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トレイング2000 vol.T「雪国の旅」

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プロローグ
国鉄の全線乗りつぶしキャンペーンであった「チャレンジ20000キロ」が、平成の世になって甦った。その名も「トレイング2000」キャンペーン。対象はJR東日本の全線。JR線は中央本線の石和温泉〜酒折の間を除いて1993年の12月に完全乗車を果たしているのだが、その後開業した「秋田新幹線」「長野新幹線」とこの12月に開業した「山形新幹線」山形〜新庄は未乗区間として残っていた。ちょうどいい機会なので、この「トレイング2000」キャンペーンへの参加を兼ねて未乗区間を乗りつぶしてこようと思い、この旅の計画を練った。
12月17日(金)
浜松21:30→22:55小田原<こだま434号>
日程の都合で久々に夜立ちとなったが、夜行列車には乗らずに小田原泊りとした。東海道新幹線の「こだま」は9月19日以降は100系か300系となっており、FMラジオでミュージック・サービスが受けられる。ちょうど「特集チャンネル」でエリック・クラプトンの「ベスト」を演っており、1996年12月の東北旅行同様「チェンジ・ザ・ワールド」で始まる旅となった。小田原には23時前に到着。宿は「ホテルとざん」(右の画像)だったが、事前に宿の位置を調べなかったために探すのにえらい苦労した。駅から歩いて3分くらいのところにあったが、夜の小田原の街を20分くらい探し回ってしまった。夜到着の見知らぬ街のホテルは事前に調べておくべしというのが教訓になった。
12月18日(土)
小田原6:45→8:07品川<東海道線5324M>
明けて12月18日。今日から本格的な旅気分である。朝6時半にホテルをチェックアウトし、駅にはものの2分で到着。窓口で「ウィークエンド・フリーきっぷ」(JR東日本全線の特急自由席乗り放題きっぷ)を購入しホームに上がる。駅名標をバックに自分の顔を入れて写真を撮るという「トレイング2000」のルールは「チャレンジ20000キロ」と変わらない。ただ、その線の全線の半分の距離を乗れば認定というところはルールが緩やかになっている。久々に鈍行で東京を目指す訳だが、新幹線で上京するよりも「わくわく感」が違う。湘南の茅ヶ崎、藤沢、鎌倉そして横浜といった、中学の時からの憧れのオシャレな場所を丹念に停まって地元の乗客を拾っていくところに、その理由はありそうだ。予定では東京まで乗り通すつもりだったが、訳あって品川で下車。
品川→東京<山手線>
品川で降りて、わざわざ山手線で東京に向かうのには訳がある。「トレイング2000」の一線増殖のためである。山手線は特別ルールが設けられており、線内の違う2駅で写真を撮れば認定となる。品川で撮影を試みたが、山手線ホームは混雑が激しく三脚を立てられない。ここが一人旅の辛いところで、忙しい通勤客に撮影も頼めず次の田町駅とその次の浜松町駅で撮影をして事無きを得た。
東京9:12→10:54長野<あさま505号>
東京からは、新幹線で長野へ。いよいよ「ウィークエンド・フリーきっぷ」の威力が発揮される。新幹線の自動改札をすいすい抜けられて便利なことこの上ない。列車待ちの間、楽しみにしていた外国語放送「インターFM」にチューニングを合わせたが、なんかバラエティー番組みたいなものをやっており、シームレスで洋楽がバンバンかかる放送だとばっかり思っていた自分にとってはガッカリだった。
「あさま」は初めて乗るE2系(右の画像参照)という車両で、他の新幹線同様ビジネスライクな内装であった。大宮からはフルスピードで関東平野を突っ走り、高崎へ。この先が未乗区間であるが軽井沢まではトンネルが多く興ざめであった。まぁ途中の安中榛名の駅が「なんでこんな所にあるの?」と思ってしまうくらい谷間の何も無いところにあったのが印象に残ったくらいか・・・。軽井沢から先は冬雲が出ており、長野では氷雨が降っていた。
長野11:27→12:54直江津<快速 信越リレー妙高5号>
野から先は本格的な雪になっていた。列車は快速といいながらも、新幹線開業まで特急「あさま」に使っていた189系(左の画像参照)で、ちょっと得をした気分。座席につくと、適度な暖房とフリーストップリクライニングシートの効果で眠くなってきた。早起きだから仕方ないかとシートを倒してウトウトし始めた。ハッと我に返ると車窓は雪景色。ちょうど古間駅(右の画像参照)に到着したところであった。列車はここから峠越え。いよいよ「雪国」に突入。近くにスキー場があるくらいだから当然といえば当然だが、妙高高原の駅あたりでは使われていないレールが雪で埋まっていた。上りのホームから特急「みのり」が発車していった。列車の正面に雪化粧をして・・・(左下の画像参照)

次の関山は知る人ぞ知る「雪の列車撮影地」である。せっかくだから自分もデジカメに収める(右上の画像参照)。列車は徐々に高度を下げて里に降りてゆく。新井あたりでは地元の中高生を拾って、止まっていた時間が再び動き出す。この雪の中、たいした遅れも無く直江津へ到着した。
直江津12:57→13:44長岡<特急 雷鳥5号>
直江津では乗り換えるとすぐ発車。列車は雷鳥5号新潟行きで、車両は以前特急白鳥で使用していた塗色の485系1500番台である。485-1500といえば昔、北海道で使用してあまりの極寒のため故障が続発したというエピソードがあるが、本州の雪には強さを発揮しており日本海縦貫線で活躍している。運転席上のライトがデュアル仕様で、私が中学生だった時の憧れの車両である。内装はグレードアップされ、自由席でもハイバックシートで快適に旅ができる。列車は青海川あたりの海岸線を快走中。今回の旅で唯一海が車窓から眺められるところ(右の画像参照)である。荒々しい冬の日本海。波頭から水蒸気がもうもうと上がっているのが印象的であった。柏崎以東は内陸部に入り、淡々と米どころを突っ走り長岡に到着した。
長岡13:59→14:14浦佐<あさひ316号>
浦佐14:23→15:02新潟<あさひ403号>
長岡からはいったん上越新幹線で東京方面へ戻る。「トレイング2000」の上越新幹線の認定ポイントを得るためである。上り列車で一駅浦佐まで行き、写真を撮ってすぐ下り列車へ。浦佐駅には僅か9分の滞在であった。我ながらご苦労なことである。下りの「あさひ403号」のビュッフェでようやく昼食にありついた。流れる雪景色を見ながらのカレーライス(右の画像参照)はなかなかのものであった。このところ食堂車、ビュッフェとも斜陽ぎみで、九州ブルトレから食堂車が外されて久しいが、車窓を見ながらの食事は、旅情の点から言っても捨て難いもの。なんとか東北・上越新幹線のビュッフェ営業は続けていって欲しいものである。と、思っている間に列車は終点新潟へ到着。200系新幹線の前で記念写真を一枚パチリ。(左上の画像参照)
新潟16:29→20:28秋田<特急 白鳥号>
新潟では、かなり乗り換えの時間があったが、外はみぞれ混じりの雨で、どうにも外を歩き回るという雰囲気ではなかった。仕方なく駅前を歩く程度にとどめたが、南口の前に築山があり公園のようになっていたので新潟に足跡を残した記念にデジカメに収めた(左の画像参照)駅に戻ってツマミを買い込み、これから長丁場になる白鳥乗車に備えて体制を整えた。特急白鳥を待つホームでの30分は、そうとう凍えた。遠く大阪より、ようやく白鳥が入線(右の画像参照)。車内に入ると眼鏡が結露し真っ白になった。既に夜のとばりが下りて、窓の外は室内灯に照らされた雪が映るのみであった。しかし、これからがこの旅の「トワイライト・セクション」。家から持ってきたウィスキーのミニボトルを、缶ウーロン茶に注ぎ込んで、大いに酔っ払おうという魂胆である。聴いているカセットは「TWILIGHT SECTION」。1992年の12月に日本縦断の鈍行列車の旅の時、終着稚内を前にして最後に聴いたカセットである。特に「明日への道標」〜「アイ・ニード・ユー」〜「いとしのレイラ」の上がり3曲が圧巻で、ここを聴くと必ず抜海の丘から稚内の街の灯へ下りって行った情景を思い出す。それにしても12月の旅をしていると、過去に行った12月の旅のことを不思議と思い出す。列車は村上を過ぎて直流区間と交流区間のつなぎめのデッドセクションを通過。下の画像のように夜に通過すると、一瞬室内灯が消えるので、デッドセクション通過が誰でも解るシステムになっている。

昼間通れば、海が間近に眺められる笹川流れを通過し、山形県は庄内地方に入る。鶴岡、酒田と停まっていく度に車内が寂しくなる。どことなく退廃的なムードになり、酔いを加速させる。そろそろ、この列車も飽きてきたかなぁと思わせるほどの時間が流れ、新潟乗車から4時間後、ようやく秋田に到着した。私はここで下車したが、この後特急白鳥は青森まで走り続けるのである。1996年8月に一度だけこの列車に大阪から青森まで通しで乗ったことがあるが、今思えば気が遠くなりそうである。秋田駅のホームで「トレイング2000」用の証明写真を撮って、小雪の中、今晩の宿である「ホテルハワイ駅前店」にチャックインした。(右の画像参照)
12月19日(日)
秋田6:38→9:05仙台<こまち4号>
明けて19日は日曜日。早くに目覚めてしまったため予定を変更して一本前の「こまち」に乗車することにして計画を立て直した。当初の計画では、東北新幹線の古川で降りて陸羽東線回りで新庄に向かう予定であったが、新庄で乗り継ぐ「つばさ」との待ち合わせ時間がタイトであるため、仙台から仙山線経由で山形から新庄に廻り込むことにした。さっそくまだ明けきらぬ秋田駅に向かい、ガラガラの「こまち」(左の画像参照)の自由席を確保した。シートは大曲での方向転換に備えて進行方向逆向きにセットされており、最初は逆向きに走行する。夜が明けてくると右の画像のような雪景色が展開される。普段このような風景を見なれていないために、地元の人なら何でもない風景についついシャッターを切ってしまう。果てには左下の画像のように雪景色をバックにした自分にまでシャッターを切ってしまう。恥ずかしいものである。もともと田沢湖線という一介のローカル線であった秋田新幹線は、よくこんなところを新幹線が走っているなぁという山間を通過しながら盛岡に到着。ここからは東北新幹線の「やまびこ」に連結されて走行する。先ほどまでのローカル線然とした車窓が一変する。240q/hでの快走は、同じ車両に乗り続けているとは思えない。ここが新在直通運転の面目躍如たるところであろう。雪景色はあっという間に冬枯れの景色に変わっていく。列車は瞬く間に仙台のホームに滑り込み、私はここで下車した。仙台での乗り換え時間を利用して、本日行われる競馬のGI「スプリンターズ・ステークス」の電話投票をする。なにせ静岡への長距離電話で、かつテレカも切らしていたので100円玉が都合5枚電話機に吸い込まれた。
仙台9:41→10:52山形<快速 仙山3号>
仙台からは3年前の12月に乗った仙山線に乗車する。BGMには名盤キャロル・キングの「つづれおり」を選択する。「イッツ・トゥ・レイト」や「君の友だち」のゆるやかなサウンドが、やわらかな日差しの中のこのローカル線のムードにぴったりくる。山形の県境が間近い作並あたりから右の画像のように再び雪が見え始める。峠を越えて山形県に入ると一面の雪景色。キャロル・キングの「ウィル・ユー・ラブ・ミー・トゥモロー」が心に染みる。山寺駅(左の画像参照)や立石寺(中の画像参照)は深い雪の中にあった。3年前に来た時には、日陰に雪が残る程度であったので新鮮な感動を覚えた。この雪の中、列車は徐々に遅れ始めた。結局定刻より10分ほど遅れて山形駅の在来線ホームに滑り込んだ。
山形11:09→11:52新庄<つばさ115号>
山形で乗り換えの際、今乗ってきた仙山線の455系電車と左沢線キハ100が並んでいたのでデジカメに収める(左の画像参照)。新庄行きのつばさ115号の自由席に並ぶ人で、山形駅の新幹線ホームは大変な混雑であった。まさか新庄までの列車がそれほど混む訳はないと高を括っていた私は面食らったが、なんとか座席は確保できた。自由席は定員に対して100%以上の混みようであった。車窓の供の音楽はFMに替わり、毎週聴いている朝11時からの「ハート・オブ・サンデー」をエアチェック。先月、今月と21世紀に残したい曲を特集しており、今週も聴くことができてホッとした。新庄のひとつ手前の舟形駅までは、遅れも2〜3分で割合順調に来ていたが、ここで対向列車である上り「つばさ」の通過待ちでずいぶんと待たされた。立っている人には気の毒であったが、FMの山崎まさよし氏の番組が殊のほか面白く拾い物であった。結局新庄には30分くらい遅れて到着したが、計画に余裕があったため助かった。接続する奥羽線、陸羽東線、陸羽西線は軒並みダイヤが乱れており、秋田駅を一本早く出発した旅程に結果的に助けられた格好となった。

新庄も大粒の雪が舞い、とても外を出歩ける状態ではなかったため、駅の構内で時間をつぶすことにした。弁当やらお土産やらを買いホームに戻ると、SLが入線するとの放送が流れた。一週間前につばさと並走するC57の映像をニュースで見ていたが、今週も運転するなんて知らなかった。左上の画像中の画像のとおりSLの前には記念にカメラに収めようとする人で大混雑。一方そのSLが牽引するところの12系客車の前は右上の画像のとおりガラガラ。いずれにせよ、両方ともデジカメで押さえることができて思わぬ幸運であった。ちなみに列車の名前は「SL奥の細道 湯けむり」号で、山形新幹線の新庄開業を記念して12月11日・12日・18日・19日の4日間運転したが、今日が最終日であった。
新庄13:32→17:04東京<つばさ138号>
下りの「つばさ」があれだけの混雑であったので、上りも同じように混むだろうと予想し、30分前にはホームで並び始めた。案の定、入線間際(左の画像参照)には長蛇の列となり、当然自由席にはおびただしい立ち客が出た。とにかく窓側に座席を確保できたので、あとは東京まで呑気なものである。列車は定時に発車し山形で乗客を少しばかり入れ替えて出発した。ということは新庄乗車のかなりの数の乗客が東京方面に直通することになる。新庄がぞれほど大きな町とも思えず、山形新幹線新庄延伸は営業的に苦労するだろうなと思っていた自分にはかなりの驚きであった。せっかく伸びたのだから地元の人は末永く可愛がってやってほしいなと感じた。FMは山下達郎さんの番組に替わり、今日は夫人の竹内まりやさんと「年忘れ夫婦放談」をするとのこと。まりやさんのすっとぼけたリスナーからの質問への対応に、けっこう笑えた。列車は米沢を過ぎて板谷峠に差し掛かる。15時を過ぎるといつもの日曜日のことながら、そわそわし始める。むろん競馬中継があるためなのだが、新幹線の車内ではよほど電波が強くない限り、AMラジオは聞けない。それでも僅かな望みをかけてチューニングボタンをいじくりまわした。やっとのことで福島駅到着寸前にラジオ福島を捕まえたが、「スプリンターズ・ステークス」はレースが決したところであった。馬連の予想は当たっていたが、買い目を間違えていて二度がっくり。まぁ旅先からの投票ではこういうこともあるさ・・・。戦い済んで日が暮れて、関東平野に足を進めた頃、いつものとおりフクちゃんの「トーキングFM」にチューニングを合わせる。右の画像のような夕焼けを眺めながら「焼酎の牛乳割り」の話題などに笑いをこらえていた。番組が終わる頃東京の街の灯が見え始め17時過ぎに東京駅に到着した。
東京17:45→19:17浜松<ひかり129号>
東京からはよく知った道。自由席の少ない「ひかり」も新庄で指定席を押さえていたから呑気なもの。左の画像のとおり今度のひかりは浜松停車では唯一の博多行き。今日のうちに博多まで行ってしまうなんて不思議な感じがする。静岡までは無停車なのだが、夜の暗さがそうさせるのかずいぶんゆっくり走っているような気がした。静岡で乗客を入れ替えたが、相変わらずの混みようで浜松に到着。無事に帰ってきたことを祝して300系の勇姿をデジカメにしっかり押さえて(右の画像参照)旅は終わった。「トレイング2000」の今回の獲得ポイントは2900ポイントでレベル1をゆうゆうクリアした。

<vol.Uにつづく>

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