強迫性障害は最近強迫症と呼ばれることが多いですが、精神疾患としては特によくみられる疾患の一つです。人々の2.5%が強迫症といわれていますから、40人に一人が当てはまることになります。 日本の人口が1億2400万人くらいですからその40分の1で、国内には300万人くらいの強迫症の方がいることになります。こう書くと、自分の周りには見当たらないという方も多いともいますが、周囲の気づかないところで過剰な手洗いや確認をしている人は多いようです。多くの方が考えるよりもありふれた疾患なのです。300万人の方々の多くは軽症で病院には来ていませんが、後述するように何らかの切掛けやストレスで症状が増強した方は医療や心理療法の対象となります。
1.
強迫症はどうして悪化してしまうのか
上述のように国内だけで300万人の強迫症の方が居るわけですが、その多くは症状が軽く、通院していません。これら軽症の強迫が通院するほど症状が目立ってくるのはどんな時なのでしょうか?それを理解するには、条件付けとか強化といった行動学の概念がキーワードになります。例として、勉強するとご褒美がもらえるという状況を考えてみます。ご褒美の効果が上手く作用する場合、子どもはどんどん勉強するようになります。(まあ子どもは反発もしますから、誰でも、何時も上手くいくわけではないのですが)この場合、勉強という好ましい行動をご褒美で増やすということを「強化」といい、その道具であるご褒美を「強化子」と言います。そして、ご褒美によって勉強時間が増えたという現象を「条件づけ」と言います。これを強迫症の経過に当てはめて考えると分かりやすいです。汚れが気になる人が手洗いをすることを想像してください。手洗いによって「ああ、奇麗になった」とスッキリします。この場合、手洗いが勉強に相当するもので、スッキリがご褒美に相当するものです。これを繰り返すとスッキリするという強化子によって、どんどん手洗いという行動が強化されます。別の例として、加害恐怖を考えてみます。駅前の雑踏などで、人にぶつかって怪我をさせたのではないかというような心配を加害恐怖と言います。この時に、振り返ったり、今来た道を戻ったりして、怪我人がいないか確認することを想像しましょう。この場合、振り返りや逆戻りが勉強に相当します。「あー、誰も倒れてない、ホッとした」という安心感がご褒美に相当します。安心感が強化子になって、どんどん振り返りや逆戻りといった行動が強化されてしまいます。このようにして、手洗いや振り返りが増えてしまって、遂には生活や仕事や勉強の時間を圧迫し始めた時に治療を求めて来院されることが多いのです。
2.
強迫症はどのように治療できるか
それでは以上のように治療が必要となった強迫症はどのように治していけばよいのでしょうか?世界標準になっている治療に暴露反応妨害法(ERP)と呼ばれる治療法があります。この治療は、ざっくり言うと、上述の手洗いを例にとると、汚れが気になる→手洗い→スッキリ→また過剰な手洗い→スッキリ→・・・という悪循環を軽減していくことです。汚れが気になる→手洗いをスッキリ手前で止める→以前ほどはスッキリしない→以前ほどは手洗いが強化されない→・・・だんだんと手洗いやそれと関連した汚れが気になる度合いが軽減されていく、という流れになります。「暴露」に相当するのがスッキリしない場面、「儀式妨害」あるいは「反応妨害」に相当するのが、手洗いを少なめにするということです。加害恐怖の例を説明すると、ぶつかった心配→振り返り→ホッとする→次も振り返りたくなる→・・・悪化、という悪循環を断ち切ります。ぶつかった心配→振り返らずに通り過ぎる→そのうちに忘れる→また振り返りたくなる強化をしなくて済む→だんだんと振り返り癖が軽減する、といった流れになります。「儀式妨害」に相当する、振り返らないということを達成するために、気持ちを楽にするための方策や、その場を立ち去って次のことに取り掛かるといった工夫を駆使していきます。これらは何度も何度も繰り返して初めて、もともとの汚れや加害が気になるという気持ちが軽減しますから、できる範囲で良いですから、長い目で続けることが大切です。
3.
薬物療法について
強迫症に対する薬物療法には、セロトニン選択性再取り込み阻害薬(SSRI)と呼ばれる抗うつ薬を用いることが多いです。しかし、どの薬を用いても、明らかな効果があるのは投与された人の約半数ほどです。逆に半数の人にははかばかしい効果はありません。これと比較してERPは約7割の人には有効とされていますから、薬物療法だけと比べてERPだけの方が有効率は高いようです。それでは、薬物療法+SSRIはもっと良いのではないでしょうか?残念ながら併用療法はERP単独と有効率に差はなかったということが最近報告されています。一方で、SSRIによる薬物療法は、事故遭遇率などが上昇するという報告があります。病気による不安のみでなく安全な生活に必要な不安まで減弱してしまうようです。おそらく、信号が点滅したり、車が接近してきたりすることで惹起される不安も減弱してしまうのでしょう。また、賦活化症候群と言って、いらいらや興奮が惹起されたり、極端な場合には薬剤性の躁状態が惹き起こされたりすることもまれにはあります。これらに加えて、人によっては血圧上昇や眼圧上昇といった副作用も無視できません。このようなわけで当院では、強迫症に対しては、ERP単独での治療開始をお勧めしています。
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