生涯一度の
『トワイライトエクスプレス』



ホテルルートイン千歳駅前に宿泊

日本一長距離を走る一方で、日本一きっぷを取るのが難しい列車として知られている「トワイライトエクスプレス」。週4日程度しか運行しないことに加え、個室主体であるため競争率が高くなることがひとつの理由である。また、開放型のB寝台もツアー商品に組み込まれ、1ヶ月前の発売日にはあらかた売れてしまっていることも原因である。北陸新幹線の開通や、青函トンネルを共有する北海道新幹線のダイヤ問題に加え、牽引機EF81や使用客車である24系25型の老朽化など、この列車をとりまく情勢は不安定で、乗れるうちに早く乗ってしまいたい。というわけで一計を案じた。渡道客が1年で最も少ない12月中旬(トワイライト利用のツアーも少ない)の札幌発を狙い(大阪発と比べると人気がない)、乗車日の約3ヶ月前くらいに大手旅行代理店に発券依頼し(枠みたいなものを押さえてくれるらしい)、B寝台シングルツインと開放型のB寝台を第一、第二希望とした(B寝台はA寝台に比べ競争率が低い)。こうしてようやくプラチナチケットを手に入れた。

2012年12月15日土曜日。前夜遅くに着いたホテルルートイン千歳駅前を発ち、札幌に普通列車で向かった。雪景色の中を走る721系電車の車内で「クリスマス・イブ」を聞くと、今年もまたこの季節がやって来たと思う。いろいろな事に思いを巡らしているうちに札幌到着。トワイライトエクスプレス発車時刻までの時間を利用して、これだけ札幌を訪問していながら未だ行ったことのない北海道庁旧本庁舎、通称赤れんがに行ってみた。敷地に植えられた針葉樹は雪を被り、モノトーンが風景を支配する中、鮮やかなれんがの赤が対照的である。赤・緑・白が揃い、クリスマスカラーになっているところは、偶然とはいえ季節感があふれていた。先週までの大寒波がおさまり、穏やかな天気だったことも幸いだった。40分あまり赤れんがを見て過ごし、短い札幌滞在を心ゆくまで楽しんだ。


登場から20数年経たが魅力的な721系電車


現在の道庁側から見た裏側の赤れんが全景

トワイライトエクスプレスを迎えに来たとはいえ、せっかく札幌に来たので昼食ぐらいは当地ならではのものを食べたい。赤れんがから駅に戻る途中に「松尾ジンギスカン」があるので立ち寄った。1,100円のラムランチを注文し、ジュージューやりながら柔らかなラム肉を味わった。

腹がくち、鷹揚と駅に戻ったが出発時刻まで1時間ほどある。トワイライトエクスプレスが、出発のどのくらい前に入線するかさっぱり分からないが、13時14分発の小樽行き快速の次に、4番ホームを発着するのがこの列車。上手くすると30〜40分前に入ってくるかもしれない。私は躊躇することなく改札を抜けた。

実際にトワイライトエクスプレスが入線したのは発車15分前の13時50分ころ。寒風吹きすさぶ4番ホームのベンチで、背中を丸めて30分以上待つハメになった。


道庁旧本庁舎「赤れんが」初訪問の筆者


レンガの赤と木々の雪がクリスマスっぽい


本場札幌でラムのジンギスカン

ようやく4番線にトワイライトエクスプレスが据え付けられ、他の多くの乗客同様、ホームで、はたまた列車内で、DD51重連が引くところの10両編成を撮影するために駆けずり回った。ようやく5号車10番の自室に落ち着く頃には、列車は札幌駅を離れ、「いい日旅立ち」のメロディとともに、遥か1,500`先の大阪に向けて旅立った。


SLEEPING LTD. EXP. TWILIGHT EXPRESS


DD51重連が牽引する10両編成が札幌駅入線

タバコの吸える個室、しかもシングルツインなので足は伸ばし放題。傍らには出発前に買い込んだ大量の各種つまみ、氷と水。もちろんウィスキーは1gくらい残っている。これだけ条件が揃えば、飲むなという方が酷だが、おいそれとグダグダになるわけにはいかない。というのも17時30分から、食堂車ダイナー・プレヤデスで12,000円のフランス料理を予約しているからである。というわけで、薄い水割りを作って、ツマミもほどほどにチビチビと飲んだ。こんな飲み方をすると、酔っ払うよりも先にトイレが近くなる。幸い自室の隣がトイレなので、好都合だが…


ぴかぴかの車体にロゴが輝く


喫煙可能な5号車に乗車


サロン・デュ・ノール=北のサロン


最後部で唸りをあげる電源車カニ24


シングルツインのソファーベッドで過ごす一夜


自慢のサロン・デュ・ノールは旅のオアシス


昭和47年製造の食堂車ダイナー・プレヤデス


ダイナー・プレヤデス=すばる食堂

さて、12月の北海道特有である早すぎるトワイライトタイムが過ぎ去り、車窓がすっかり闇に包まれた17時20分過ぎ、待ちに待った放送が入った。「ダイナー・プレヤデスからご案内です。17時30分からの夕食をご予約のみなさま、お待たせいたしました。お席の準備が整いましたので3号車までお越し下さい。」 食堂車に出向くと、2人がけテーブルに案内された。1ヶ月前に予約をした時には相席になると言われていたが、調整がついたのか1人で使用することになった。おすすめの赤ワインのハーフボトルを注文し、喉を潤す。それにしても、空前にして絶後の「1万2千円のひとりメシ」。じっくりと味わいたい。


左からアントレ「フォワグラのコンフィ ビュイ産緑レンズ豆のサラダ添え」、スープ「すっぽんのコンソメ 生姜とローズマリー風味」、
ポワソン「クエのソテー ライムのエマルジョンソース」、ヴィアンドゥ「黒毛和牛のステーキ 堀川ごぼうのトリュフクリームとロマネスコ添え」



空前絶後の一人で食べる1万2千円のフレンチ


朝のトワイライトタイムは新潟富山県境の海岸


デザートは「りんごの真空調理
レモングラスのシャベーットと
シャンパンゼリー



カップのロゴが憎い食後のコーヒー

前菜から始まり、スープ、魚料理、肉料理と続き、最後にデザートそしてコーヒー。珍しいのは肉料理の付け合せだった「ロマネスコ」。ブロッコリーとカリフラワーを掛け合わせたロマネスコなるものを初めて食べたが、もともと両方とも苦手な野菜。やっぱり美味しくなかった。もうひとつ興味をそそったのが「真空調理」したりんご。でも普通のりんごと比べるところが無かった。総じて言うと、良くて7,000円の内容で、あとの5,000円は今では珍しい食堂車の雰囲気料といったところ。しかし冬場は車窓が楽しめないので、やっぱり乗車するなら5月〜8月ということになる。


5号車の銘板…今年38歳!!

食堂車から戻ったのが19時前。ここからはフルスロットルでハード・ドリンクが飲める。夕食前よりウイスキーを3倍濃くしてリスタート。ちょうど五稜郭で列車が反対向きになった直後。今まで足を投げ出していた、向かい側の少し広めのシートに座り直した。微妙に広いことが、かなり居住性に好影響をもたらし、青函トンネルを抜けて青森到着まで、かなりピッチが上がった。

青森で小1時間の運転停車の後、奥羽本線を下っていく。この頃になると、すっかりペースダウンしてしまい、次の運転停車駅の津軽新城発車をしおに、頭上のベッドに逃げ込んだ。当然テーブルの上はそのまま。翌朝起きてみると、あまりの惨状に絶句した。

真夜中の鶴岡で目覚め、新潟県境の笹川流れまで車窓を見ていた。それから二度寝に入り、直江津直前のおはよう放送で起こされた。なおもベッドでうとうとしたが、トンネル駅やらヒスイやら親不知やら、とにかく観光放送のたびに眠りを妨げられた。これは寝ていられないなとベッドを出て階段を降りた。どんよりした雲の下、鉛色の日本海が車窓を流れる。空は暗く、まだ夜が明けきっていない印象だが、時計は7時をとうに回っていた。トワイライトエクスプレスは、まさに朝のトワイライトの中を走っていた。

富山、高岡、倶利伽羅峠を越えて金沢。先月乗車した交直流の急行型電車と何度もすれ違う。あちらも北陸新幹線開通後の身分が不安定。寝台特急ともども、昭和の旅が味わえるのも今が最後かもしれない。

金沢から福井は、時刻表の上ではノンストップ。しかし芦原温泉に運転停車し、特急サンダーバード14号に道を譲る。足の遅い客車列車の宿命で、この後、敦賀と大津京でも特急が特急に抜かれるシーンが見られる。さて、福井を発車し北陸トンネルが近づくにつれて、再び雪が増えてくる。大阪までの行程で、最後の雪景色を見ながら北陸トンネルに突入。在来線のトンネルとしては2番目の長さで、トワイライトエクスプレスは奇しくもナンバー1、2のトンネルを通過する。トンネルを抜けると敦賀駅。ここで機関車付け替えのため16分停車する。列車の撮影や息抜きのため、多くの乗客が列車から降りた。

敦賀を出ると、いよいよ旅の最終章。湖西線に入ると、当地の冬のありがたくない名物である比良おろしが吹き抜け、近江舞子付近で運転抑止&徐行運転。なんやかんやで20分ほど遅れ、結局札幌〜大阪間に23時間以上費やすことが確定した。山科からの複々線では緩行線を行く快速電車とデッドヒート。新大阪を出て淀川を渡り、再び「いい日旅立ち」が流れる。右への大カーブの先に大阪駅が見えた。生涯一度のトワイライトエクスプレス乗車は終わりを告げようとしていた。


北陸トンネル目前、今庄付近で最後の雪景色


敦賀駅でトワイライト色どうしの機関車交換


上り列車でスロネフ25が拝めるのは青函とここ


EF8143に代わりEF81 113が編成に取り付く


やっぱり気になる再連結の瞬間


トワイライトエクスプレス 当駅止 終点大阪にて


EF81も24系25型寝台車も車齢の割にピカピカ


1508.5`、23時間に及ぶ旅を終えた編成

<終>

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