「ちびまる子ちゃん」友蔵ジイサンの横で記念写真 「マキバオー」の前で加藤 孝

札 幌 雪 祭 りin孝 ち ゃ ん 家



名古屋駅新幹線口発の「空港連絡バス」
2月第1週は、公私ともに大変な1週間であった。体重も4キロぐらい落ち、 ベルトの穴も1つ縮み、その面では結構よかったのであるが・・・結局、旅立ち 前夜の2月7日は一睡もできずに朝を迎えてしまった。
明けて2月8日(土)、浜北駅6:42発の遠鉄電車からスタート。浜松駅7:21発の鈍 行列車からはいよいよ「少し早めの」Spring Tourの雰囲気。この旅のために作 成した2本組みのテープの「邦楽バージョン」から1曲聴いた。ミスチルの「名も なき詩」なのだが、「街の風に吹かれて」というフレーズに訳もなく涙が出てき た・・・けっこう情緒不安定だったらしい。豊橋駅で「こだま」にスイッチ。新 幹線自由席特急料金は「隣の駅までなら安い」ということはよく知られているこ とだが、豊橋〜名古屋などの「隣の隣の駅」でも「安い区間」があるということ は、そのスジの人しか知られていないと思う。

名古屋空港「出発Dゲート」
浜松から「こだま」に乗らなかったのはそんな理由からである。さて、名古屋 駅から名古屋空港に向かうルートであるが、最近は「新幹線口」からの連絡バス が速くて気持ちがよい。名古屋駅直近から高速に乗って行くのだが、高架線の上 から名古屋の街を眺めていくのも気分転換になっていいかも・・・栄近辺の渋滞 にはまることもないしね!!
気分よく名古屋空港に到着し、JAL853便「新」千歳空港行きに乗り込む 。「機内持ち込み」ができるものと踏んでいた、自分の「キャスター付きトラン ク」が「国内線」ではダメと知り、ちとガックリきたが、「デジカメ」を手に意 気揚々と機内に乗り込んだ。「札幌雪祭り」のため満席だったが自分の持ってい るチケットは「早割28」けっこう安い買い物をしたかもしれない・・・

なぜかスチュワーデスさんばかり・・・

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JAL853(DC-10)雪の残る新千歳空港にて

機内では、赤ちゃんや子供の表情が良かった
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新千歳空港駅は「北欧風」のターミナル
離陸と着陸の時は「計器を狂わせる」ため「デジタルカメラ」は「使用禁止」 なので、結構気を遣いながら写真を撮っていた。が、「画像」は、なぜか「スチ ュワーデス」さんと「他人の子供」さんばかり・・・離陸前にけっこう「赤ちゃ ん」が泣き出したりするのだが、あれって「親の緊張感」を「赤ん坊」が微妙に 感じ取るみたいなのでご参考まで。そんなこんなで機内では割合忙しく「あれ、 もう着いちゃったの?」ってな感じであった。
例によって到着ゲートの「ターンテーブル」で「荷物の受け取り」のため待た されて、慌てて地下にある「新千歳空港」へ走ったんだけど、「間一髪」で間に 合わず結局一本後の電車に乗るハメになった。

DD51牽引するところのタキ貨物列車
札幌駅の「ミスタードーナツ」の前に12時の約束だが、札幌駅到着時間は12:08 ということで「遅刻決定!!」もう腹をくくってこの「エアポートライナー(721 系電車)」の前面展望を利用して「北海道にしか走っていない列車」を撮るこ とにした。特にDD51というディーゼル機関車が牽引する「タンク貨物」列車(い わゆるタキ)は「本州」ではまず見られない(それも複線区間では・・・)ため 貴重な画像とみた。
果たして、自分の大学時代の友人である加藤 孝(通称タカちゃん)は、札幌 駅の改札口で仁王立ちしていた。会うなりひとこと「おせぇーよー」だもんね。 札幌出身の彼は「労基署」勤務のため「習志野」「須賀川」と渡り歩き、いよい よ昨年から生まれ故郷に戻ってきた訳である。よく「旅の宿」代わりに泊めても らうんだよね・・・九州には「カズ」っていう「広島」生まれの「山口」育ちが いるけど(彼も今春、中津から博多に転勤)・・・

長野オリンピックの「スノーレッツ」

「松本城」は秀作だった/香港の出展作品

雪祭りとはいえ「氷像」もあったりする

「青汁」を飲ませる「悪役商会」&「定番土産」

「大通り」の西の端は普段着の札幌が

浜松産のYAMAHAブース/札幌でも2002WC開催

お祭りらしく「郵便局」の出店があった

象のケツもリアル!!/天才サザエボンも/牛のおっぱい?
札幌での私の定番昼食「味噌バタラーメン」(地元の衆はクドすぎて食べない らしい・・・)を食べたあとは、大通り公園に繰り出して「雪祭り見物」としゃ れこんだ。とにかく4日間限定の祭りということで(浜松祭りと似ている)人間 の多さはハンパなもんじゃなく、まさに「東京都札幌区」という状況を地でいっ ていた。
このような「人込み」を極端に避けたがる孝と私は、「大通り」を西へ西へと 歩きまくり、ようやく人波が切れたところで休憩。そこには「札幌労働基準監督 署(なんというカタイ名前!!)有志作成」の「みどりのマキバオー」が立って いた。で、記念撮影した写真がこのページのトップの写真である。ちなみに左の 写真が「大通り」にある「労基署」である。
「札幌雪祭り」ってのは「TV」などの報道では、ものすごく大きくて精巧な 雪像が「大通公園」の至るところに「ドッカン、ドッカン」つっ立っているイメ ージがあり、実際そうなのであるが、一方で札幌市民のみなさんが一生懸命「雪 像」を作っているっていうことが解って、「なんとなく嬉しくなってしまったの ねぇー」(と、いきなりマキバオーが入ってしまうのねぇー・・・スミマセン、 ちょっと「酒」が入ってマス。)他にも巷で話題の「天才サザエボン」なんかあ ったりしてなかなか楽しかった。
イベントでは八名さん率いるところの「悪役商会」が例の「青汁」を観衆に飲 ませていたりしていた・・・こりゃ要するに「何でもアリ」の「ごった煮パーテ ィー」っていう世界かもしれない・・・さすがに、歩き疲れてなおかつ「北海道 らしからぬ陽気」のため汗までかいてしまったため「大通り会場」を後にした。

夕暮れの「真駒内」会場

真駒内会場は「テーマ・パーク」的な趣あり
地下鉄で雪祭り「真駒内会場」に移動したのは「北国の早い夕暮れ」の時刻で あった。自衛隊真駒内駐屯地の広大な敷地の中に「ウォータースライダー」の雪 バージョンといった巨大滑り台を備えた雪像がズラリと勢揃い!!はっきりいっ て「大通り会場」よりも数倍居心地が良かった。なぜか下関の「ふく」(下関で はふぐとにごらない)の雪像があった。

サッポロビール園でジンギスカンを食べる孝
夕食は、サッポロビール園で本場のビールを飲みながら「ジンギスカン」を食 べた。孝とはお互いの「仕事の悩み」などを話したのだが、結構30歳ともなれば 、「板挟み」になりがちでいきおいマジな話しになってしまった。
↑夜の雪像は幻想的で寒いけど必見!! とても、「札幌の味覚」を楽しむどころではなかった。

ターキーを出し意気揚々と戻る孝
孝の官舎は札幌近郊の琴似にあり、地下鉄での移動なのだが、途中で再度「大 通り」会場に立ちよって「夜の雪祭り」見物としゃれこんだ。昼間は汗をかくほ どの陽気であった札幌も夜は冷え込みがきつく「ガタガタ」震えていたが見る価 値は十分にあった。
私同様「花の(?)独身」の孝は「男の一人暮らし」のクセにあいかわらず部 屋がこざっぱりとしていて過ごしやすかった。部屋でも酒を飲みまくり気づいた ら眠っていた・・・
翌2/9は、「スキー」をする予定だったが、めんどくさくなり「孝の普段の 休日」バージョンで過ごしてもらうことにして、学生時代にヒマになると行った ボウリングやらビリヤードやらをやってみた。ボウリングはともかくビリヤード は久々で「9ボール」のセットの仕方すら忘れていて参った。
4日間の休みを貰っていたが、札幌滞在は1日半で切り上げて、孝の官舎を後 にした。昨日は青空の札幌であったが、今日は雪の降りしきる札幌になっていた 。「今度は浜北に遊びに来いよ!!」の言葉を置き土産に再度「旅人」に戻った。 今宵と明日の宿は苫小牧から名古屋に向かう「太平洋フェリー」といううことで つくづく「日程の余裕のある」(言い換えると時間の無駄遣いが甚だしい)旅で ある。
琴似駅から地下鉄で新札幌に向かった。札幌の地下鉄(左の写真参照)は鉄の レールでなく「ゴムタイヤ」を履いているということで有名だが、けっこうこれ が騒音が少なくて良かったりする。雪祭り帰りの乗客が多いのが目についた。居 眠りしながらJRとの乗り換え駅の新札幌に到着した。

特急すずらんの通過待ちの図
新札幌駅16:05発の苫小牧行き普通列車が「道内の最後の列車」となった。日 曜日の16時台ということで毎度お馴染み「福山雅治のトーキングFM」を聴きな がらゆったりとした気分で転換クロスシートに身をあずけていた。ラジオでは「 お嬢様を守るゴルゴ13のようなボディーガード」を募集していたが、「自分を 守るのに精一杯」の私のような人間は、とても「ボディーガード」にはなれそう もないな・・・と感じた。電車は駅ごとに停車を繰り返し、左の写真のように特 急列車に抜かれるのはもちろん、同じ普通列車である「快速電車」にもばしばし 抜かれる。「なんか俺といっしょじゃん!!」と思ってしまい「鈍行の旅もいい な」と再認識してしまった・・・長時間停車の間にホームに降りて一服できるし ね・・・

苫小牧FTで停泊中の「いしかり」

1等客室の部屋の中&部屋のシャワールーム
エンディングテーマの「It's Only Love」を聴いてちょっとホロリとして、そ れをしなにラジオを切り電車を降りる準備を始めた。17:05に苫小牧駅着。既に 日は落ち17:30の乗船手続きの締切時間ぎりぎりに苫小牧フェリーターミナルに 到着した。

レンタカーを借りて松島まで往復した
名古屋港行きの本日の就航船は「いしかり」この船が就航して間もないころ名 古屋から苫小牧まで2等のザコ寝(確か冬期割引でめちゃくちゃ安かった)で旅 をして「カラオケ大会」やら「映画鑑賞会」やらに参加しまくり(すべてタダだ った)長距離フェリーの旅にはまってしまったことがある。その時は確か「片思 い」中で「船の中に2泊もすれば、答えは見つかる!!」なんて偉そうに考えてい て、浜松に戻ってから告白したような気がするが、春になるとともに「終わって しまった」思い出がある。
まぁ、こういう長距離フェリーに乗ると「時間を持て余す」ような気がするの だが、実際は「家で連休を過ごす」よりは忙しかったりして「持ち込んだ本は1 冊も読めない」なんてこともありえるから、あんまり先入観を持たない方がいい かもしんない。
「いしかり」での足掛け3日間の生活の拠点は「1等船室」である。苫小牧から 名古屋までの運賃・料金は20000円。これで「ワシントンホテル」並みの居住性 が確保できるので格安!!と思った。ホテルに缶詰めで仕事をしなくちゃならない ・・・なんて経験は今後もないと思うけど、そんな時には一考の価値ありとみた (ただし船に強い人に限る)。
ここで「船酔い」の防止法をひとつ。私は「船酔い」する前に「酒で酔ってし まう(?)」。船の揺れに身を任せて「水割り」なんかをちびちびやると、いつ もより早く酔いが回って経済的なんだよねぇー。まさに一石二鳥・・・また「飲 んだくれオヤジモード」に入ってしまった・・・反省!!

松島パノラマラインから松島を望む
さて、2/9の18:30に苫小牧を出港した「いしかり」は仙台港に2/10の9:00に到 着した。仙台停泊3時間のうちに一時下船して銀行に行かなくてはならなかった 。ほいほい気前よく船の中でお金を使っていったら、財布の中身が千円札だけに なってしまった。とりあえず港で客待ちをしているタクシーを拾って「一番近い 七十七銀行まで行って!!」と指示を出し、財布の中身を満たしたのち、本塩釜 駅まで行ってもらった。この手法は「手順」を間違えると「エライ目に遭う」か ら注意が必要である・・・で、お金に余裕ができたところで、レンタカーを借り て松島までドライブすることにした。いつも会社で乗っている「スターレット」 をチョイスして、仙台港に11:30に戻らなければならないところから逆算してハ ンドルを握った。松島パノラマラインでは道路に雪が残っており「おいおいスキ ーに来てんじゃないんだゾ!!」一人ボケ、ツッコミを入れながら快調にドライブ した。

角瓶をちびちびやりながらピアノを弾いた
本塩釜の駅に着いたのは11時を回ったころ・・・車を返す時に縦列駐車をした ら地元のタクシーにクラクションを鳴らされ、時間がないにも関わらず「許せん!! 」と文句を言いに行ってしまったのは「ご愛敬」だった。仙石線電車で多賀城 まで行き、タクシー(この運転手さんは紳士的だった)を拾って仙台港に着いた のはぴったり11:30だった。
さて、船に戻って「午後は何をしようかなぁー」と思っていたところ「ホール 」にピアノが置いてあったのを思い出した。自称シンガーソングライターなので 、ピアノがあれば3時間くらいつぶせると思い、スチュワーデスさんに頼み込ん で「ピアノ」を弾かせてもらった。いつものように「角瓶」の水割りをちびちび やりながら・・・ちょうど3時間後、腕が攣りはじめたところで「こんくらいで カンベンしといたろかぁ」と独り言をつぶやきながらピアノを閉めた・・・

バーテンさんに撮ってもらった「ピアノを弾く<かと>」
夜は、バーで「体に良いと思われる」カクテルを飲んだ。「テキーラ・サンラ イズ」やら「シンガポール・スリング」やら「ブラディー・マリー」等のビタミ ンCの豊富(?)なやつを体が欲していた。若いバーテンさんと「仕事」の話し やら「音楽」の話しやらで盛り上がり、調子ぶっこいて店にあったピアノで今日 アレンジした「Misty Town(めっちゃ速いバージョン)」を披露してきた。
名古屋港に2/11の9:00に到着したらもう「自分の庭」に着いたようなものであ った。バスと地下鉄を乗り継いで、金山総合駅から名鉄のパノラマカー(急行) 、そして豊橋から「こだま」、浜松から普通列車に乗り換えて12:27に袋井駅到 着。そのまま会社に行って、たまっていた仕事を片づけたとさ・・・おしまい! !

ぽすとすくりぷと;札幌より袋井の方が寒いってのはすごかったね!!2/11は 横なぐりのみぞれが降っていてすんごく寒かった・・・


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