Spring Tour '12

チ ー プ ・ ト リ ッ プ


自分を含めてクルマの観光客が多い嘉例川駅

春休みは旅の季節。学生時代から社会人に成りたてのころは、お金はないけどヒマはあったので、体力勝負の旅ばかりだった。もっぱら青春18きっぷを使っていたが、鈍行でタバコが吸えなくなったり、乗り継ぎの度に繰り返される席取り合戦に嫌気が差し、いつのころからか新幹線や特急を使うようになった。今さら青春18きっぷを5回分まるまる使うような旅には戻れないが、根っからの貧乏性であるので、遠くに行けて安くて快適な旅なら試してみたくなる。そんな折、偶然見つけたのがJR東海バスで販売している「名古屋・東九州バス&フェリー連絡きっぷ」。名古屋〜大阪の高速バスと、大阪南港〜九州のフェリーを組み合わせて10,000円前後で売っている。特に宮崎発着なら7,300円と破格の安さであるので、今回のSpring Tourで利用してみることにした。

さて、わりと簡単に「利用してみることにした」みたいに書いたが、このきっぷの販売窓口は名古屋駅太閤口の高速バス乗り場(JR東海バス旅行センター)と、静岡駅北口の高速バスきっぷ売り場の2箇所だけ。浜松在住者としては窓口に行くまでが一苦労である。結局、中京競馬場の新装オープンに合わせて名古屋に行き、競馬を楽しんだついでにきっぷも購入した次第である。なお旅行当日はこのきっぷを購入できず、フェリーなどの手配があるため発券にかなり時間がかかるので、時間に余裕を持って窓口に行くことが賢明である。

旅行当日は前夜までの雨が上がり、上々の春旅日和。中部空港を8時15分に出発するANA351便で鹿児島にひとっ飛び。10時過ぎにはレンタカーの手続きを終えて、トヨタ・シエンタのハンドルを握った。まずは列車で通り過ぎるだけで一度も外から駅舎を見たことのない、肥薩線の嘉例川駅に立ち寄った。明治36年の開業以来の駅舎が建っており、特に対向ホーム側(現在は棒線ホームのため使われていない)からの構図が絵になっていた。今回は鹿児島空港から近いという理由で嘉例川駅だけに立ち寄ったが、同じ肥薩線の大隅横川駅(嘉例川駅と同日開業で、こちらも当時の駅舎が現存)には戦時中の米軍による機銃掃射の跡が残っている。機会があれば、今度は列車でゆっくり訪ねてみたい駅である。

嘉例川を出て、戻る形で鹿児島空港の前を通り過ぎ、溝辺鹿児島空港インターから九州自動車道に入った。沿道には、浜松ではまだつぼみのままである桜の花が咲いており、Spring Tourらしくなってきた。加治木ジャンクションで東九州自動車道に入り、隼人、国分と通過。桜島に行くなら国分インターで降りるべきだが、この道の果てを見たくなり本線を直進した。国分から先はぐっとクルマが少なくなり、そのクルマも次の末吉財部インターでほとんどが降りる。ここからは無料区間だが、前にも後ろにも一切クルマが見当たらず、すれ違うクルマすらなかった。ジャクソン・ブラウン的な言い方をすると「Running On Empty」。現時点での東九州道の終点である曽於弥五郎インターまでの11`はそんな道であった。


開業の明治36年以来、戦火もくぐりぬけた駅舎


遠回りの末にたどり着いた道の駅「桜島」


桜の咲く道の果ては海と鹿児島


大正噴火で埋没した黒神の鳥居

それにしても道の果てを確認したために、カーナビの目的地までの距離がまるで減っていない。いや逆に増えてしまったか…。鹿児島空港から桜島を往復して国分駅で返却する予定なら、4時間半もあれば昼寝をしてもまだお釣りがあるくらいに思っていたが甘かった。目的地である道の駅「桜島」の到着予定時刻は13時過ぎを指している。行けないことはないが、14時59分の列車に乗るためには、観光もへったくれもあったもんじゃない感じである。おまけに曽於弥五郎インターからは県道71号と72号のそれぞれで山越えをしなくてはならず、いっこうにペースが上がらない。特に西側の牛根峠では離合が難しい細い山道が続いていて、いくらホイルベースの短いシエンタであっても疲労困憊の極みだった。

地元でいうと浦川から熊に抜ける道のような牛根峠を走っていくと、突然視界が開け海が見えた。地獄に仏という例えが合っているのかどうか分からないが、思わず口から出た言葉がそれである。久々の信号停止を経て左折し、錦江湾沿いの国道220号を南下する。ほどなく正面に白いアーチ橋が見え隠れし、その橋を渡ったところが桜島だった。この辺から硫黄の匂いが漂い始め、アスファルトの上では火山灰が舞い踊るようになってくる。ここから道の駅までは約10`あり、国道224号は通称「溶岩道路」と言われている。沿線には展望台やら溶岩の観察所などが点在していたが、トイレに行きたいのと時間がないのとで全て無視。一目散に道の駅「桜島」を目指した。

道の駅には12時半ころ到着。トイレ休憩の後、カーナビに国分駅を入力すると到着予定時刻は14時前になっていた。まずはひと安心。ちょっと心に余裕が出たので、道の駅からほど近い烏島展望台に行ってみた。もともと桜島の沖合にあった島が、大正の大噴火によって島がまるごと溶岩で覆われて地続きになってしまったとのことである。展望台に立つ石碑にも「烏島この下に」と書かれていた。溶岩柱の間から見える桜島御岳の眺めも良いが、この展望台からは対岸の鹿児島市街が見え、行ったことは無いがなんとなくナポリっぽくて気に入った。うららかな春の午後、錦江湾を進む船を見ながらのんびりしたいところだが、私には時間が無い。満開間近の桜の花に後ろ髪を引かれながら、イグニッションキーをひねった。

同じ道を通るのは芸がないので、帰りは少々遠回りになるが島の北側を通ることにした。ところどころに「埋没鳥居」の案内板があったので、それにしたがってクルマを進めていくと黒神中学校の隣にそれはあった。こちらも大正噴火の時に黒神神社の鳥居が埋もれてしまい、後世に噴火被害の凄まじさを伝える遺跡として鹿児島県の文化財に指定されている。まぁとにかく、ほとんど下調べをせずに桜島に来てしまったが、ポイントは押さえたような気になって桜島を後にした。

国道220号を錦江湾沿いに北上し、14時過ぎに国分駅前の営業所でレンタカーを返却。これで心が軽くなり、酒のつまみを買い込んで国分駅より特急きりしま12号に乗車した。少なくとも九州新幹線が部分開業するまでは、JR九州の看板車両だった787系も、今では鹿児島〜宮崎を往復する余生を送っている。それでも、若い頃787系のカフェテリア車両で不知火海を見ながらビールを飲んだ思い出は色褪せない。JR九州が800系新幹線で、そんな車両を復活してくれればいいのにと、ウイスキーをちびちびやりながら思ったことである。

南宮崎で小休止の後、18時前に宮交バスでフェリーターミナルに向かう。乗船手続きを終え、そそくさと船内に入る。ここ最近の船旅では個室ばかりだったが、今夜は2等船室なので、まずは寝るまでの自分の居場所をロビーに確保し、次いで2等船室の指定場所に寝具を敷いた。あとは酔っ払うだけ。消灯時刻の22時までロビーで粘ろうと思ったが、その前に限界が来て2等船室に潜り込んだ。酔っ払って寝るだけなら、個室も2等の雑魚寝もそれほど変わりは無いことが良く分かった。


烏島展望台。沖合の島が溶岩で埋もれたらしい


烏島展望台遊歩道から見た桜島御岳


桜島フェリーが浮かぶ錦江湾と鹿児島市街地


国分駅でレンタカーを捨てアルコール解禁


都落ちした787系が快適に宮崎まで運んでくれる


宮交シティから路線バスで宮崎港に向かう


宮崎港から名古屋駅まで格安7,300円の旅


宮崎港に停泊中の「みやざきエキスプレス」


2等船室は老若男女が文字通りの雑魚寝状態


洋上でおだやかな春の朝を迎える


大阪南港かもめフェリーターミナル


太平洋を通り10,000トンを超える巨体が到着


なんばのOCATからは快適な高速バスの旅

少なくとも夜行バスやムーンライトなんとかよりは横になって眠れる分だけ体が楽で、まだ夜が明けないうちに目が覚めてしまったが、わりとすっきり起きることができた。夜行バスや座席の夜行列車だと目覚めの一服ができないが、夜行フェリーならば喫煙所で思う存分吸えるのも嬉しいところ。やがて空が白みはじめ、朝6時ころデッキに出て朝日を拝んだ。大阪南港には定刻の7時30分に入港。かもめフェリーターミナルから市バスに揺られてニュートラムに乗継ぎ、住之江公園で地下鉄四ツ橋線に乗り換えてなんばに向かった。

大阪で船とバスを乗り継ぐので、かなり時間に余裕を持たせて計画を組んでおり、OCATでも1時間以上の待ち合わせとなった。9時20分発の高速バスに乗車し、一路名古屋へ。もし船が遅れた場合でも、大阪駅なら同じバスが9時50分発となるので、そこで間に合う可能性がある。それでもだめなら千里ニュータウン(北大阪急行桃山台駅すぐ)でもOKだが、まぁゆとりのある計画を組んでおいた方がいいかも。

さて、最近の高速バスは4列仕様でもシートピッチが広がっていて、十分足が組める広さである。空いていればリクライニングもできるし、途中の休憩でタバコが吸えるので、改めて「高速バスっていいかも」と思ってしまった。あとは定時性の問題が残るが、今回に限っては東名阪で事故渋滞があったにも関わらず、ぴったり定時に名古屋に到着した。いずれにせよ、今回利用した高速バス&フェリー連絡きっぷは、自分のフィーリングにぴったりだと思った。

喫煙者にはありがたい新名神甲南PAでの休憩


名古屋駅太閤口には定刻どおり到着した

<終>

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