双極性障害(以前躁うつ病と言われていた)と抑うつ障害群とはこれまで気分障害という大分類のなかに入れられていました。抑うつ障害群は、うつ病とその近縁疾患がそのなかに分類される疾患群であり、双極性障害は、双極I型障害とその近縁疾患がそのなかに分類される疾患群です。抑うつ障害群とは、一生の中で1回あるいは2回以上の抑うつ症状を呈する期間(病相という)があり、過去に1回も躁状態や軽躁状態を呈したことがないものを言います。これに対して双極性障害とは、過去に1回あるいは2回以上の躁状態(双極I型障害)あるいは軽躁状態(双極II型障害)を呈したことがあるものを言います。上述の疾患全部を含めた気分障害という大分類が、抑うつ障害群と双極性障害に分けられたのは、治療に関して、両者がはっきりと違うことが一因です。双極性障害に抑うつ障害群の薬物療法をすると捗々しい反応が得られないばかりではなく、躁状態を惹起して対人的な衝突や乱費を惹き起こすことがあります。一方で抑うつ障害群に対して双極性障害の薬物療法をすると、本来必要がない鎮静性の薬剤による社会機能の低下や、不必要な長期の治療を続けることになります。このように、両者には歴然と異なる対応が必要となるため、この分類変更は喜ばしいことです。また、臨床遺伝学的にも、両者では関連する遺伝素因が異なることが分かってきています。
1. 抑うつ障害群と双極性障害(旧、気分障害)の分類
これらの疾患は、基本的には気分や欲動の異常な上下を主徴としています。気分が異常に高揚して、周囲と衝突を繰り返したり、乱費を繰り返したり、交友関係が拡大したりする状態を躁状態、逆に気分が抑うつに傾いて塞ぎこんだり何事にも喜びを感じなくなってしまったりする状態を(抑)うつ状態といいます。
気分障害の分類のために、a. 躁状態、b. 軽躁状態、c. 正常気分、d. 軽うつ状態、e. うつ状態の定義を述べます。
a. 躁状態
自尊心の肥大、睡眠欲求の減少、多弁、観念奔逸、注意散漫、活動性の増進、困った結果につながる可能性が高い活動への熱中のうち3つかそれ以上が1週間以上持続して社会生活に著しい支障を来します。
b. 軽躁状態
躁状態の特徴を4日以上呈しているが、社会生活が破綻するほどではないものをいいます。
c. 正常気分
躁状態、軽躁状態、軽うつ状態、うつ状態には該当せず、社会生活に明らかな支障がない状態をいいます。
d. 軽うつ状態
食欲減退/増加、不眠/過眠、気力の減退、自尊心低下、集中困難、絶望感のうち2つかそれ以上で特徴づけられます。しかし、後述のうつ状態には至ってないものをいいます。
e. うつ状態
抑うつ気分、ほとんど全ての活動に対する喜びの喪失、有意な体重減少あるいは増加、不眠/過眠、焦燥あるいは活動性の減退、気力の減退、罪悪感、集中力減退、希死念慮/自殺関連行動のうち5つかそれ以上が2週間以上持続するものをいいます。
上述の(軽)躁状態、(軽)うつ状態の定義をもとに、気分障害を以下のように分類することができます。繰り返しになりますが、こういった分類が重要であるのは、うつのみのうつ病や気分変調症と、(軽)躁状態もある双極性障害では、うつ状態や正常気分のときの治療が全く異なるからです。
A. 双極I型障害: 躁状態が1回あるいはそれ以上あるもの。躁状態が1回でもあった患者は、これまでうつ状態を呈したことがなくとも、一生のうちどこかでうつ状態も現れることがほとんどであるという研究結果から、躁状態が診断された段階で、双極性障害として治療します。因みにこのような理由から昔躁状態のみの単極性躁病が分類の中にありましたが、現在は削除されました。
B. 双極II型障害: 完全な躁状態は1回もないが、軽躁状態が1回あるいはそれ以上、うつ状態が1回あるいはそれ以上あるもの。
C. 気分循環性障害: 完全な躁状態やうつ状態はないが、軽躁状態と軽うつ状態がそれぞれ1回以上あり、正常気分の期間が2か月未満の期間が合計で2年以上続いているもの。
D. うつ病: うつ状態が1回あるいはそれ以上あるもの。うつ病を1回呈した方のなかで約半数はその後の人生でうつ病の再発がありませんが、の頃の半数は一生の中で2回かそれ以上のうつ状態を呈します。
E. 気分変調症: うつ状態や躁状態や軽躁状態は1回もないが、連続あるいは断続的な軽うつ状態が2年以上続いており、その間の正常気分の期間が2か月未満であるもの。
2. 抑うつ障害群
このグループの疾患の中には、うつ病、気分変調症、月経前不快気分障害、薬剤性のうつ状態、身体疾患によるうつ状態などが含まれます。
(1) うつ病
うつ病の治療に関して最重要課題は、自殺防止と、双極性障害との鑑別です。自殺防止については、うつ状態がある程度以上重い場合には、ストレスの軽減と見守りが最優先になります。精神科医やカウンセラーとの心理療法は残念ながら自殺防止の効果は不明です。面接時は一時的に気持ちが回復しても、家に帰ると落ち込みが再現してしまうからです。環境を安心できる状態に保つことと、ご家族や職場での見守りが肝要です。自殺防止に関して、ご本人やご家族が自信を持てないときには、精神科病床への入院が勧められます。また、双極性障害のうつ状態(これは双極性障害の項で治療法を述べます)とうつ病のうつ状態をしっかり区別することが大切です。双極性障害のうつ状態の場合は、うつ状態だけのうつ病(単極性うつ)と比較して、自殺関連行動のリスクが高いのが区別の重要な理由の一つです。もう一つの重要な理由は有効な薬剤が全く異なることです(双極性うつ病に対する薬物療法についてはその項で述べます)。さて、(単極性)うつ病でほぼ間違いない場合の治療を述べます。うつが人生で1回目か2回目である場合は、認知行動療法(CBT)によって考えの傾向を修正する方法と、抗うつ薬による薬物療法のどちらかあるいは両方を選ぶ選択肢があります。どちらを選んでも効果は同等と言われています。人生で3回目かあるいはそれ以上の回数である場合は薬物療法の方がより有効で、選択すべきだと言われています。万が一、こうして治療をする中で、躁状態に転じる(躁転と言います)場合は緊急に双極性障害の治療に切り替える必要があります。人生初めての躁状態はだれも予想ができませんから、躁転に関しては常に注意が必要です。そして、躁状態はご本人にとっては爽快に感じて、病気である自覚がない場合が多く、その間に周囲との衝突や乱費が現れることがありますので、ご家族による見守りが大切です。うつ病のCBTや薬物療法が上手くいくと、1〜2か月のうちには日常の生活に近い回復が得られることが多いので、その後は段階的な職場復帰や学校への復帰が重要となります。この時に先を急ぎすぎても再燃の原因となりますが、ゆっくりし過ぎても体力減退、昼夜のリズムの崩れが起きますので、注意が必要です。概ね、翌日に疲れが長引かない程度のリハビリ的な段階的復帰がよいでしょう。また、仕事や学校を休む時にはできるだけ生活のリズムが崩れないように、また、一定の運動はすることがよいようです。うつ病の説明の最後に述べておかなければならないことは、うつ病に過労、人間関係、仕事や学校が本人に合っていないなどの明らかな誘発要因がある場合、これらを改善しなければ治療の意味が乏しいことです。当たり前のことですが、うつ病が治っても、その原因となった場所に戻れば元の木阿弥になるからです。
(2) 気分変調症
典型的なうつ病にみられる完全なうつ状態よりも軽い軽うつ状態が長期に渡って続く病態です。この場合には、前項に述べたようなうつ病と比較すると、抗うつ薬による薬物療法の効果は限られています。一方で、CBTによって物事のとらえ方を修正していくことは有用であると言われています。効果が不確実で、躁転のリスクもゼロではない抗うつ薬による治療よりも、気分変調症の場合にはCBTがお勧めです。抗うつ薬による非特異的な鎮静作用がうつ状態の遷延と間違われていて、抗うつ薬を漸減、中止したら元気になった例を何例も診ています。また、うつ病の項で述べましたが、うつ状態の原因となっている環境要因がある場合はその改善が最優先です。それなくしては、精神科治療の意味も乏しいです。
(3) 月経前不快気分障害
月経の7から14日前から一過性のうつ状態や不快感が毎月のように生じる疾患です。抗うつ薬のこの期間だけの投与を勧める向きもありますし、確かにそれは有効であるのですが、抗うつ薬の潜在的なリスクを勘案すると、この疾患の場合は、低用量ピルで生理を整えたり一定期間止めたりする方が安全です。低用量ピルは世界中で億単位の女性が服用しており、肥満や喫煙などの血栓リスク因子を抱えている場合以外は、その安全性は極めて高いことが実証されています。このようなわけで、この疾患に対しては
当院では、CBTか婦人科での低用量ピル処方かその併用をお勧めしています。
(4) 薬剤性や身体疾患によるうつ状態
薬剤性のうつ状態としては、ステロイド薬によるうつ状態や躁状態が有名ですが、その他にも、β遮断薬やカルシウム拮抗薬といった降圧薬、免疫調整薬、抗腫瘍薬、抗結核薬、さまざまな向精神薬の副作用などが挙げられます。注意しなければならないものの一つとして、注意欠如多動性障害(ADHD)の薬はうつ状態を惹起することがあることです。特に精神刺激薬に分類される薬剤は、集中力の前借をする作用がありますから、リバウンドでうつ状態や眠気を惹起することがあります。また、甲状腺疾患や副腎皮質疾患などの内分泌疾患、睡眠時無呼吸症候群や呼吸器疾患などによる低酸素、ナルコレプシーや特発性過眠症などの睡眠障害、心不全、低栄養はしばしばうつ状態の原因となります。これらが原因の場合には通常のうつ病に対する薬物療法やCBTを施行しても改善しないので注意すべきです。
3. 双極性障害
双極性障害の治療は、(1)躁状態の時期の治療、(2)うつ状態の時期の治療、(3)再燃予防のための治療に分けられます。これらの他に、(4)CBTによる再燃予防が有用である場合もあります。
(1) 躁状態
躁状態の治療は薬物療法が中心となりますが、a. 抗精神病薬による急性症状を収める治療と、b. 気分安定薬による急性期から慢性期にかけての治療に分けて考えることができます。
a. 抗精神病薬
次の項に述べる気分安定薬の効果は躁状態、うつ状態の両面に渡り、作用もより穏やかで、患者の意識する不快感も少ないのですが、残念ながらこれらには即効性がありません。奏功するのに2週間ほどが必要なのです。しかし、2週間の間、ひたすら衝突を避け、乱費を避け、危険防止するのもたいへんですから、即効性のある抗精神病薬が最初に投与されます。 以前はハロペリドールが好んで選択されましたが、現在ではアリピプラゾールなどの非定型抗精神病薬が選択されることが多いです。躁状態が収まってからは、気分安定薬のみで制御できたら理想ですから、減量していくことが望まれます。
b. 気分安定薬
現在国内で用いることができる気分安定薬は、炭酸リチウム、カルバマゼピン、バルプロ酸、ラモトリギンの4剤です。それぞれの特徴を述べてみます。
<炭酸リチウム>歴史的に一番長く用いられてきて、確かな実績があります。血中濃度のモニターを定期的にしながら処方され、躁状態には0.6〜1.2mEq/Lが勧められていますが、この治療域でも手指の振戦などの副作用が出る方も居て、その場合は用量を調整します。概ね1日量800mg前後で至適血中濃度となる場合が多いです。躁やうつを予防する効果は強いのですが、腎排泄のため、腎障害があると使い難いです。また利尿作用があるため、服用時刻を生活パターンによって調節する必要があります。加えて、急に中断すると、1か月以内に半数が躁状態で再燃すると言われていますので、規則的な服用が肝要です。
<カルバマゼピン>急性期には1日400mgから600mg、維持期には1日200mgから400mgで躁やうつを治療、予防することができます。血中濃度のモニターが望ましいですが、過量になると眼振が現れます。リチウムよりも即効性があるようですが、投与初期に眠気がでることや、数%に薬疹が出ることなどから、好まれない薬剤です。薬疹は重症化する場合がありますので、早期発見、中止が大切です。しかし気分安定薬の中では比較的即効性があり、捨てがたい選択です。
<バルプロ酸>薬疹などのリスクが少ないために日米の精神科医の中では処方頻度が高いです。しかし、催奇性があること、服用中は有意な認知機能低下がみられるという報告があること、食欲増進作用があり体重増加がみられることが多いこと、肝障害がみられることがあるなど、注意すべき点も多い薬剤です。。
<ラモトリギン>気分安定薬のなかでは唯一明らかな催奇性が指摘されていないという意味では貴重な薬剤です。しかし、重症薬疹を惹起することがあり、それを予防するために、少量からの慎重な増量が必要です。1日量100mgから200mgで安定状態を維持できることが多いようです。
いずれの気分安定薬を用いても、用量が多すぎると、眠気やだるさを惹起しますので、患者の様子を聞いて調整していくことが大切です。
(2) (双極性障害の)うつ状態
単極性うつと違って、抗うつ薬が無効であったり、反って不安定になったりすることがあるため、注意が必要です。双極性うつには、気分安定薬+非定型抗精神病薬(アリピプラゾールなど)による治療が安全です。それにもかかわらず、患者の中には抗うつ薬を好む方が少なくありません。躁状態の爽快感を求めてのことだと思いますが、かなりのリスクを伴います。不適切な抗うつ薬によって、躁転までいかなくとも怒りっぽくなって、周囲と衝突を繰り返していることがあります。また、(軽)躁状態はエネルギーの前借をしているようなもので、たとえ薬剤性であってもそのような状態が続くと、その後重いうつ状態が訪れるリスクもあります。
(3) 再燃予防のための薬物療法
双極性障害の躁やうつを予防するためには、気分安定薬1剤か2剤で充分であることが多いです。本来不要になっている抗精神病薬は意欲減退を惹き起こす場合があり、実際に、少量の抗精神病薬でも、そのために年単位で引きこもっていたものが、これを中止して気分安定薬単独に切り替えたところ普通に働きだしたというような例は珍しくありません。また、繰り返しになりますが、不必要な抗うつ薬の継続は、怒りっぽさを惹起するどころか、躁状態を惹起することがあり、実際に何年も退院できなかった双極性障害が、睡眠薬代わりに投与されていたトラゾドン(もともとは抗うつ薬)を中止したら退院できたというような例もあります。
(4) CBTによる再燃予防
多くの双極性障害の躁状態やうつ状態は、ストレスで惹起されるようです。このため、CBTでストレスに対する対処能力が改善すると、再燃を予防できることがあります。双極性障害の治療をCBT単独でということは困難なことが多いのですが、上述のような理由で、薬物療法の継続にもかかわらず再燃を繰り返す例においてCBTは有用です。
上述の他に注意すべきことは気分循環性障害に対する対応と薬剤性や身体疾患による躁状態への対応が挙げられます。これらについても注意点を簡単に触れてみます。
<気分循環性障害>
この病態に対しては、薬物療法はより慎重に行う必要があります。ストレスへの対処能力
の改善などのためのCBTは有用と思われますが、双極I型障害や双極II型障害と比べて、薬物療法の有用性に関する情報は乏しいのが現状です。このため、薬物療法を施行するとしたら、より慎重になる必要があります。
<薬剤性や身体疾患による躁状態やそのたの気分障害>
以前から、さまざまな向精神薬によって、躁状態、うつ状態、躁状態と紛らわしい脱抑制状態が惹起されるリスクは指摘されています。最近ADHDに頻用されている、精神刺激薬は、直接作用として躁状態、また、リバウンドとしてのうつ状態を来すことがあるため、注意が必要です。また、麻黄含有の漢方薬による躁状態と紛らわしい興奮状態に出会うことがありますので、注意が必要です。麻黄含有製剤は、熱性疾患の初期1日か2日の服用に留めるのが安全です。その他、ステロイド剤による躁状態やうつ状態、甲状腺疾患による躁状態やうつ状態は以前から指摘されています。
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