記憶の中の志戸平
やまびこ133号はつばさ号を併結

浜松駅を早朝6時20分に発車するこだま702号。いわゆる浜松における新幹線の始発列車だが、最近の東向きの旅ではすっかり定番となってしまった。発車後、TOKIOの「アンビシャス・ジャパン」の歌い出し部分のチャイムが流れる。その前の世代の「ひかりチャイム」(=ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマスによく似たメロディのやつ)やJR西日本の「いい日旅立ち」に比べると、どうもイマイチだなぁと思っていた。しかし、先日ラジオで原曲を久々に聞き、「あぁ意外といい曲じゃん」と再評価。記憶をたどれば、700系華やかなりし頃に導入されたチャイムであり、今年度限りで700系が東海道新幹線から退役することを考えると感慨深い。まぁそんな思いとは関係なく、始発のこだま号は、ひかり号並みの所要時間で東京まで連れて行ってくれる。

そうはいっても、今回は「大人の休日倶楽部パス」を使う旅である。在来線なら熱海以東がエリア内、つまり乗り放題となるので、三島で新幹線を下車。東京行きの普通列車に乗り継いで、東に向かうのである。熱海からはグリーン車に乗車。茅ケ崎で満席となったが、それ以降もグリーン車に乗ってくる客が大勢いた。もちろん立席となるが、あの方たちはグリーン券を持って立っているのか、それとも持っていないのかどちらだろうか。いずれにせよ品川到着までずっと立ち続けていた人もいた。毎日ご苦労なことである。

東京で東北新幹線に乗り換え。10時発車の仙台行き「やまびこ133号」に乗車する。東京を毎正時に出るやまびこ号は、もれなくつばさ号との併結運転となっており、福島までならどちらに乗ってもいいが、空いているやまびこ号の方で指定席を取った。大人の休日倶楽部パスの時期だと、東北新幹線、特に、はやぶさ号の指定席が混みあって閉口するが(私もその原因を作っている一人であるが)、停車駅の多いやまびこ号なら比較的空いている。もっというと指定席より自由席の方が空いている。この辺は心理学の研究材料として面白いかもしれない。


飯坂電車乗り場はビルの片隅

さて、目的地は新花巻駅最寄りの志戸平温泉だが、福島駅で途中下車。福島交通飯坂線、いわゆる飯坂電車に乗車するためである。一応JRは全て乗ったが、私鉄の方は全然乗っていなくて、この飯坂電車も初乗車。私鉄も含めて全部乗るのは到底無理だが、乗れそうな路線は少しでも乗っておこうというのが今のスタンス。福島駅の東口に出て、仙台寄りに歩くと、ビルとビルの間にひっそりと「電車のりば」があった。飯坂電車と阿武隈急行の共通駅で、有人改札が2つの、こじんまりとした駅だった。なお、先の台風19号で阿武隈急行線の一部区間が運休となっている。関係者の方にはお見舞い申し上げます。

福島交通飯坂線は延長9.2キロ。福島と飯坂温泉の間を23分で結び、運賃は370円。地元遠鉄の浜北と新浜松の距離感に似ている。元東急電鉄の1000系2両編成が、とことこと往復している。市街地〜住宅地〜郊外の田畑と移り変わる沿線風景も遠鉄そっくりで、逆に有難味がない。そうこうしているうちに終点の飯坂温泉駅。ホームが1階だとすると出口は2階にあり、摺上川のたもとに立派な駅舎が建っていた。このまま来た電車で折り返しては芸がないので、昼食場所を探しながら温泉街を散策する。平日の昼間なので観光客はほとんどいない。1か月前の富士五湖周辺と比べると、同じ日本の温泉街なのに雲泥の差である。

駅から伸びる道を数百メートル歩くと、飯坂温泉の発祥の湯とされる鯖湖湯があった。なんでも松尾芭蕉も浸かったという由緒正しい湯屋らしい。共同浴場なので誰でも入れるし、料金はわずか200円。このあと温泉旅館に泊まるので、今回は入るのを止めておいたが、話のタネになりそうな浴場である。そして鯖湖湯と目と鼻の先に旧堀切邸がある。こちらは福島県内で最古の蔵とされる十軒蔵があり、その蔵で昔の飯坂電車の写真展が開催されていた。それによると飯坂温泉には飯坂電車の他に軌道線(いわゆるチンチン電車)が通じていて、全国の多くの軌道線同様、モータリゼーションの波に押されて昭和42年に廃止されたようである。

旧堀切邸から100メートルほどで、飯坂ラーメンを食べさせてくれる保原屋食堂がある。なんでも、当地にある三ツ山製麺工場で開発された、国産小麦100%の低加水麺を使っているラーメンで、「飯坂ラーメン」を名乗る店はここともう1か所だけみたいである。そして普通のラーメンなら550円とお財布にもやさしい。応対してくれた店のお母さんもテキパキしており、気持ちのいい店だった。さて、ここが温泉街散策の折り返し。帰りは摺上川沿いに出て、飯坂温泉らしい川沿いに立ち並ぶ旅館街を見ながら駅に戻った。駅で時計を見ると12時55分。予定よりも一本早い13時の電車で飯坂温泉を後にした。


飯坂温泉駅で折り返し待ちの元東急車両


飯坂温泉駅前広場にて筆者


芭蕉も浸かったとされる鯖湖湯


温泉街の一角にある旧堀切邸


明治期に再建された主屋。庭の紅葉が盛り


福島県内で最古の蔵とされる十間蔵


飯坂ラーメン550円也

福島〜新花巻は、福島を14時17分に出るやまびこ51号に乗車予定だった。しかし予定より早く、13時半前に福島に到着したので、早い電車で仙台に向かうことにした。ちなみに仙台から先は、いずれにせよ、やまびこ51号に乗車することになる。そんなわけで13時38分発のやまびこ137号に乗車。予想どおり自由席はガラガラだった。

仙台駅ホームの待合室で30分ほど待って、予定していた盛岡行きのやまびこ号に乗車。仙台以北は各駅停車となり、新花巻着は15時41分である。仙台を発車した時には晴れ間が見えていたが、北に進むにつれて雪雲がかかり始め、北上のあたりでついに雪が舞い始めた。そしてその10分後に新花巻に到着。まだ16時前なのに夕暮れ時のように暗かった。

花巻南温泉峡の宿が共同で運行しているシャトルバスに乗り込み、30分ほどでホテル志戸平に到着。このホテルに泊まるのは27年ぶりである。当時、遠州鉄道の観光部門にいた私は、募集型ツアーの添乗によく駆り出されていた。もっとも飛行機に初めて搭乗したのも、東北新幹線に初めて乗ったのも添乗の時なので、どちらかといえば楽しい仕事だった。

さて、ホテル志戸平を初めて利用したのは1991年8月。宿泊ではなく朝食の場所として使っている。当時は、浜松から自社バスで東北四大祭りのツアーが出ており、高速を夜通し走って、花巻で朝を迎えるというパターンだった。その翌年の7月には東北新幹線を使ったツアーで利用。小岩井農場〜平泉〜松島とめぐる2泊のコースで、1泊目が志戸平、2泊目は2016年9月の旅で行った気仙沼プラザホテルに宿泊している。

27年前に泊まった時には、俗にいう添乗員部屋みたいなシングルルームに泊まったが、今回通された部屋がまさにそれであった。今回の部屋のように、窓の下を豊沢川が流れていたのをうっすらと記憶している。おそらくこのフロアのどこかの部屋に、27年前も泊まったのだろう。窓の外は既に暗くなっており、川を照らす灯りに降り続く小雪がきらきらと反射している。27年前の夏も良かったが、こんな冬の旅で泊まるのも趣があって良い。

記憶をたどる作業はこのくらいにして、さっそく温泉に行く。露天風呂は、ホテル建屋の壁を取り払っただけの半露天のような感じだったが、部屋から見えた豊沢川の照明のところなので、小雪がちらちらと舞っているのが見え、幻想的な雰囲気だった。一年の締めくくりにこんな露天風呂に入り、たまりにたまった一年の疲れが溶けていくようだった。

風呂から戻って、18時からは夕食。バイキング形式の食事だが、めぼしい食事はスタッフがその場で料理する「ライブキッチン」が売りである。前沢牛のステーキやら、にぎり鮨などがライブキッチンで調理されていた。9月に行った鬼怒川温泉の宿と違って、同じバイキングでも華やかさがあった。この雰囲気に押されて、食べられないほどの食材をテーブルに並べ、最後はふうふう言いながらなんとか食べきった。どうも食い意地が汚くて反省しきりである。

夜の間にしんしんと雪が降り積もり、夜が明けると窓の外は銀世界だった。12月の上旬だったので、いくら東北に行くといっても、ここまでの雪は予想しておらず、意外な天からのプレゼントであった。ほどなく朝食の時間となり、昨夜と同じレストランへと向かう。朝食もバイキング形式だが、昨夜の反省が全く活かされず、並べられているものを手当たり次第に取ってしまい、限界以上に食べてしまう。最後はすべて腹の中に収め、最低限のバイキングのマナーはクリア。貧乏性もここまでくれば立派なものである。


散策の折り返し地点となった保原屋食堂


摺上川沿いに立ち並ぶ温泉旅館


仙台からE7系各駅停車のやまびこ乗車


夕暮れが迫る16時すぎの新花巻駅


花巻南温泉峡の無料シャトルバス


27年ぶりにホテル志戸平に宿泊(撮影は朝)


朝食バイキングをがっつり

朝9時ごろチェックアウトし、無料シャトルバスで駅に向かった。新花巻駅には予定よりかなり早く着いたので、いったん盛岡まで戻って、所定のやまびこ42号を迎えに行くことにした。これまでの経験で自由席の方が空いているので、念のため始発まで行っていい席を確保するためである。新花巻から盛岡までの一駅区間は、全車指定席のはやぶさ101号に乗車となるので、券売機で指定券を発券。おときゅうパスを持っているからできる、贅沢な指定の取り方である。もっとも盛岡止まりの列車なので、実際は指定を取るのもばかばかしいくらいの空気輸送だったが。


豊沢川を望む部屋より夜の雪を撮影


夕食バイキングは「ライブキッチン」が売り

自由席に乗車するために盛岡まで迎えに行ったものの、予約状況をえきねっとで見ると隣のB席、その隣のC席も空席だったので、面倒になってそのまま指定された6号車11番A席に座って行くことにした。さて、東京までのやまびこ42号であるが、旅を計画した時にはグランクラスにしようかどうかで大いに迷った。それは、グランクラスの時間あたりのコストパフォーマンスという考え方がベースにある。

普段はなるべく早く目的地に向かいたい人も、ことグランクラスに限れば、いつまでも乗っていたいと思うことがあるはず。そこで、1分あたりのグランクラスの値段が一番安いのはどの列車かを調べた人がいる。東京から新函館北斗を3時間58分で結ぶ、最速のはやぶさ5号は1分あたり165円超。それに比べて盛岡〜東京間のやまびこ42号は、所要3時間17分で1分あたり121円ちょっととなる。ちなみにもっともコストパフォーマンスが高いのは、東京→盛岡間を3時間19分で結ぶやまびこ43号。今から乗車するやまびこ42号と同じパターンの停車駅となる兄弟列車である。

新幹線に乗ってしまえば、あとは浜松までまっすぐ帰るだけなので気が楽である。列車に乗る前にコーヒーを買い忘れ、やまびこ号は車内販売もないので、宿で準備してきた水割りをちびちび飲むことにした。まだ午前中ということもあり、最初はちびちびとやっていたが、そのうち調子に乗ってしまい、もういらないと思うほど朝食を食べてきたにもかかわらず、乾き物のつまみに手を出し始めた。こうなってくると手が付けられない。普通車の指定席でもグランクラスと居心地は変わらない。結局、東京に着くまでに準備した酒もつまみも消費してしまい、東海道線のグリーン車に乗り継ぐ前に、レモンサワーとつまみをKIOSKで買い足した。酒が進むほどに時間が経つのが早くなっていき、あっという間に夕刻の浜松駅まで戻ってきてしまった。これぞ旅の醍醐味?

すっかり雪景色となった豊沢川と旅館

<終>

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