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渋谷駅すぐの児童精神科・精神科クリニック

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Topic 12

 パニック症の診断と治療

パニック症はよくみられる精神疾患の一つであり、精神科の診療でも多く出会います。典型的な例では診断は比較的容易であり、治療としても、認知行動療法(CBT)やセロトニン選択性再取り込み阻害薬(SSRI)による薬物療法が確立しています。しかし、これらの治療がうまくいかず、転院してこられる方もしばしばいらっしゃることも事実です。残念なことに、多くの場合の遷延/悪化の要因は、(1)診断の誤り、(2)不適切な薬物療法による悪化、(3)引き籠りがちな生活による過敏性の増強のいずれかの場合が多いのですが、時には、(4)長時間労働などによる過大なストレスや(5)他の疾患の治療を目的とした薬物療法などの副作用が災いしている例もみられます。今回はこれら5つの要因についてそれぞれ述べてみたいと思います。なお、提示症例はいつものように個人情報を削除、改変して、複数例をブレンドしてありますので、ご了承ください。  

  1. 診断とその誤り 

パニック症は、パニック発作と呼ばれる急に始まって概ね10数分以内で収束する、激しい恐怖や強烈な不快感を特徴とします。症状は、動悸、発汗、震え、息苦しさ、窒息感、胸部症状、消化器症状、めまい、悪寒あるいは熱感、感覚異常、現実感喪失、制御を失う恐怖感、死の恐怖のうちの4つ以上が起こることが診断基準となっています。このようなパニック発作が身体疾患や他の精神疾患によるものでないことも診断上重要です。この診断の段階で誤りがあると、それを基にしたCBTや薬物療法もうまくいかないことになります。よく出会う誤診のパターンを3つ説明します。 

 

症例1. 10歳代の女性が、1年に及ぶ、”パニック症”の治療で一向に改善が見られないということで、転院して来られました。上述のような、動悸、発汗、震え、現実感喪失、制御を失う恐怖感などが主として通学途中の電車の中や午前中の授業中に起きるということでした。これに対して、SSRIによる薬物療法を1年間続けたが、全く改善がないとのことでした。起立試験(15分間ほどの立位保持の間に有意な血圧低下が起こるかどうかみる起立性調節障害の検査)で有意な血圧低下が起こり、また、迷走神経反射(VVR: 採血や腹痛などの痛み刺激で血圧低下などの迷走神経反応が起きる)が採血時に起こり、その上この1年は朝食を摂らずに登校しているとのことでした。パニック障害ではなく、起立性調節障害と迷走神経反射と朝食抜きによる脱水、低血糖と診断して、血圧を保持するために全身の緊張を保つトレーニングと朝食をしっかり摂る指導ですっかり元気になりました。 

 

起立性調節障害は、立位保持などで必要となる自律神経による血圧保持がうまくいかないために、そのような状況でめまい、立ち眩みや、血圧低下を心拍数増加で代償するときに起きる動悸などを主徴とする疾患です。改善のためには自律神経のトレーニングになる運動や、血圧を保持するトレーニングが有効です。VVRは痛み刺激や驚いたときなどに急に血圧が低下して、吐き気や発汗や動機や意識消失が起こる疾患(状態)をいいます。改善のためには起立性調節障害で述べたようなトレーニングが有効です。また、朝食抜きによる低血糖は、めまい、吐き気、発汗、動悸などを来しますが、朝食をしっかりとる以外には解決策がありません。やはり朝食抜きでは脱水も起こるので、電車や午前中の授業で、脱水による血圧低下で、吐き気、発汗、動悸など、低血糖に共通する不調が現れます。いずれにしても、このような状態にSSRIを服用しても、改善が期待できないだけでなく、副作用が無視できませんので、正確な診断が第一です。 

 

症例2. 20歳代女性、会社員。1年以上にわたって、動悸が朝から夕方まで続き、パニック症という診断で、SSRIや抗不安薬を服用し続けたが、改善がないということで来院されました。パニック発作は多くの場合は数分から10数分の急に始まってすっと収束していく場合が多いので、朝から夕方まで動悸が続くというのは違和感があります。血液検査をすると鉄欠乏性貧血で、重度の鉄欠乏と中度の貧血がみられたため、これを治療したところ、数か月でSSRIや抗不安薬が不要となりました。 

 

鉄欠乏やそれに伴う貧血は、心肺機能に問題がなくとも、脳や心臓を含めた全身がエネルギー不足、酸素不足に陥りますから、動悸や不快感が、心身の負荷がかかっている日中ずっと続くことがあります。この場合も、SSRIや抗不安薬で治療しても、原因が全く違いますので改善が期待できません。 

 

症例3. 10歳代女性。数か月前から、動悸、不安感が終日続くということで、パニック症といわれて、抗不安薬投与を受けたが改善しないということで来院されました。来院時の脈拍が何度測っても100/分以上、血圧も何度測っても130以上とこの年齢の女性としては高かったため、甲状腺機能亢進症を疑って、血液検査をしました。結果として、fT3、fT4上昇、TSH低下がみられ、甲状腺専門病院でバセドウ病と診断されて治療開始しました。1か月以内にすべての症状が消退しました。 

 

甲状腺機能亢進症も動悸や不安感を呈する疾患です。日本人女性の1%に存在するといわれ、男性にもときどきみられます。元総理大臣や何人もの芸能人が公表していますが、それだけ多い疾患だということです。ほとんどの甲状腺疾患は定期健診と適切な治療で、通常の生活を送ることができますが、もし診断されず悪化した場合には生活に多大な支障を来し、場合によっては命の危険に瀕することさえあります。不安症状を呈した場合で、頻脈や血圧上昇がみられる場合には必ず血液検査をして、鑑別診断をする必要があります。 

 

  1. 薬物療法とその誤り 

パニック症に対しては、SSRIによる薬物療法がよく奏功します。上手くいけば数週間以内に症状が改善して、パニック発作の頻度が減少し、ほとんど発作が消失する人も多いです。しかし、SSRIの奏功までは上述の期間を要するため、それを待ちきれずにそれまでの間抗不安薬の屯用を用いる場合もあります。SSRIはゆっくりと脳内に溜まって効果を発揮しますが、抗不安薬は即効性があるというわけです。この場合に、抗不安薬に過大な効果を期待せず、SSRIで発作が抑制されたら、できるだけ使用頻度を少なくして、抗不安薬を卒業していくことが大切です。なお、即効性を期待するなら何といってもCBTでリラぐゼーションや気持ちの切り替えを練習するのが一番だと思います。 

 

  1. 抗不安薬は服用して15分から30分経たないと奏功しない 

内服した薬は抗不安薬に限らず、腸で吸収されて、血液を介して、一定の脳内濃度に達しないと効き目が現れません。だいたいの目安は上記のようなものですが、大方のパニック発作はそれ以前に収まっています。ですから、パニック症に対する抗不安薬屯用の効果は、概ねプラセボ効果かもしれません。 

 

  1. 健忘、運転に際しての危険などのリスクがある 

副作用も無視できません。抗不安薬が効いている間は忘れっぽくなる場合があります。大切なことをうっかり忘れてしまうことがあります。また、運動神経にも影響がありますから、すべての抗不安薬は運転が禁止されています。 

 

  1. 抗不安薬にはパニック症を治す効果はない 

抗不安薬には上述のようにSSRIが効いてくるまでのリリーフとしての効果はある程度あるかもしれませんが、抗不安薬を継続しても、パニック症を改善する効果はありません。このため、SSRIを用いることができない場合を除いて、抗不安薬のみによるパニック症の治療は不適切です。 

 

  1. 引き籠りがちな生活による過敏性の増強 

引き籠りがちな生活は、パニック症をなどの不安症を長引かせてしまう要因となります。刺激がない日々が続くことによって、ちょっとした刺激に敏感になってしまい、外出や会合といった軽度の緊張が不安を惹起するようになってしまうことがあります。このような状態を改善するためには、薬物療法や1対1のカウンセリングはあまり奏功せず、少しずつ家以外の場や時間を得ていくことが肝要です。 

 

  1. 過大なストレスについて 

パニック症に限らず、近縁の不安症は、長時間労働などの過大なストレスで悪化する傾向があります。ストレスが高まると、心身が臨戦態勢となって、より高いストレスを避けようとして不安、心配が高まるようです。このため、不安症の一般論として、過大なストレスを避けたほうがよいのです。 

 

  1. 薬剤誘発性の不安状態について 

何種類かの処方薬や一般薬、あるいは、サプリメントの類が不安状態を惹起します。精神科で処方される薬剤の中では、ADHDで用いられる精神刺激薬(コンサータやビバンセ)や抗うつ薬が挙げられます。皮肉なことに、パニック症の治療で用いられるSSRIも投与初期に不安を増強する場合があります。このような時には一時的な抗不安薬の併用がよい場合もあります。内科でときどき処方される薬剤としては、抗パーキンソン薬や鎮咳薬が不安を惹起する場合があります。また、エナジードリンクなどのカフェイン含有飲料は不安症状を助長しますし、葛根湯や麻黄湯など、麻黄を含有した漢方薬も不安、緊張を助長します。 



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