夏 の 旅


六甲トンネルからのぞみ9号が飛び出してくる


夏休みに「青春18きっぷ」を買わなくなってから、どれだけの時間が経っただろうか。若い頃は、列車の混む旧盆の時期を外して日本中を駆け回ったものだが、今年の「夏の旅」もお盆真っ只中の時期になってしまった。今回は、四万十・宇和海ゾーンの周遊きっぷを購入し、入口駅の高知までは指定席も確保。「青春18きっぷ」のように「座れなかったらどうしよう」という心配がない分、ともすれば旅の面白みを失っているのかもしれない。

さて高知までの道中で、並びの隣の席に他人が座ったのは、「のぞみ9号」の新神戸〜岡山間と、「南風7号」の岡山〜琴平間だけだった。お盆休み中の8月14日にしては、かなり寂しい乗車率。「高速道路が休日1,000円で乗り放題」の影響かもしれない。おかげで、ゆったりと旅に浸ることができたが…

高知からは周遊きっぷの乗り放題ゾーンである。高知始発の「あしずり1号」に乗車するということで、自由席でも容易に座席を確保できると思い込んでいたが甘かった。「南風7号」が「あしずり1号」の隣のホームに到着した時には、既に自由席は満員で、立っている乗客もちらほら。そこへ、岡山方面からの特急が到着したのだから、自由席の混乱の様子は推して知るべしである。私は早々に無料で乗れる自由席をあきらめ、グリーン席に腰を下ろした。車掌からの請求額は2,040円。前面展望を独占し、中村までの1時間40分をゆっくりと過ごすことができた事を考えれば決して高い買い物ではなかった。


せっかくのグリーン車、前面展望を楽しむ


くろしお鉄道の名に恥じず黒潮とともに


あしずり1号で1度目の中村駅へ


新幹線駅のような宿毛駅の周りは田園地帯


宿毛湾にて夏の旅を満喫する筆者


都合4回立ち寄った中村駅


中村プリンスホテルの部屋から四万十川を望む


全線高架の中村〜宿毛間。具同駅にて


欄干がないので擦違いはヒヤヒヤ

ところでこの日の宿は中村に確保していたが、せっかくの乗り放題を生かすべく土佐くろしお鉄道の終点宿毛まで往復した。いざ宿毛に着いてみると、駅の周りは田園地帯。駅舎が新幹線の駅のように立派であるため、新幹線開業当時の岐阜羽島を連想してしまった。さて帰りの列車の時刻までは小一時間ある。手をこまねいていても仕方ないので、強烈な西日の中をてくてく歩き始めた。当ての無い散歩であったが、南に進路を取ると松田川の河口に出た。潮風が吹きわたり涼やかである。私は嬉しくなって、この旅唯一の記念写真を撮るためにセルフタイマーをセットした。


四万十川に架かる最長の沈下橋『佐田沈下橋』


風情がある白い帆の『舟母船』


『川バス』は新造のボンネットバスで運行


ポスター等に登場する『岩間沈下橋』


広い河原からのアプローチが美しい『勝間沈下橋』 釣りバカ日誌14のロケもここで行われた

部屋から四万十川が見渡せる中村プリンスホテルに宿泊し、翌日はその四万十川めぐりに出掛けた。昨夜偶然見つけた高知西南交通の「川バス」に乗って、中村から江川崎に直行してしまおうという目論見である。川バスには手持ちの周遊きっぷでは乗れないが、中村〜江川崎間を一日乗り放題で1,000円というチケットを車内で買うことができる。片道でも十分元が取れ、その乗車距離を考えると破格の安さである。

バスは9時15分に中村駅を発車。四万十川記念公園がある甲ヶ峰に行って、9時50分にまた中村駅に戻ってくる。四万十川記念公園とあるので「どんな素晴らしい場所だろう」と思いながらバスで運ばれたが、着いた場所は遊覧船の船着場だった。ここまで乗客は私を含めて2人だけ。おまけに雨まで降り出して、なんともショボくれた雰囲気で中村駅に向かったことである。

中村駅を発着するのは、これで4回目。高知からの特急列車を受けて、さっきよりは車内が華やいだ。「川バス」のホームページやチラシを見て私はまんまとひっかかってしまったのだが、このバス、古めかしいボンネットバスのようでいて実は新造車である。冷房がないため窓を大きく開けて、川からの涼風を受けながら上流へ向かっていくバス旅を想像していたが、実態はエアコンがビンビンに効く普通の路線バスだった。

四万十川を遡る旅は、すなわち沈下橋を巡る旅である。この川に架かる沈下橋としては最長を誇る『佐田沈下橋』では、10分間の「観光停車」。じっくり見学とはいかなかったが、対岸を往復できたので、日本の田舎を十分堪能できた。


有名な岩間沈下橋も生活道路として機能


四万十川を渡れば終点江川崎もすぐ


山あいの江川崎駅にお昼過ぎに到着


この日の昼食は鮎めし。300円と激安!


元祖トロッコ列車『清流しまんと号』


長いホームと広い構内。栄華を偲ぶ


排煙を残して清流しまんと号が去っていく

勝間沈下橋と岩間沈下橋は車窓から。それぞれ映画のロケやポスター等で有名な橋である。周辺の山々と調和がとれていて美しい景観だった。車窓を見惚れているうちに時間はあっという間に過ぎ去り、正午すぎに予土線江川崎駅に到着。ここからは四万十川を鉄道で遡ることになる。

汽車旅時代の栄華が偲ばれる広い構内に、日本最初のトロッコ列車『清流しまんと号』が入線してきた。車内は「川バス」以上に行楽ムードがあふれており、半家(はげ)駅に到着すると、こぞって駅名標にカメラを向けたりしている。その乗客の半数以上は、十川駅でトロッコ車輌に移動した。指定券は売り切れており、残念ながら私はトロッコの方に移ることはできなかったが、乗客が少なくなって落ち着きが出た車内でゆったりと四万十川を鑑賞することができた。

土佐昭和で列車を降りて、今度は歩いて沈下橋を目指す。目標は1`ちょっと先の三島沈下橋である。時々小雨が降る空模様で、かなり蒸し暑い。橋に着く頃には、土砂降りの雨に遭ったかのようにTシャツが汗でぐっしょり濡れてしまった。三島沈下橋は中州である三島と川岸を結ぶ橋で、右岸は第一三島橋、左岸は第二三島橋と2つの沈下橋からなる。第一の方は、予土線の鉄橋と並行していて生活道路として機能しているが、第二の方は立派な抜水橋と並行していてクルマはほとんど通らない。その分、第二の方が風情があった。それにしても、これだけ沈下橋をじっくり見られる機会は簡単に来ないだろう。私は沈下橋のある風景を納得いくまで心に焼き付けた。


第二三島沈下橋を見下ろす


クルマはほとんど通らない

さぁ旅の折り返し点。土佐昭和駅まで歩く道すがら、松岡直也のアルバム「夏の旅」を聴いて、夏の終わりの感傷に浸った。ピアノの旋律が美しい「Intelude」。旅の終わりを感じさせるメロディアスな「虚栄の街」。「夏の旅」のリプライズの後に、今の心情にぴったりとはまる「Uターン」。このアルバムの上がり3曲は、夏の旅の終わりにはぜひ持って来たい曲たちである。

ふたたびTシャツをぐっしょりと濡らして、土佐昭和駅への路地を曲がろうとした。ふと上を見上げると「国鉄」の文字。「昭和」という地名に違わぬ雰囲気に、思わずシャッターを押した…


第ニ三島橋は第一側よりも流れが速い


予土線鉄橋直下の第一三島沈下橋


第一三島沈下橋が旅の折り返し点


『国鉄』の文字が残る。ここはまだ昭和…


トンネルとトンネルの間にある土佐昭和駅


青春18きっぷの若者を乗せて宇和島到着


宇和島行きの予土線普通列車には、青春18きっぷで旅行中とおぼしき一人旅風の若者たちが乗車していた。私が青春18きっぷを片手に旅をしていた頃は、時刻表をめくりながら旅をする同年代の女性は皆無だったが、この列車では一人旅の男性より女性の方が多いくらいである。時代は変わった…

宇和島から松山へは、周遊きっぷの恩恵を生かして特急宇和島18号の自由席に乗車。JR四国の特急列車は、他社が昼行特急を全面禁煙する時代にあって、貴重な喫煙コーナーが設けられている。既にトワイライトタイム。私は流れゆく宇和海を眺めながら煙をくゆらす至福の時をすごした。


シングルツインはやがて居酒屋に


旅もラストスパート。特急宇和海18号で松山へ


松山駅に寝台特急サンライズ瀬戸が入線


天気の安定しない一日だったが夕日を拝めた


運転停車中の浜松駅。停まるなら降ろして!

松山からは、寝台特急サンライズ瀬戸号に乗車。最繁忙期にしか松山への延長運転をしないため、当地では年間数日しか拝めない285系電車によって運行されている。そのため始発の松山駅はもちろん、通過する予讃線の小駅でもこの列車は注目の的。手をつないだ駅頭の親子連れが送る羨望のまなざしが眩しかった。

徐々に日が暮れていき、陣取ったシングルツインは例によって「動く居酒屋」に変貌。私は遠く過ぎ去った昔と、ほんの少し先にある未来のことを考えながら、まどろみに堕ちていった…
<おしまい>

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