さつま揚げ
さつま揚げは古くは、島津藩政の頃から作られている伝統的な魚肉ねり製品。その名の通り鹿児島の名産品だが、鹿児島では別名「ツケアゲ」とも呼ばれる。これは、琉球語で魚のすり身を油で揚げた料理を「チキアーギ」と言うことから、薩摩で「ツケアゲ」と変化したと考えられている。だから、さつま揚げのルーツは、琉球料理ということになる。少なくとも、1800年代半ばには鹿児島で、すでに製造されていたいう。薩摩揚げが定着したのは、気温が高い鹿児島の保存料理に向いていたからだろう。ところが、薩摩藩主28代・島津斉彬自らが、はんぺんやかまぼこにヒントを得て考案したという説もあるのだ。このへんが、いかにもタテ人脈の鹿児島らしい。
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「白熊」
鹿児島の名物のひとつが白熊。白熊といっても、むろん熊ではない。鹿児島の人間なら知らない人はいないかき氷の一種である。ミルクと蜜や練乳をかけたかき氷に、色々なフルーツがのっているもの。といっても、氷の量もフルーツの量もハンパではない。天文館むじゃきが白熊を出したのは昭和20年代。当時はミルク色の地にレーズンの飾りだけ。上から見るとシロクマの顔に見えたため、白熊という名前になったのだが、年々派手になっていったそうだ。私が白熊を初めて食べたのは30年以上前だったが、カルチャーショックだったことを今でも覚えている。ちなみに、現在の価格は662円〜。鹿児島で白熊が生まれたのは、ひとつは鹿児島の夏の暑さのせい。鹿児島の夏は、気温も湿度も半端じゃないため、量のある白熊が好まれたのも頷ける。薩摩隼人といえば、薩摩出身の武士や、または広く鹿児島県出身の男性を指す言葉であるが、もともとは南九州の先祖が隼人族、熊襲族と呼ばれ、勇猛を誇りとしていたことから来ている。薩摩隼人のなかでも勇敢で度胸があり行動力のある野蛮で荒っぽい人をボッケモンいうが、今日の鹿児島では果敢な『知的挑戦者』的意味合いも含んで言われる。だから、このボリュームのある白熊が好まれたのかもしれない。
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