Spring Tour 2018
700系喫煙車に乗るのもあと1か月ほど

All By Myself
ついに禁煙することに決めた。もともとシートで喫煙可能な700系が引退するまでと思っていたが、2年ほど早まってしまった。というのも会社の健康診断のレントゲン検査で引っかかり、再検査を受けたところ、4ミリほどの腫瘍があるということで経過観察となった。同時に禁煙を指示されてしまい、次の検査までにタバコをやめないといけなくなった。買い置きのたばこが3月終わりから4月の始めにはなくなるので、そこで禁煙することに決めた。というわけで、そのXデーまでは700系の喫煙車にこだわりたい。恒例のSpring Tourも700系でスタートである。

2018年2月21日夕刻の浜松駅。仕事を終えてから新幹線で西に下る、いつものパターンである。18時55分のこだま673号で出発。近頃めっきり数を減らしてしまった700系定期列車である。16号車の中ほどの窓側シートに座り、ビールを開けると「今年もこの季節がやってきた」としみじみ思う。特に「経過観察」などという身であるので、ちょっぴりセンチメンタルになったりする。せいぜいタバコの吸えるこの一瞬一瞬を楽しみたいと思う。19時44分に終点名古屋に到着し、19時56分発のぞみ403号に乗り継ぐ。700系で運行するのぞみ号は絶滅したと思う人も多いだろうが、臨時列車として細々生き残っている。さて臨時列車は定期列車より空いているのが定説だが、700系を狙って乗る人が多いのか(それはないと思うが)、16号車喫煙車はかなり混んでいた。隣席にも私よりちょっと先輩のサラリーマン氏が居座っており、窮屈な思いをしながら二人で煙の吐き出し合戦をした。まぁ健康に悪い時間だった。

20時31分に京都到着。JR西日本の出札窓口に寄り、おとなびパスと6枚のグリーン券を発券して、ひとつめの懸案解消。在来線ホームに取って返し、大阪行きのサンダーバード44号を待つ。ところが、今冬の北陸線の壊滅的な状況はご存知のとおりで、今日も大幅にダイヤが乱れているようだ。くだんの列車も20分遅れとなっており、寒いホームで待つよりは、頻発する新快速に乗るのが賢明である。20時59分発の姫路行きを捕まえ、通勤客と一緒に新大阪まで運ばれた。結果、1枚目のグリーン券はフイになったが。

明朝は早朝6時3分発車の列車に乗車する予定なので、駅歩3分のホテル・リブマックス新大阪に宿をとった。部屋に入ると平昌オリンピックの女子団体パシュート決勝の発走直前で、思わず見入ってしまった。そういえば前回の冬季五輪では、カシオペア乗車中に部屋のBSテレビで、平野歩夢選手の銀メダル獲得の瞬間を見ることができた。その時と同じように、平昌オリンピックの映像を将来見るようなことがあれば、「あの時、新大阪のホテルで生中継を見たな」と思い出すのだろう。

そんなこんなで翌朝5時45分にホテルをチェックアウト。「朝もはよから、なんでこんなに人がいるの?」というくらい新大阪駅には人がいっぱいいて、それを縫うようにしてホームにたどりついた。ひかり441号博多行きの喫煙グリーン車にたどり着いて、ほっと一息。この列車は16両編成の下り定期ひかり号では、日本で唯一の700系である。といっても内実はひかり号というよりこだま号に近く、通過する駅は、新倉敷、新尾道、東広島、厚狭の4駅だけである。それゆえ鈍足となり、広島で同格列車のさくら541号に抜かれてしまう。また、それが理由で新大阪→小倉と入力しても、e5489サイトでは候補に出てこないため、予約を新下関で分割せねばならない。というわけで、この列車のきっぷは2枚に分かれている。こんな列車なので、グリーン車に乗ってくる酔狂な乗客はわずか。おかげでゆったりと小倉まで移動できた。

どんより曇った小倉駅に9時08分に到着。JR九州の窓口に行き、株主優待券を使って、ほぼ九州一周の乗車券と特急券を発券した。グリーン車主体なので、昔あった「九州豪遊券」みたいな旅になる。駅前を散歩し、そろそろと思いホームに上がると、お目当てのソニック9号は約10分の遅れと表示が出ている。定刻より12分遅れで発車し、席に着くとさっそく弁当を広げた。本当は折尾駅の「かしわめし」が良かったが、似たような内容(バッタモン?)の「北九州名物鶏めし」を味わった。「うーん、これも九州の味だ。」


朝6時前の新大阪駅。構内は結構な人出


鈍足ひかり号グリーン車にて筆者


折尾の「かしわめし」が良かったが


金額の入らないグリーン券をゲット


「事故返」は51年の人生で初体験

振り子列車の883系は、カーブでも豪快に走り抜けていくが、そのくせ一向に遅れ時間が縮まらない。すると別府出発後に信じられない放送が入り、耳を疑った。「大分駅で、にちりん9号にお乗り換えのお客様にご案内いたします。にちりん9号に接続待ちの要請をしておりましたが、待てないとの連絡が入り接続をいたしません。後続列車に変更の方は…。」え〜、10分少々の遅れなら普通待つだろっ。と怒っても仕方がない。確か「にちりん9号」に乗れなければ、その日のうちに宿泊地の多良木まで行けないはず。これは、まいった。それじゃ、博多、熊本まわりで行くしかないか。ということは旅行中止で無賃送還という手が使えるはず。じゃぁ、大分駅で真っ先に精算所に飛び込まなきゃ…。という思考がぐるぐると駆け巡り、別府から所要時間9分の大分駅に着く頃には、私は乗降口ドアの先頭で待っていた。ドアが開いた途端にダッシュ。階段を駆け下りる人は私一人で、もちろん精算所には真っ先に飛び込んだ。


小倉駅にて株主優待券を使い発券


ソニック9号改めソニック28号で送還


博多発のさくら411号で改めて旅がスタート


予定より1日早く「かわせみ やませみ」に乗車


ベンチシートは親子シートだと乗って分かった


サービスコーナーで球磨焼酎の水割りを注文


樽熟成「熟香抜群」水割り

駅員さんの方は「どうせ後続の列車に変更だろう」くらいの気持ちで待っているので、私が「旅行中止して小倉に戻る。グリーン車で来たのでグリーン車で戻る。」と宣言したものだから、ハトが豆鉄砲を食らったような表情をして、私からキップを受け取ると、バックオフィスに駆けていった。そうしている間に精算所の列は瞬く間に延びていく。数分後、別の女性駅員さんが「小倉駅に連絡を入れ、お帰りのきっぷを発券していますので、もう少々お待ちください」と告げた。それからまた10分ほど待って、ようやく「事故返」とスタンプの入った原券と、値段の入っていない帰りのグリーン券を渡された。10分少々で、とりあえず自分の思いどおりの対応をされたので満足し、ホームに上がった。ホームには、さっき乗車してきたソニック9号改め、博多行きのソニック28号が待っていた。

指定されたグリーン席に座り、あらためて事の顛末を振り返った。JR都合の旅行中止・無賃送還というルールは知識としてはあったけど、行使したのは51年間生きてきて初めてである。それも10分少々の遅れで、こんな大げさな制度を利用するなんて、かなりのレアケースだろう。まぁとにかく大切なSpring Tourを立て直さないといけない。せっかくのグリーン車も、シートを倒さずにパソコンとにらめっこ。走りながら次の行程を考えるのも楽じゃない。小倉到着間際に「博多→人吉の乗車券、特急券を株主優待で再発券」と決定し、揺れる車内で必死にメモを書いた。

本日2度目の小倉駅出札カウンター。事の顛末を話し、原券とさきほど書いたメモを渡した。どうやら大分駅から小倉駅へ連絡が行っていないようだ。苦し紛れに駅員さんが発した「連絡いれておきますね〜」は真に受けないようにしているので、腹も立たない。ここでも15分ほど待って、ようやく自分の思いが通じ、新たに株主優待割引の人吉までのキップをゲットした。博多までは手持ちの「おとなびパス」を使って新幹線で移動する。わずか16分の所要時間も貴重で、この間に人吉→博多の高速バスを予約し、決済を行った。目が回るような展開となり「こんなのSpring Tourぢゃない」とグチのひとつも出るってものだ。

博多14時18分発のさくら441号でリスタート。南下するほど天気が良くなり、ようやくSpring Tourらしい雰囲気になった。わずか38分の乗車で熊本にて下車。いよいよ旅の目的のひとつであるJR九州のD&S列車に乗車する。熊本駅の切り欠きホームに、その「かわせみ やませみ5号」は鎮座していた。1号車のかわせみ編成はブルーメタリック、2号車のやませみ編成は濃緑色である。指定したのは2号車のベンチシートで、通常の指定席より210円高い。この料金の差がシートのグレードの差だと思い、ついつい予約してしまったが、乗ってみれば単なる横広の親子シートだった。ま、カウンター越しに窓がある席なので、呑みテツ派にはお似合いである。そんなわけで、さっそくサービスコーナー(ビュッフェ)で球磨焼酎の水割りを注文。銘柄は樽熟成「熟香抜群」というやつで、スッキリと飲みやすかった。

八代を出て、列車は球磨川沿いを進む。逆光の川面に太陽が反射し、いつものSpring Tourのイメージに近づいてきた。若かりし頃、青春18きっぷを手にJR線完乗を目指していたころは、鈍行列車で川沿いを上っていき、決まって車窓には逆光の山々の姿があった。それが私のSpring Tourの原点である。時は過ぎ、横着して特急列車なんぞに乗るようになったが、毎年この時期には、この原点を確かめに旅をしようと思う。

太陽は西に傾き、薄暗くなった人吉駅に到着。駅舎を見るのは、奄美大島に行く前に立ち寄った2007年6月以来で、11年ぶり3度目の出場である。次のくま川鉄道への乗り継ぎ時間は30分ほどなので、街歩きをじっくりするわけにもいかず、コンビニで明朝の食事と氷を仕入れただけで駅に戻った。人吉駅ではなく人吉温泉駅の方であるが…。

くま川鉄道は、旧JR湯前線を第3セクターに転換した路線で、私はJR時代の1989年2月に一度だけ乗っている。さきほどの表現を借りれば29年ぶり2度目の出場である。くま川鉄道としては、2014年に新型気動車KT-500形を導入し、現在では車両は一形式のみである。この車両を「田園シンフォニー」という観光列車に使用しているため、逆にいうと普段の通勤通学列車も観光列車みたいなものである。木材を活かした内装や、ソファーのような豪華シートに座って通学できるなんて、この地方の高校生は幸せ者である。

さて、人吉周辺では高校生の姿が多かったが、終点の湯前に近づくにつれて、一人降り、二人降りしていき、乗り通したのはわずか数人だった。薄暮の湯前駅前に出て振り返ると、29年前と同じ古い駅舎が立っていた。1989年2月に、この駅前に立ったのも薄暮時だったので、記憶の片隅にあるこの駅のイメージそのままであった。もし、ソニックとにちりんが接続し、宮崎、隼人経由でここに来ていたら、20時過ぎだったので、この光景は見られなかった。ソニックの12分遅れは痛かったが、湯前で帳消しにした感じである。

乗ってきた列車で湯前から戻り、本日の最終目的地である多良木には18時49分に到着した。日はとっぷりと暮れ、クルマのヘッドライトが眩しい。駅前から踏切を渡って左手を見ると、見慣れた青い車体に赤い尾灯とテールサインが煌々と灯っていた。今は亡きブルートレインがそこに鎮座している。今夜の宿泊場所のブルートレインたらぎである。ただ見るだけでなく、ブルートレインに実際に宿泊できる施設は、全国に数か所あるが、そのうちのひとつがここである。料金はルームチャージで3,080円。アウトバスかつトイレ共同ということで、実態はカプセルホテルであるが、室内は現役時代の雰囲気を残していて懐かしい。お風呂は、はす向かいにある共同浴場「えびすの湯」が無料で使えるので、宿泊する方はタオル持参でどうぞ。


4年ぶりにJR九州のD&S列車で記念撮影


川面に映る太陽〜これぞSpring Tourの原点


1時間半の列車の旅を堪能し人吉に到着


交通の要衝だが人吉駅前に立つのは11年ぶり


くま川鉄道になってからは初めての乗車


29年前同様、薄暮の湯前駅前に立つ


記憶の片隅にあった駅舎はそのままに


暗闇の中に浮かぶテールランプ〜ちょっと感動


B寝台個室ソロがほぼ原形のまま

さて、このB寝台個室ソロだが、なかなか寝付けなかった。寝台列車に乗っていて、駅に長時間停車すると目が覚めるということがよくあるが、ずーっと停まっている寝台車はその状態が延々と続くのである。できれば室内に軽く走行音を流してくれるとよく眠れそうだが、事実上のカプセルホテルでは無理な相談だろう。まぁそれ以外は割と居心地が良かったが、また泊まるかどうかは疑問である。

翌朝は、カメラを持って施設周辺をウロウロし、8時36分発の列車に間に合うようにチェックアウト。再度くまがわ鉄道に乗車して、人吉温泉のひとつ手前にある相良藩願成寺まで行く。ところで旅の最終日は雲ひとつない快晴で気持ちがいい。例によってSpring Tour Attendantsを聞いていると、エリック・カルメンの「オール・バイ・マイセルフ」が流れてきた。ピアノの旋律が美しい名曲である。タイトルを直訳すれば「一人で全てこなす」というわけで、困難があっても一人で切り抜けてきた、この旅に相応しい曲だと思った。しかし歌詞をよく聴くと「All By Myself Anymore…」となるわけで、和訳すると「もう一人で生きていくのはこりごり…」となる。私自身は「一人で生きること」を選択してしまったが、この気持ちもよく分かる。裏の意味も含めて、この旅の主題は「オール・バイ・マイセルフ」に決めた。

34分の乗車で相良藩願城寺駅に到着。ここから人吉インターバス停まで徒歩連絡である。まずは人吉高校方面へ。路地を歩いていると側溝のふたから煙が濛々と上がっている。蒸気っぽくて匂いがあり、温泉がそこかしこから湧いているとみた。ここから人吉温泉までは距離があるが、こんなところにも源泉があるらしく、さすが人吉だと思った。そのまま人吉高校の西の道を北上する。人吉高校といえばウンナンの内村さんの母校だが、おそらくここの部活では「学校の外周を走ってこい」と顧問から言われて、イヤイヤこの道を走っているんだろうなと思う。しばらく進むと国道に出て、はす向かいに人吉インターがあった。事前に調べたら1キロほどだったが、あっという間に着いた感じである。

博多行きの宮崎交通スーパーフェニックス15便は、ほぼ定刻で入線してきた。このバスが遅れると、博多から乗車予定の700系臨時のぞみ号に乗れず、この旅の魅力が半減するところであるので、まずは最初の難関をクリア。車内は3列独立シートで快適。博多までの2時間ちょっとの間に、この旅行中に撮影した画像を、ホームページ用にリファインするつもりである。次の停車は高速基山バス停。途中熊本付近で工事があり、速度が落ちたが、基山バス停は定刻で通過。ここから博多までの時間は読めるので、ほっと一安心。画像処理を終わりパソコンを閉じると、バスは大宰府インターを降り、福岡都市高速に入っていた。千代インターで降りて呉服町を過ぎ、いよいよ博多バスターミナルは目前。降車ブースの混雑で、最後の最後でやきもきしたが、のぞみ号発車の30分前にはバスを降りられた。

博多駅のJR西日本券売機で、エクスプレス予約のきっぷを受け取りホームへ。もともとの旅程は、のぞみ172号を新大阪で降りて、サンダーバードで湖西線経由敦賀、そしてしらさぎで北陸線経由米原に回り、そこから700系運行のこだま678号で浜松に戻る予定だった。しかし行きがけの京都で、サンダーバードが遅れていたのに恐れをなし、わざわざ嵐の中へ突っ込むような真似をするのを自重したのである。そこで、おとなびパスを利用して、こののぞみ172号で新大阪までグリーン車に乗り、エクスプレス予約を使い新大阪→名古屋は普通車指定席に引っ越し、さらに名古屋でひかり526号に乗り継いで豊橋まで行き、そこからこだま668号で浜松に戻るプランに変更した。当初のプランより2時間半早く浜松に着き、いわば2,000円余分に支払って、「時間をお金で買う」という行為をするわけである。おとなびパスとグリーン券に加え、エクスプレス予約で発券した乗車券+特急券3枚を追加し、都合6枚のキップを持つはめになってしまったが…。

乗車後、博多を発車する前からビールを飲み始め、500ml缶を飲み干した後は、ウィスキーの水割りにスイッチ。喫煙グリーン車で飲む酒は格別である。昼下がりの山陽新幹線を東上し、新神戸を15時14分に発車。六甲トンネルに突入すると同時にグリーン車に別れを告げて、10号車から15号車に引っ越しを開始した。新大阪から予約が入っている座席に誰も座っていなかったので、そこに腰を下ろして呑みテツを再開。今度は東海道新幹線を東上する。博多出発から3時間半で名古屋に到着し、700系臨時のぞみ号を降車した。

本当なら6分後に入線するひかり号に乗車せねばならないが、名古屋始発のこだま号が先に入線してきたのでフラフラと自由席に乗ってしまった。案の定、名古屋を発車直後に車掌さんが車内改札に回って来て、6枚のキップのどれを出していいのかまごついた。シラフならなんてこともない事も、酔っぱらってしまうとどうにもならない。なんとか新大阪→浜松の乗車券と、ひかり、こだまの指定券を差し出し、無罪放免。浜松駅の改札では、このことを教訓にして6枚のキップを全て有人改札に差し出し、駅員さんからおとなびキップだけを返してもらって大団円となった。振り返れば、次から次へと旅程を変更する旅だった。


隣接する「えびすの湯」が無料で利用可能


一夜を過ごしたオハネ15-2003と筆者


ブルートレインたらぎの横を通学列車が走る


車窓(?)にはこんな田園地帯が広がっていた


20年ほど前に移転のうえ改築された多良木駅


日本でも有数の豪華な通学列車KT-500形車内


相良藩願成寺駅で下車し人吉インターバス停へ


3列シートのスーパーフェニックスで博多へ

<終>

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