第2章 新選組の背景 第一節 「世直しの状況」下における関東豪農層の対応のしかた 土方歳三 (「新選組写真集」新人物往来社 より) 終始一貫して新選組の実権を握っていた近藤勇・土方歳三は、武州多摩郡の自作 上層農民であり、また新選組幹部には武州出身者が多い。さらに新選組の後援をし ていたのも、武州多摩郡の豪農であった。 ところで当時農村では、商品経済の進展によって農民層分解が進み、その結果、 豪農・村役人などの上層農民と下層農民・貧農・半プロレタリア層との間の対立が 激化した。そして村政改革要求、土地改革要求を強く打ち出した蜂起である「世直 し騒動」が慶応年間になると激増した。特に天領、旗本領、譜代小藩の入り組んだ 関東地方は世直しの波をまともに受け、豪農や村役人層は世直し騒動になんとか対 応せねばならなかった。そしてそういう立場にあったのが、新選組の後援者たちで あり、かつての近藤・土方たちだったのである。
第2章 新選組の背景
終始一貫して新選組の実権を握っていた近藤勇・土方歳三は、武州多摩郡の自作 上層農民であり、また新選組幹部には武州出身者が多い。さらに新選組の後援をし ていたのも、武州多摩郡の豪農であった。 ところで当時農村では、商品経済の進展によって農民層分解が進み、その結果、 豪農・村役人などの上層農民と下層農民・貧農・半プロレタリア層との間の対立が 激化した。そして村政改革要求、土地改革要求を強く打ち出した蜂起である「世直 し騒動」が慶応年間になると激増した。特に天領、旗本領、譜代小藩の入り組んだ 関東地方は世直しの波をまともに受け、豪農や村役人層は世直し騒動になんとか対 応せねばならなかった。そしてそういう立場にあったのが、新選組の後援者たちで あり、かつての近藤・土方たちだったのである。
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