Spring Tour 2010
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山陰線の第一ランナーは特急はしだて |
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ここ3年間は沖縄が続いたSpring Tour。ある意味では年間で最も心が弾む旅であり、今年はどこに行こうかと思いを巡らしていた。久々に鉄道に乗りまくるのもいいんじゃないかと思い、JR西日本の株主優待券を使って山陰山陽をぐるり一周することにした。 2010年3月20日土曜日の朝8時前、米原駅できっぷを購入。券面は米原→大阪ながら、経由は東海道・山陰・山口・山陽・新幹線という大まわりルート。まずは新快速で京都に向かった。京都からは特急はしだて1号に乗車。ここから益田までは延々と山陰本線をたどるわけである。ここ最近、京都〜和田山は縁がなく、一部区間は学生時代の春休み、このSpring Tourの原点である「西のサイドライン」Tour以来の乗車というところもあり、懐かしかった。あの時は沿線に桜が咲き誇り、鈍行列車のボックス席で膝を抱えながらそれを眺めたものである。20年以上経過した今は、特急列車のリクライニングシートから桜を眺める。ずいぶん時は流れてしまった。 福知山では、同じホームの向かい側に入線してきた特急北近畿3号に乗り継ぎ。福知山では、改札を出ない限りは乗り継ぎ可能というルールがあり、新幹線のようである。指定席特急券は、1枚で2列車併記という、全国でもここだけの特殊な表記だった。 |
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「北近畿」に1時間ほど乗車して城崎温泉で乗り換え。ここから鳥取までは鈍行列車の旅となる。深紅のキハ47形2両編成は既に立ち客が出るほどの盛況だった。地元客というよりは、これから通過する余部鉄橋目当ての観光客という感じである。そういうわけで車窓から但馬海岸が見え隠れすると歓声があがった。そして香住からは、観光バスで乗りつけたツアー客を新たに受け入れ、車内は超満員に。次の鎧駅を出ると、乗客はそわそわし始め、トンネルを抜けて余部鉄橋に差しかかると一斉にシャッターが押された。南側には新しい橋が完成間近となっており、開通は今年秋の予定である。 餘部でツアー客が下車し、ほどなく終着の浜坂に到着した。次の鳥取行きまで30分ほどのインターバルがあり、浜坂駅構内にある「鉄子の部屋」を見ながら時間をつぶした。発車15分ほど前にホームに上がると、既に鳥取行きは入線しており、ボックス席に荷物を置いて喫煙タイム。大阪圏以外のJR西日本の駅は、喫煙者に寛容で、どの駅のホームにもまだ喫煙コーナーがあってありがたい。タバコを吸いながら列車を見やると、私が鉄道ファンになった中学生の頃登場した国鉄首都圏色のキハ47。当時はダサいと思ったオレンジバーミリアンも、今となっては希少価値。この派手な色は、田舎の緑の景色によく映える。 浜坂〜鳥取間は近畿地方と中国地方の境界線があり、特急列車は一日一往復のみ。日中の運行はないので、必然的に鈍行列車に乗らざるを得ない。日本海の見える区間もあるが、ほとんどは山中を行くので、乗ったそばから昼寝を決め込んだ。鳥取到着直前で目覚め、そのまま途中下車した。 鳥取では約1時間のインターバルがあり、とりあえず駅周辺を散策しようと南口を出た。駅前の周辺地図には「鳥取鉄道記念物公園」が載っていたので、そこを目指して歩いた。5分も経たずに着いたその公園は、大そうな名前に反して、小さな公園。腕木式信号機や踏切、はたまたプラットホームにレールが雑然と配されていた。ホームには上屋がかかり時刻表や駅名標が取り付けられていた。待合室には人影があり、どうやらホームレスの寝床になっている模様。ようは鉄道関係の廃品を集めた公園だった。そこに住んでいるホームレスさんも、元鉄道員だったら結構ブラックだなと感じさせる公園だった。 |
福知山では同一ホーム上で相互乗換可能 |
新架橋も出来上がってきた余部鉄橋 |
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餘部駅では二駅間だけのツアー客が大量下車 |
城崎温泉と浜坂を折り返すキハ47 |
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鳥取の鉄道記念物を集めた公園 |
国鉄首都圏色をまとった鳥取行き普通列車 |
鳥取駅が見える場所にのどかな小川 |
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腕木式信号機等のグッズ満載 その公園の東側には、整備された小川が流れており、気を取り直して暫したたずんでみた。天気予報は午後から雨とのことだったが、ここまでは優しい春の日差しに包まれて、のどかな旅となっている。鳥取駅が見えるところで、こんな気持ちになれるとは、この街も懐が深い。 |
益田まで4時間。スーパーまつかぜの旅 |
車窓を過ぎゆく暮れなずむ宍道湖 |
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深夜の雰囲気漂う終着駅益田に到着 |
一夜を過ごした益田グリーンホテルモーリス |
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この旅唯一の観光は津和野駅からスタート |
こぎれいに整備された本町通りの街並み |
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津和野町役場はクラシックな雰囲気 |
掘割に鯉が泳ぐ殿町通りの街並み |
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津和野藩主の邸宅があった嘉楽園 津和野駅前を東に向かい、つきあたりが「本町通り」。美観が保たれた通りを南に進むと、通りが開け掘割が出現する。ここから有名な「殿町」で、掘割の鯉は津和野の象徴としてさまざまなメディアに登場する。殿町で興味をひいたのは津和野町役場で、昔の映画に出てくるような木造のクラシカルな建物である。鉄筋コンクリート○階建てという役所・役場ばかりの現在にあって、この建物は「まだこんな役場が現役なんだ」という新鮮な驚きを覚えた。 |
桜咲く津和野城址の嘉楽園にて筆者 |
山上に残る津和野城の石垣 |
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津和野川沿いの山腹に太鼓谷稲成神社が建つ |
太鼓谷稲成神社へ続く鳥居のトンネル |
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日本でも有数の稲荷神社の本殿 |
小高い神社から津和野の街並みを一望 |
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津和野駅停車中の山口線列車 2泊めは宮島コーラルホテルに宿泊 翌朝も快晴。部屋の窓からは、春の朝日を浴びた宮島が輝いて見える。朝9時ころホテルをチェックアウトし、宮島口駅で、昨日買えなかった名物駅弁「あなご飯」を買って広島へ。広島でひかりレールスターに乗り継ぐと、新大阪までは1時間半。大阪駅で山陰・山陽をぐるり一周してきた乗車券を回収され、旅は次のステージへと移った。 |
仁保駅でSLやまぐち号とすれ違う |
SLやまぐち号の展望車には春休み中の子供 |
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下関から呉線広までロングランする115系 |
柳井を過ぎると大島大橋が車窓を飾る |
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ホテルの部屋からは暮れなずむ瀬戸内海 |
朝の部屋からの風景。宮島が目の前に |
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最終日は園田競馬で旅打ちに挑戦 |
園田競馬場の入場ゲート |
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入場ゲートをくぐったところで記念撮影 |
電光掲示板のある立派なパドック |
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スタンドもなかなかのもので、入場料2,000円の特別観覧席に入ると、全面ガラス張りで、寒かろうが風が強かろうが関係ない心地よさだった。シート周りも広々としており、ソフトドリンクは飲み放題。まぁとにかく快適だった。地方都市の競馬場と比べれば入場料は高めだが、お代は競馬で勝って払えばいいので(?)、空席があればぜひこちらで観戦したいものである。 さて、レースの方は3レースめから開始。といっても発走直前に着いたので、記念馬券がわりに名前が気に入った馬の単勝を100円だけ買ってみた↓ |
祝日ということで賑わっていたスタンド |
特観席は2000円だけにシート周りも広々 |
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記念馬券は馬名で選んだ こんな買い方では当たるわけもないと高をくくっていたが、Aワンデイワンナイト号は、いい位置につけて4着と健闘した。レースを見ているとまくり差しが決まるようで、今後の参考にしないといけない。 |
小ぶりながらもターフビジョンを備える |
特観席よりゴール前の攻防を眺める |
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この日のほとんどのレースは1,400b |
スタート直後、直線での位置争い |
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ターフビジョンの前を駆け抜けていく |
迫力のゴール前の攻防 |
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三連複万券ゲットとなった8レース |
伊丹空港への着陸機にレースそっちのけ |
1,700bのレースは向う正面より発走 |
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ちょっと気分が高揚して、続く第8レースを予想する。ここからは場内テレビでパドック解説をしてくれる。新聞では印が散らばっていて軸馬が絞りづらかったので、この解説は大いに参考になった。上位人気馬の中では、3番人気の@コスモホークアイを推奨していたので、この馬を軸に三連複で手広く流すことにした。結局、11頭立てのところを2頭しか切らずに@−ABCDEFHJの28点を購入し、レースに臨んだ。スタートすると1番人気は後手を踏み、快調に逃げていた2番人気も4コーナーで手応えがが怪しくなり後退、私の軸馬である3番人気の@コスモホークアイは直線で2番手となった。「そのまま〜、そのまま〜」と思わず声が出たのが届いたのか、そのまま2着で入線。残りの2頭は6番人気と9番人気が入って、三連複は21,210円の高配当。一気に収支をプラスにすると同時に、時間の都合で次の第9レースを最後に決めていたので、勝って帰れることが確定した。 こうなると心にゆとりができて、「1万円持って帰れば上出来」と、第9レースに5,000円程度突っ込むことにした。例によってパドック解説をもとに三連単フォーメーションを購入。当初は2着のところに3頭指定していたが、最後も当てて帰りたいと思い、もう2頭追加した。すると、その2頭のうちの1頭が2着に入って的中。三連単12,100円の配当で、連続万馬券ゲット。馬券を買い始めて10年余。連続して万馬券をゲットしたのは初めてである。私は満面の笑みを浮かべながら、園田駅に向かうバスに乗り込んだ…。 |
阪急バスの方向幕には園田競馬のマークが |
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