Around The Mt. Fuji
半年前に荒天のため断念した初島へ

1年に2回送られてくる富士急行の株主優待券。前回の5月は、それを使おうとした初島航路が、荒天のため欠航となってしまった。今度こそ静岡県最東端の島に渡ろうと、富士五湖を巡る旅程に無理やり組み込んだ。したがって旅の前半は「初島リベンジ」の旅となる。

半年前と同様、こだまの始発で出掛けて、静岡でホームライナーに乗り継いで、そのまま熱海まで向かうという計画。前回は、富士川鉄橋付近で在来線が運転見合わせとなって、計画通り事が運ばなかったが、今回はスムーズに熱海まで移動できた。熱海港へと向かう路線バスから見る相模湾もベタ凪で、今度こそ初島に渡れそうである。

熱海港の窓口で、株主優待券2枚と初島航路の往復きっぷを引き換え、初島行きの高速船に乗り込んだ。2階船室は普通のボックスシートだったが、1階への階段があったので降りてみると、窓のない桟敷室があった。25分ほどの航路で寝ころべる部屋が必要かどうかは別として、伝統のある生活航路なので地元民からも要求があるのだろうと思う。

船内を巡っているうちに、熱海の町は遠のき、その代わりに初島が近づいてくる。静岡県民にとって初島とは、選挙の投票日が一日早い土曜日にあるというイメージ。船が欠航になると開票に支障をきたすので、そういう措置をしているらしい。毎度毎度の選挙のたびに、テレビや新聞でそれが報道されるのである。実際に島影を見ると、山らしい山がなく、なんとも平べったい島である。最も高いところで33.5m、一周4キロほどの小さい島なので、徒歩で1時間もあれば一周可能である。


富士急の株主優待でタダ

朝9時過ぎに初島に上陸。まず最初に訪ねたいのは静岡県最東端の地である。港から東へ向かって歩いたが、なんだか様子がおかしい。どうも太陽の反対方向に向かっている。というのも島にある案内地図の中には、南北が逆のものがあり、最東端だと思ったところが最西端だったのである。まぁ一周たった4キロの島なので、いずれは着くだろうと思い、そのまま島内一周道路を歩いて行った。するとエクシヴ初島があり、どうも一周道路がここで途絶えているようである。仕方なく、初島公園の脇を通り、坂道を下りていくと初島小学校があった(初島中学校も併設)。校歌の碑があり、作詞が阿久悠、作曲三木たかしというので、歌謡曲のヒット曲が出せそうだと感心した。そのまま学校の脇を下りていくと、港に戻ってしまった。どうやら島を半周したらしい。

港からあらためて再スタート。今度は太陽の方に向かって歩き、PICA初島というリゾート施設に行きついた。事務所棟の脇に、海岸へ向かう小道があり、そこから海の方へ向かうと、相模湾を望む浜辺に着いた。携帯の地図アプリで確認したところ、この辺が島の最東端(=静岡県最東端)らしい。「静岡県最東端の碑」でもあれば、初島に渡る県民も少しは増えそうだが、そんなものは一切なかった。ちなみに静岡県の端っこの中で、最も簡単に行けるのがここ。西の端は湖西連邦の神石山で、高校の山岳部の同級生がよく行っていた。最南端は無人島の神子元島で定期船がなく、釣り船のチャーターが必要である。最北端に至っては南アルプスの間ノ岳で、登山のセミプロでないと行けない場所である。

最東端に寄った後は、PICA初島の脇を抜けて初島灯台へ。この灯台は登れる灯台だが、日本で16基しかないと知ってびっくり。既に御前崎灯台や日御碕灯台などには登っており、コンプリートしてみたいと思ってしまった。どう考えても「日本の鉄道に全部乗る」よりは楽そうである。

灯台を出発すると、あとは帰り道。灯台の窓口で初島公園への行き方を尋ね、その通りに歩いたつもりが、曲がるところを間違えた。通り抜けられないと思っていたエクシヴ初島の前に出て、先ほど歩いた道に出てしまった。そのまま先ほどと同じ道筋を歩き、港に到着。ちょうど熱海からの船が着いたところで、予定より40分早く島を脱出した。


2階船室は大型テーブルが並ぶボックス席


船底の1階では桟敷に寝ころべる


遠ざかっていく熱海市街


操舵室の正面には初島の島影が


初島小学校の校歌の碑


登れる初島灯台

熱海から御殿場へは普通列車で移動。沼津まではロングシートで旅情がないが、御殿場線はセミクロスシートの313系2両編成。当然アルコールを解禁して、富士山を見ながらチビチビと飲む。御殿場駅で富士急行のバスに乗り換え、再び株主優待の旅が始まった。御殿場〜富士五湖は2度目の乗車だが、季節が変わっているので車窓も新鮮である。県境の籠坂峠付近では既に紅葉が終わっており、落葉樹が枝と幹だけの姿になっていた。しかし山中湖まで降りてくると紅葉真っ盛りで、沿線では紅葉まつりが行われているようだ。

山中湖を抜けると忍野八海はすぐそこ。いったんここでバスを降り、忍野八海を散策したが、平日というのに人出が凄かった。そのうち日本人はわずかで、9割方訪日外国人だった。多国籍の言語が飛び交う中、人の流れを縫うように歩き、八海のうちで最も湧水量の多いとされる、涌池だけ立ち寄った。そもそも忍野八海付近で、SNS映えしそうな中池や榛の木池といった大きな池は人工池であり、外国人が盛んに自撮りしているものの、世界遺産の構成資産ではない。それなら涌池だけ見ればいいかということになり、滞在10分ほどで忍野八海を後にした。

忍野八海から富士山駅までの区間は、株主優待券の枚数の関係で自腹。たまたまふじっ湖号が来て、それに乗った。ふじっ湖号は狭い路地を曲がったりするので小型バスが投入されているが、そこへ大賑わいの訪日観光客がこらしょと乗ったものだから、車内の混雑度合は推して知るべし。乗降があるごとに車内が混乱するので、停車するごとに定刻から遅れていった。結局、本栖湖行きバスの発車3分前に富士山駅に到着して、大いに肝を冷やしたのである。そしてその本栖湖行きも、大型バスにも関わらず、河口湖駅でシートが全て埋まった。この大盛況を見ると、富士急行の株価が上がるのも無理はないなと思った。

精進湖には16時前に到着。バス停の前が今宵の宿である「精進マウントホテル」である。1泊2食付で17,050円といい値段だが、旅先が近場であるので、景色のいい部屋にしようと頑張った。部屋の窓からは精進湖と富士山が真正面に見える。予定より1時間半も早くチェックインし、明るいうちに部屋に入れて良かった。

風呂上がりに、水割りを飲みながら、暮れなずむ富士山を眺める。至極のトワイライトタイムである。夕暮れが早いこの時期になると、ある一場面が思い出される。それはモーリス・ホワイトの「アイ・ニード・ユー」を初めて聴いた時の事である。1987年11月のとある平日。大学3年生だった私は、17時までの授業を受けて下宿に戻ってきた。既に夕ニャンは終了しており、その頃の夕方は、決まってFMラジオを付けていた。NHK-FMの夕方の番組は「軽音楽をあなたに」から「午後のサウンド」に変わっていたが、タイトルこそ違うが、同じようなコンセプトのプログラムだった。その日の終盤は、アース、ウィンド&ファイアのニューアルバムを特集しており、「システム・オブ・サバイバル」あたりが流れていた。その文脈で、当時ソロ活動をしていたモーリス・ホワイトの話題になり、1985年リリースの「アイ・ニード・ユー」がかかったのである。

「アイ・ニード・ユー」は日本でも割と知られた曲だったが、リリース当時に洋楽ヒットチャートから離れていた私は、1987年の秋までこの曲を知らなかった。17時半過ぎ、もう窓の外は真っ暗。4畳半の部屋に、モーリス・ホワイトのバラードが流れる。一回聞いただけでいい曲だと思った。後に「トワイライト・セクション」というテープを編集し、「明日への道標」、「いとしのレイラ」とともに、そのテープの上がり3曲として、この曲が数々の旅のトワイライト・タイムを彩ることになろうとは、その時はまだ想像できなかった。

さて本題に戻そう。溶岩プレートを使う宿の夕食はもちろん美味しかったが、この宿の売りはやはり絶景だろう。朝5時半ころから、徐々に空が明るくなるが、一刻一刻と表情を変える富士山の風景が素晴らしい。夜明けは風も凪いでいたので、精進湖に逆さ富士もばっちり映っていた。まさに朝のトワイライトタイム。それから日の出までの1時間は、富士山と精進湖に釘付けだった。


平べったい初島にいよいよ近づく


相模湾が広がる静岡県最東端の浜辺


PICA初島越しに灯台より相模湾を望む


御殿場線富士岡駅付近の富士山


313系のセミクロス仕様が並ぶ御殿場駅


山中湖では紅葉が盛りの時期


国指定天然記念物・忍野八海の涌池


多国籍の言葉が行き交う中で記念撮影


予定より1時間半も早く宿に到着


精進湖と富士山が部屋から望める


溶岩プレートが鎮座する夕食


天ぷらが後から出てきて別撮り


朝食(山椒若芽としらす和え)

朝食は、楽天トラベルの「朝ごはんフェスティバル」で山梨県1位となった「山椒若芽としらす和え」が好評とのこと。バイキングの一品だが、あっという間になくなっていた。朝食を終え、部屋で旅の画像を整理していると、あっという間にチェックアウトの10時になった。宿を出て、バスが出るまでは30分ほど時間があった。その時間は周辺の散策にあてることにした。なんでも「精進の大杉」という有名な大木が近くにあるらしい。

宿から東へ500mほど歩き、さらに北に200mほど行ったところに諏訪神社があり、そこに「精進の大杉」が立っているという。なるほど、諏訪神社の境内には、社殿に覆いかぶさるように立派な杉の木が立っていた。社殿と大杉を入れて撮影し、そのままバス停に戻ると、ほどなく下部温泉行きのバスがやって来た。「隙間の30分をうまく使えた」と思ったが、そうではなかった。後で調べてみると、境内には「精進の大杉」と「諏訪神社の大杉」があり、私が撮影したのは「諏訪神社の大杉」だったようだ。なんとも紛らわしい。それで、前者は国指定の天然記念物、後者は諏訪神社の御神木だが、富士河口湖町の天然記念物と、ずいぶんランクが違う。一応、画像の左に「精進の大杉」が見切れているが、完全な失敗ショットだった。

下部温泉からは、特急ふじかわ号で静岡まで行き、ひかりに乗り継いで浜松へ。下部温泉から浜松までは2時間ちょっとなので日帰り圏内である。今回の旅を総括すると、富士山をぐるりと一周した旅で、特に朝の富士山は泊まらなければ見られない。それゆえ、これはこれで意味のある旅であったが、月に一度の貴重な旅が、こんな近場でいいのかという反省もある。次回以降の富士急の株主優待券は、日帰りで使うことになるんだろうなぁ。。。


部屋から望む夕暮れの富士山


茜雲たなびく早朝の富士山


朝6時半ごろ日の出を迎えた


富士山を堪能した精進マウントホテル


諏訪神社〜精進の大杉かと思ったのに


富士急株主優待の旅は下部温泉駅で終焉

<終>

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