Rail Trip『その先の日本へ』B奄美大島
「はやぶさ」号は浜松駅を21時30分に発車する


中学生の頃、私はよく早起きして天竜川鉄橋にブルートレインを撮りに行っていた。朝6時の「あさかぜ」を皮切りに「富士」「はやぶさ」「みずほ」「さくら」といった九州発の特急が次々に目の前を通り過ぎていった。いつの日かブルートレインに乗って九州にいってみたいと思っていた。その夢が叶ったのは1989年の春。九州への卒業旅行へのアプローチとして浜松から「富士」に乗った。生まれて初めて乗る寝台列車に、興奮してなかなか寝付かれなかった。目覚めると本州の西の端。山口の富海付近で、車窓に広がる瀬戸内海を見ながら食堂車で朝ごはんを食べたのを鮮明に覚えている。

時代はさらに下って2007年6月15日(金)の21時30分。私は浜松駅から寝台特急「はやぶさ・富士」に乗って南を目指した。ブルートレインを追いかけていたあの頃、あるいはブルートレインに初めて乗ったあの頃には、浜松を通る九州行きの寝台特急は5本もあった。それが現在では「はやぶさ」「富士」の併結列車1本だけ。時代の流れとはいえ寂しい現実である。

B個室寝台「ソロ」の2階に腰を落ち着けて、さっそく飲み始めた。終点の熊本到着は翌日の11時48分。時間はたっぷりある。ブルートレインに初めて乗った若い頃を思い出しながら、心置きなく飲もうと誓った…。といってもこの頃とみに酒に弱くなった。乗車して2時間が経った関ケ原付近でまぶたがくっついた。

目覚めると東の空が赤く染まっていた。「どのへんを走っているんだろう?」夜行列車に乗ったときには、目覚めてから列車の位置を確認するまでが醍醐味だ。時計を見ると朝4時50分。通過する駅名標に目を凝らすと「西高屋」という文字が見て取れた。「ん、どこだ?岡山か?」 続いて「西条」と書かれた駅名標が過ぎ去っていった。「広島か…もうちょっと寝よっ」 まだまだ寝足りない感じだったが、岩国到着前の車内放送で起こされてしまった。それからは、うつらうつらするものの10〜20分おきに放送で惰眠をさえぎられた。「はやぶさ・富士」は山口県民特急といってもいいほど山口県内の停車駅が多いのである。

富海あたりで朝の海を眺めるのが九州特急の楽しみのひとつだが、あいにくソロには海側の窓がない。それでも通路に出れば見られるのだが、眠気が勝ってそんなことはどうでもよくなっていた。結局、起き出したのは宇部を発車してから。「下関の儀式」だけは、どうしても見ておきたかったからである。

ブルートレインのような客車列車は、関門トンネルが開通して以来、どの列車も必ず機関車を付け替える。かつては普通の光景だったが、寝台特急が削減され電車中心となってしまった現在では極めて珍しい光景となってしまった。関西発着の寝台特急「あかつき・なは」も含めて、関門トンネルを通過する客車列車は2往復だけ。日中に眺められるのは、この下り「はやぶさ・富士」だけである。というわけで機関車付け替えという「下関の儀式」を眺めるため、たくさんの人がEF66のまわりに集まった。東京から1000`以上走ってきたEF66が14系客車と切り離される瞬間と、門司までの一駅だけ担当するEF81が連結される瞬間が儀式のハイライトである。ビデオを回す人、機関車の前でポーズをとる人。様々な人間模様が繰り広げられた。


関門トンネルはEF81担当


浜松から九州に直行するのはこの列車だけ


目覚めると朝焼けの雲が浮かんでいた


東京から下関までロングランしてきたEF66


九州入りを前に客車から切り離される


B寝台個室「ソロ」で14時間過ごした


眺めだけはいい「ソロ」の2階席にて筆者

九州最初の駅・門司でも長時間の停車。機関車をEF81からEF76に付け替え、大分行きの「富士」を切り離すという作業を終え、身軽になった「はやぶさ」は北九州を快走する。歩みが速まったのとは裏腹に、車内には物憂いムードが漂う。博多で多くの乗客を下ろした後は、数えるほどの乗客しか残っていない。退屈さを感じた私は、熊本まで二度寝をすることにした。

14時間を超える「はやぶさ」の旅を終え、私はすっかりなまくらになってしまった。次の列車まで1時間ちょっと。とりあえず昼ごはんを食べるため、駅ビルの一角にある「まるうまラーメン」で本場の熊本ラーメンを食べた。普段はほとんどとんこつラーメンを食べない私も、九州に来た時には必ずとんこつラーメンを食べてしまう。これを食べないと九州に来た感じがしないからね…

13時07分発の特急「くまがわ3号」で人吉に向かう。熊本県内で完結する短距離特急。2両編成の短い編成。今まで乗ってきた「はやぶさ」とは好対照の列車である。八代を発車すれば、急流で知られる球磨川に沿って1時間の旅。人吉には14時39分に到着した。

人吉に来た理由は鹿児島空港行きのバスに乗り継ぐことだけである。それでも待ち時間を利用して、青井阿蘇神社を訪れてみた。創建されたのは平安時代、昨年1200周年(!)を迎えた由緒ある神社である。神社の前には蓮が群生した池があり、さすが「辛子レンコン」が名産の地である。梅雨の晴れ間で蒸し暑い日だったが、境内の林には涼やかな風が吹きぬけ、しばし暑さを忘れた。

産交人吉バスターミナルから、鹿児島空港行きリムジンバスに乗車し、九州自動車道を南下していく。人吉は熊本県の南東に位置するため、熊本空港よりも鹿児島空港の方が断然近い。リムジンバスは、ほとんど高速道路を走るため所要時間は1時間を切る。鹿児島市内から鹿児島空港へも1時間ほどかかることを考えると、イメージよりずっと飛行機の便が良い町である。

16時半ごろ鹿児島空港に到着。飛行機に乗ればようやく目的地・奄美大島である。しかし、奄美地方は梅雨前線が停滞しており「天候調査中」の表示が出ている。機内でも「奄美大島上空まで行っても、降りられないと判断すれば鹿児島に引き返します」とアナウンスがあった。今回の旅はJALの特典航空券を使っている。不遜ではあるが、もし鹿児島に引き返した場合のチケットの扱いにちょっと興味があった。しかしJAL3733便は何事もなかったかのように奄美空港に着陸した。

おどかされたわりには、奄美大島は夕日も顔を出し、道路も乾いていた。レンタカーを使わないという『その先の日本へ』の旅のルールに従って、今夜の宿泊地・名瀬へは空港バスで向かう。海沿いの食堂のたたずまいに熱帯の雰囲気を感じたものの、国道58号線に出ると、どこにでもある日本の風景が続いた。1時間ほどで奄美一の都市である名瀬に到着した。

名瀬の宿は繁華街から若干外れた「トロピカルホテル」に予約を入れていた。「名瀬港を一望する展望レストランで飲み放題1,350円」が決め手となった。旅の荷を解くのもほどほどに、さっそく10階のレストランに向かった。地元の若い衆が宴会中で、夜景を楽しむムードもへったくれもなかったが、黒糖焼酎が美味だった。2時間近くの間に生ビール中ジョッキ2杯と焼酎の水割り4杯を飲み、最後にはへべれけになった。お代は3500円ほどで、ひとりで飲んだ割には安上がりだった。

翌朝は雨。ホテル前のバス停からさらに南下する。8時ちょうどの古仁屋行きが2〜3分早発したためびっくりしたが、早めにバス停にいたので事なきを得た。市街地を回り、丹念に乗客を拾った後、国道58号を快走する。バス停間の距離が長く、運賃表の値段の上がり方がタクシー並みでヒヤヒヤしたが、実際にタクシーに乗っていれば5倍はかかると思って気を落ち着かせた。集落と集落の間は長いトンネルが続き、車窓は楽しめなかったが、その分スピードは速い。名瀬から15`ほどの西仲間バス停には35分くらいで到着した。

バスを降りる頃には、ほとんど雨が上がっていた。南の島の雨は陽性で、土砂降りになっても短時間で上がってしまう。雨上がりの国道を歩くこと10分、マングローブパークに到着した。今回の旅では、ほとんど唯一の観光地への訪問だが、オープン前の時刻だったため観光客は私ひとりだった。9時30分のオープン時もその状況は変わらず、私は無人の公園を突っ切ってマウンテンライナー乗り場へと向かった。

奄美大島最大のマングローブ原生林を見るためには、本当はカヌーに乗るのが一番なのだが、ひとり旅でカヌーはちょっと気が引ける。ということでマウンテンライナーという小ぶりのモノレールで展望台に登り、原生林を見渡すことにした。展望台に上がってみると、私が今まで見た中では最大のマングローブ原生林で、ベトナムのメコンデルタにいるような錯覚を覚えた(といっても、まだベトナムには行ったことがないけど…)。「日本にもこういうところがあるんだ…」と、その雄大な景色を堪能したが、帰りのマウンテンライナーで乗り場に下る時はちょっと間抜けだった。というのも、モノレールを運転する兄ちゃん1人に乗客は私1人。登って行く時はワクワク感が勝っているため、兄ちゃんに意識が行かなかったが、帰りは意識せざるを得ない。お互い無言のまま急な下り坂をゆっくりと降りていった。

その兄ちゃんのアドバイスでリュウキュウアユを見たが、天竜川とかで見慣れた鮎よりはちょっと小さいかなぁというくらいで、特にどうということはなかった。そうこうしているうちに次のバスの時間が近づき、マングローブパーク前のバス停から、さらに南を目指した。

西仲間までとは異なり、急カーブの続く峠道をバスはゆっくり走る。峠を越えると進行方向右手に海が見えた。海の青さと、入り江を形成する半島の緑の濃さが対照的だった。カーブを曲がるごとに海面が近づき、やがて波打ち際に沿ってバスは走るようになる。終点の古仁屋は、そこからさらに低い峠を越えたところにあった。


マウンテンライナーで展望台へ


定期列車では日本一の長距離を走り熊本へ


「まるうまラーメン」で熊本ラーメンの昼食


短距離熊本県内特急「くまがわ」で人吉へ


辛子蓮根の産地っぽい青井阿蘇神社への橋


九州道を南下する鹿児島空港リムジンバス


人吉から1時間足らずで鹿児島空港に到着


夕暮れの奄美大島空港に到着したMD81


奄美大島空港から名瀬へは空港バスで


ホテルの展望レストランで夜景を見ながら一杯


舌触りのいい黒糖焼酎で酒が進んだ


部屋から名瀬港を望む。あいにくの梅雨空


マングローブパークに到着するもオープン前


雨上がりの風景。手付かずの自然が残る


マングローブパーク内のスミヨウガーデン


かなりの急傾斜を登っていく


マングローブ原生林の拡大画像


少なくとも私が実際見たものの中では最も大きなマングローブ原生林。「その先の日本」というより東南アジア的な風景

奄美大島の南にある加計呂麻島に行くわけでもなく、さりとて古仁屋の東にある珊瑚礁のビーチに行くでもなく、ここ古仁屋に来た理由は希薄だった。奄美大島南端の古仁屋から北端の奄美空港まで、島内最長の距離を走るバスに全区間通して乗ってみたかっただけである。それでも帰りのバスまで1時間あるので、古仁屋の町歩きをしてみた。

まずは先月オープンしたばかりの「海の駅」に向かう。途中に古仁屋コーラル橋という2つのアーチをつなげた橋があり、アーチとアーチの間に中の島があったので寄ってみた。船のデッキを模した人工島で、写真ではあたかも加計呂麻島に向かって進んでいるかのように見える。橋を渡ったところに「せとうち海の駅」と名付けられたフェリーターミナルがある。ここでは蒸し暑さから逃れて、冷房の吹き出し口の前で、汗がひくまで一息ついた。ターミナル2階には大島紬の機織りの様子を実演していた。

海の駅を出てバス停に戻る途中、国道58号線の奄美部分の終点を見つけた。3月の沖縄旅行でも触れたが、国道58号は鹿児島市と那覇市を結ぶ国道で、多くの区間は海上である。奄美大島での起点は奄美空港近くの奄美市笠利町、そして終点はここ瀬戸内町古仁屋である。古仁屋から海上区間で沖縄へ向かい、3月に訪れた国頭村奥集落から那覇へと南下する。とにかく終点の標識を見つけたときは、海上区間を挟んだ両方の地を訪れたことが実感できて感慨深かった。

さて奄美の旅もラストスパート。古仁屋から奄美空港へ向かう島内最長路線バスの旅である。始発の古仁屋営業所バス停の表記は11時50分発。一方JALの空港バスのページにある時刻表では12時発。どちらが正しいのか分からない限り、11時50分からバスを待つしかない。果たしてバスは11時55分ごろバス停にやってきた。おそらく12時という時刻は古仁屋港の時刻じゃなかろうかと思う。

バスに乗ってみると、来る時にマングローブパークから乗ったバスそのものである。来た時と同じ路線、同じバスでは退屈しごくで、名瀬まではお昼寝タイムにあてた。蒸し暑い中で、2泊分の荷物を背負って歩き回ったため、ドッと疲れが出た。まぁよく眠れたことである。

名瀬市街地に入り、営業所前に13時10分頃到着。20分間、時間調整のため停車するとのこと。これで謎が解けた。空港バスのホームページを見ると、古仁屋から奄美空港まで所要時間2時間25分となっているが、旅の前から「ちょっと時間がかかりすぎでは?」と思っていた。「連続2時間以上の運転なら1回くらい休憩があっても良さそうなものなのに」とも思っていた。結局、最長路線とはいっても古仁屋〜名瀬と名瀬〜奄美空港の2本の路線バスを単純につなげただけだったのである。確かに名瀬の時間調整の前後で乗り通したのは私だけ。ただ運賃については通しだと安くなり、古仁屋〜奄美空港間が2,400円なので、スルー運転の恩恵はある。

13時30分に空港に向けてリスタート。名瀬を出発する前後から雨が降り始めた。北に向かうにつれて雨はひどくなり、空港に着くころには土砂降り。それでも「せっかくここまで来たんだから」と、空港で路線バスを乗り継ぎ「あやまる岬」へと向かった。バスの運転手さんに「あやまる岬は雨をしのげる場所がないから、やめておいた方がいいよ」とアドバイスをもらったが、それでも強行。果たせるかな、横なぐりの雨に負けて滞在数分で岬を後にした。「素直に忠告を聞かなかくてゴメンね」と運転手さんに「あやまりたい」岬での出来事だった。

すごすごと空港にバスで戻り、ターミナル内のレストランで旅の打ち上げをした。名物の「けいはん(鶏飯)」をつまみに、生ビールや黒糖焼酎を浴びるように飲んだ。次から次へと追加注文をする私に、その手のお客に慣れていないウェイトレスさんは目を白黒させていた。東京行きの出発時刻は18時55分。まだ3時間以上飲める…。


風雨をしのげず5分の滞在


見慣れた鮎より小さいリュウキュウアユ


バスでさらに南下して瀬戸内町へ


カーブを曲がるごとに静かな海が車窓を彩る


瀬戸内町の古仁屋コーラル橋


加計呂麻島を望む古仁屋コーラル橋にて


「海の道」国道58号の奄美部分の終点


奄美大島を南北縦断する奄美空港行きバス


あやまる岬を展望台から望む


梅雨空にエメラルドグリーンの海も沈み気味


奄美名物「けいはん」で旅を締めくくる

<第3回 おわり>

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