するトレーニングはあまり効率がよくない、あるいは、子どもにかなりのストレスがかかるかもしれないからです。加えて、先々の数学の諸概念の獲得にはあまり関係がないからです。量のイメージが欠落していても高度な数学概念の獲得は可能なのです。ですから、こういったところで引っかかって、学習の進展が遅れるのは残念なことです。ちなみに、アインシュタインもこの量のイメージがあまりなかったのかもしれません。ノーベル賞を受賞した時の記者会見で、特殊相対論のキーポイントである光速度を新聞記者から聞かれて全く答えることができず、約30万km/sとも憶えてなかったようです。最後には、「そんな本に書いてあるようなことをなんで俺が憶えてなきゃならないんだ!」と激怒したそうです。多くの人は秒速約30万kmと憶えているわけですが、可哀そうな新聞記者にしてみたら全く悪意はなく、相対論の大先生だったらきっと10桁くらい言ってくれるのではないか!? 明日の新聞のいいネタになると思っただけでしょう。普通の物理学者を含めて人々の多くは、光速度299,792,458m/s、約秒速30万キロを知った時に、「光って1秒間に30万キロって、地球を7回半回れるんだ」など実体と結び付けてイメージします。アインシュタインはそういうイメージがなかったのかもしれません。そうすると光速度が全くでてこなかったとしても不思議ではありません。また、アインシュタインはワーキングメモリが劣っていたために単純な数字の扱いは苦手で、数学のいろんな分野を図形に変換して理解していたそうです。もしかするとそのお陰で当時の物理学者がみんな敬遠していたリーマン幾何学を容易に習得して一般相対論の確立に役立てることができたのかもしれません。だとすると苦手が強みになった一例です。

3. 繰り上がりをなかなかマスターできない子

足し算での繰り上がりもASDの子が引っかかりやすいポイントです。二つの一桁の数を足して10あるいはそれを超えたら、筆算の一つ上の桁にマークして、その桁に1を足すように教えることが多いと思います。ところが、あるASDの子は、これがいくらやってもマスターできませんでした。何度やっても半分くらい間違うのです。親御さんも最初は原因が分からなかったのですが、ある時に原因が判明してビックリしました。公文の教材では、足し算の筆算の導入のプリントは左の列は全て繰り上がりなし、右の列は全て繰り上がりありで構成されていました。それをやるうちに、この子は左→繰り上がりなし、右→繰り上がりあり、と思い込んでしまったようです。その後のプリントで繰り上がりのあり/なしがランダムに配列されていても、相変わらず左→繰り上がりなし、右→繰り上がりありを続けてしまっていました。つまり、公文の問題作成者は、左右で繰り上がりなし/ありを対比することで繰り上がりに慣れてほしいと思って作成したのだと思われますが、この子は、左/右という関係のない手がかりを繰り上がりなし/ありと結び付けてしまったわけです。まさに奇想天外ですが、ASDの子はこういった類の誤解をすることがしばしばあります。よく見てあげて、このような誤解を修正することで、ASDの子の学習の躓きを直すことができるのは珍しくありません。ポイントは「普通でない手がかりで問題を考えていないか!?」をチェックすることです。ただし「普通でない手がかり」でもそれが正しい結果を導くのであればその子のオリジナリティとして尊重すべきです。

4. 九九の表や筆算の問題

算数・数学の学習のなかで、1桁+1桁の足し算や1桁×1桁の掛け算(九九)ができることは基本的なスキルになります。日本の勉強では、ここで引っかかってしまうと、例えば3桁×3桁の筆算では九九が9回でてきますから、九九に一部でも欠陥があると筆算を要する算数・数学の問題、更には物理や化学の問題でも困難を抱えることになってしまいます。諸外国の学校では、九九の表などは机に貼っておいても良いことになっているところもあり、九九の暗記は必須ではないようです。しかし、日本の学校では現代においても足し算や掛け算を手早くこなすスキルを求められますので、習得のためのヒントを述べてみます。また、筆算を遂行する際に、ASDや視覚と手の協応作業に困難がある子では、上下の行で列が真っすぐに並べられないために計算ミスをしてしまうことがありますのでこれに対するヒントも述べてみます。

(1) 九九の表の憶えかた

ASDのなかでも視覚情報を憶えることが得意な子と聴覚情報を憶えることが得意な子で方略が違ってきます。視覚優位な子の場合は九九の表を食卓や勉強机などに貼って憶えてもらうのが良いかもしれません。九九の完全な表をみてゲンナリしてしまう場合には、2の段から9の段までの8つの段の×2から×9までとして、8×8=64個のマスを縦横に十文字状に分けると4×4=16個ずつの表になって、これを一つずつ課題にしていくとゲンナリが減ります。更に掛け算にはA×B=B×Aという交換律が成り立ちますから、九九の表の左上と右下は対角線上の上半分で済みます。結局憶えなければならないのは、16+10×2=36個ということになりますから、ちょっと気が楽です。では聴覚優位の子の場合はどうすればよいのでしょうか? この場合は、夕食前後や入浴時に、段を1つずつ一緒に唱えてあげることで習得できることが多いのです。コツはいっぺんに沢山やらないことです。ゲーム感覚で、必要であればご褒美を活用して少しずつ進めましょう。

(2) 筆算で桁がずれてしまう場合の対処

筆算において、書字障害の傾向のある子などで、上の行と下の行で桁がずれてしまうために計算ミスが起こることがあります。このような場合には5mm間隔の方眼が入ったノートを用いるなどでミスが防止できることあります。テストなどで配布される計算用紙にも同様の方眼が入っていると良いのですが。もしかすると学校に交渉すると合理的配慮として認めてくれる可能性はあると思います。

(3) 手順書の活用

筆算でも小数÷小数のように、まず割る数が整数になるように割られる数の小数点をずらすことが必要であるような場合、ASDの子では、うっかり桁合わせを忘れてしまったり、合わせずに割られる数の小数だけをずらしてしまったりするといったミスが起こる場合があります。このような場合には割り算の筆算用の手順書を作成して、(1)割る数が整数になるように、両方の数字の小数点を同じ数だけ右にずらす、(2)割る数を割られる数と比較して・・・というような手順書をカードに書いてあげて、手順書に合わせて最初は手順書を確認しながら一緒に問題を解いてあげて、だんだんと一人で手順書を参照してできるようにするというように手順書を活用すると上手くいくことがあります。

5. 図形問題や証明問題の手順が定着しない子

単純な計算はできても、図形などの証明問題や連立方程式のような解法に何ステップかの段階を含むような問題が解けない子がよくいます。非ASDの子どもであれば、解法付きの例題を1題読んだ後で、数字や図形を替えた類題を自力で何題かやってみるなかで、解法の手順が頭の中に定着して、似たような問題が解けるようになっていきます。ところが、ASDの子どもの場合、似たような問題をやっても、何時も全く新しい問題を解くような様子で、例題の解法が定着しないことがよくあります。このような場合、例題を一緒に解いてあげたら、次の日も数字や図形を全く替えない文字通り同じ例題をやって、そして次の日も、ということを1週間ほど繰り返すと解法の手順が定着することがあります。同じ方法は、小学校段階では□の計算、中学校段階では因数分解の解法などにも使うことができます。繰り返しになりますが、コツは解法が定着するまでは問題中の数字や図形を全く替えず、文字通り同じ問題を連日繰り返すことです。さて、なぜこのようなことになるのでしょうか?以下は私の考えですので、イタリックの部分は読み飛ばしてもらって結構です。

小脳は運動の中枢で、運動がスムースにできるように役立っています。意識しないでもスムースに歩いたり走ったりすることができるのは小脳のおかげです。もしも大脳の運動野だけが運動を制御しているとしたら、いちいち足をどう動かすかとか、足を地面のどこに下ろすかなど気にしないといけないかもしれません。小脳は大脳がどう運動を制御しているかの手順を監視していて、何度も同じような運動を繰り返すうちに小脳にその運動のプログラムを蓄えて、意識しなくとも自動的に動けるようにしてくれます。最近まで小脳の働きはもっぱら運動に関しての上述のような機能であると考えられていました。しかし以前から、大脳と小脳との神経線維の連なりをみると、大脳の運動野との連なりだけではなく、大脳のいわゆる連合野といわれるような運動は関係なさそうな領域とも連なっていることが分かっていました。また、数十年前から、脊髄小脳変性症という一群の疾患の一部では、大脳に全く病変がなく小脳や脊髄しか影響を受けていないのに、認知機能が低下することが分かっていました。このようなことから最近では、小脳は大脳の思考過程をも監視していて、なんども繰り返して同じようなことを考えていると、同じような運動が自動化されるように思考過程も自動化され、例えばいちいち意識しなくとも証明問題や連立方程式の解法のようにパターンが決まった思考手順も自動化されるのかもしれません。30年ほど前からMRIによるASDの子どもの脳の形態の研究で、正常と比較して小脳や脳幹のサイズが小さいことが指摘されています。このことはASDにおける協調運動の困難と関連して考察されていましたが、もしかすると思考過程の自動化困難とも関連しているのかもしれません。

6. ASDの子の算数・数学の問題での注意点まとめ

ASDの子どもの算数・数学の困難は、ASDの基本的な障害との関連で考えると理解できます。最初に挙げた「物の個数を数えられない」問題は、「1・・・2・・・3・・・と数えて最後の数が物の個数になる」ということが理解できないことによるもので、クリアするためにはASDの子どもに日常生活や学習のきまりを教えるときの原則である、「なにも変えないいつも同じやり方でたんたんと繰り返す」ということが役立ちます。また2番目に挙げた量のイメージが欠落しているというような、これまた基本障害と直結している問題は、長い目で見てあげて、まずはいま進められるところを進めるのがよいようです。3番目に挙げた桁上がりのエピソードは、ASDの子どもが教材作成者の意図を受け取ることができず、非本質的な手がかりに頼ってしまうことによるので、一緒に子どもの解き方を見てあげて、このようなことが無いかどうかチェックすることが大切であることを示しています。4番目に挙げた基本的な計算、筆算ででてくる問題は、ASDに限らず算数が不得意になる切っ掛けになることが多いところですが、日本の算数教育に乗っていくためにはぜひともクリアしたいところですから、手間を惜しまず付き合いましょう。5番目に挙げた証明問題などの解法の手順が定着しない問題は、ASDの子にみられる思考過程の自動化の困難によるため、おそらく小脳の機能であるパターンの自動化を促進するために「毎日全く同じ問題を繰り返す」ことが有用になります。いずれにしても、ASDの子どもの基本的な障害と、目の前の学習の問題を結びつけて考えて対処することがポイントになるようです。


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