七月☆子、エリカの
「2001年 ソウル・ケチケチ旅行」(その2)

8月24日(金)

 昨夜コンビニで買ったおにぎりを食べようと思ったら、冷蔵庫がききすぎて凍ってしまい、

食べられませんでした。

 朝8時半に日本でインターネット予約をしておいたDMZ(非武装地帯)ツアーの

集合場所であるロッテホテルへタクシーで向かいました。

手続きを済ませ、9時に3組5名でDMZツアーへ出発。

親日的なガイドさんで、ツアー客の質問にいろいろ答えてくれました。

教科書問題について、韓国人はストレートにものを言うし、日本人は遠回しにものを言う。

そういう国民性の違いから誤解を生じているのではないか、とご自分の意見を述べていました。

韓国は日本語ブームで、高校の第2外国語は日本語が一番多く取られているそうです。

韓国の若者は日本のアニメを見たいために日本語の勉強をする人が多いそうです。

 非武装地帯へ入るまでに2度のパスポートチェックがありました。

途中、非武装地帯に駐屯している兵隊さんへの郵便物を預かりました。

南侵第3トンネルにはちょっとした展示館があり、日帝時代の写真もありますが、

ガイドさんは気を使ってか、残酷な写真の前は通過、全くそれについて触れませんでした。

トンネル内の撮影は禁止。

北朝鮮が掘ったというトンネルまで行くために斜めにトンネルが掘ってありますが、

傾斜が急で、特に帰り道の上りは運動不足の私にはきつかったです。

このトンネルは、1時間に3万人の兵士が通れるようになっているそうです。

 トンネル見学後、統一展望台に行きました。

ビデオが日本語で流されており、韓国の正統性、北朝鮮の貧しさを宣伝していました。

「韓国は驚くべき経済成長を遂げていますが、北韓は国民に食べるものすら与えることが

 できないのです。」

という調子です。

ここにも展示館があるのですが、その中に「北朝鮮の部屋」があります。

いかに貧しく、いかに偏狭教育がなされているか、ということを強調していました。

ガイドさんの話では、韓国人も学校教育で作文を書いたり絵を描いたりして、

北朝鮮がいかに恐ろしくひどい国かということを、小さい頃から学んでいるということです。

またマルクス・レーニン主義の書物を読むことは禁止で、見つかると取り上げられたり

捕まったりするということです。

ガイドさんの子どもの頃は、金日成の絵を子どもたちはまるで化け物のように描いたそうです。

この日、幼稚園児の団体が北朝鮮室に連れられ見学していました。

こんな小さい頃から反共教育をしているのでしょうか?

こういう状況で朝鮮半島統一が本当に実現できるのか疑問に思いました。

 この日は非常に天気が良く、北朝鮮がとてもよく見えました。

韓国側の言うのには、韓国に展望台ができ、それを意識した北朝鮮が、特別に立派な家を

見える所に建てたのだそうです。

昨年の南北会談後は、北朝鮮は妨害放送を止め、看板も友好的なものに替えたそうです。

 統一展望台を後にし、ロッテホテルでこのツアーは解散。

そこからタクシーに乗り、西大門刑務所へ。

運転手さんに「どうしてそんな所へ。」と言われました。

 西大門刑務所は建物内は撮影禁止ですが、外は写すことができました。

西大門刑務所の係員はとても日本人に親切で、「日本の方ですか?」と尋ねられ、

「地下は見られましたか?」などと、とても感じが良かったです。

(今年の3月に西大門刑務所に行ったキトリの話では、館長がとても感じが悪く、

 嫌な思いをしたそうです。

 現在日韓関係が良くないので、かえって気をつかっているのでしょうか?)

その親切さと反日(反日帝)的な展示内容の凄さとのギャップが面白かったです。

「新しい歴史教科書」反対の署名をやっており、教科書や小林よしのりの著書が

並べてありました。また寄付金も募っていました。

そう言えば、DMZツアーに行ったとき、お客さんの一人がガイドさんに

教科書問題に対する韓国人の過激な行動について質問しました。

そのガイドさんは「ああ、あのヤクザのことですか。」と答えていました。

日本のことをよく知る人はそのように考えているとしたら、

日本の報道はある一面のみを伝えているのかもしれない、という気もしました。

 展示室は人形を使い、日帝の残酷な行為を再現していました。

日帝36年のつらい植民地時代を風化させないための資料館なのでしょうが、

「恨」の文化の韓国らしい資料館だと思いました。

2ヶ月ほど前に平和の祈りの象徴である広島の原爆資料館へ行って来たエリカは

西大門刑務所の展示にかなりショックだったようです。

展示資料には韓国語、英語あるいは日本語で説明が書いてあるのですが、

残酷な展示物はなぜか韓国語のみの説明になっているのは、深い意味があるのでしょうか。

西大門刑務所資料館は「恨み」は渦巻いていますが「平和への祈り」は全く感じられません。

未来の光が見えない暗黒の資料館が西大門刑務所、というのが私の感想です。

 帰る時、日本の修学旅行客が来ていました。

彼らはこの資料館から何を学び取っていくのでしょうか。

 夜、韓国エステに行きました。

実は日本であるエステ店のインターネット予約をしていったのですが、

現地のガイドさんに、もっと良い店があるのでキャンセルしたらどうか、と勧められました。

衛生面等を考え、ガイドさんにお願いし、予約していた店をキャンセルし、

お薦めのエステ店を予約してもらいました。

その店はとても混んでおり、番号札をもらって順番待ちなのですが、

さすがお薦めの店だけあって、とてもきれいだし、行き帰りとも送迎してくれるので助かりました。

昨年ソウルに来た時、垢擦りはすでに体験しているのですが、今回行った店は

日本人客が多いせいか、前回と比べて痛さが少なく、日本人向け垢擦りという感じでした。

(明洞地区にある「天地然」というエステです。)

8月25日(土)

 朝6時半にホテルを出発。

朝早いにもかかわらず、仁川空港は大変に混雑していました。

搭乗までの間、免税店を見て歩いていたのですが、清掃員(女性)が客と大声で喧嘩をしていました。

警官まで間に入っていたのですが、韓国の人の喧嘩は派手ですね。

この清掃員さん、実はエリカも歩いていた時に接触されました。

そう言えば、道を歩いていてぶつかったりした時、韓国の人は謝らないですね。

これも国民性なのでしょうか。

 無事帰国し、家に帰ってから気が付いたのですが、私の腕に赤い発疹が。

身体を見てみると、柔らかい部分ほぼ全身に発疹が出ているのです。

月曜日に病院へ行ったら、恐らく食べ物が合わなかったのでは、ということでした。

今回の旅行では、韓国の人が普通に入る韓国料理店で食事をしました。

エリカは何ともなかったのに・・・。

それ以来、韓国料理はもちろん、牛肉も御無沙汰している私です。

        
the_3rd_tunnnel north_korea seidaimon_keimusho tikakangokuatarasii_rekisi.jpg
南侵第3トンネル

トンネルの入り口。
トンネル内は
写真撮影禁止です。
北朝鮮

望遠鏡で見ると
オレンジ色の
洒落た建物が
よく見えます。
西大門刑務所

煉瓦造りの
建物です。
地下監獄

女性獄舎
柳寛順が殉国した
所で、柳寛順窟とも
いいます。
新しい歴史教科書

教科書問題は
やはり関心事の
ようです。

(写真をクリックすると大きい画像が楽しめます。)

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