しまなみ海道〜梅雨の向こう側へ



名鉄犬山線西春駅にて
◇1999年7月17日(土)
☆浜松7:21→7:58豊橋(991F)
☆豊橋8:15→9:07新名古屋(名鉄パノラマスーパー)
☆新名古屋9:15→9:24西春(名鉄犬山線)
☆西春9:45→10:00名古屋空港(名鉄バス)
夏の旅としては1996年8月の大阪から札幌へ特急「白鳥」から急行「はまなす 」を乗り継いだ時以来だから3年振りである。今回は梅雨明けを待つことなく「 ひょっとしたら西に向かえば梅雨が明けるかも?」という甘い期待を抱きつつ、 今年5月に開通した「しまなみ海道」を旅することにした。
いつものごとく浜松から鈍行で豊橋に出て名鉄特急に乗り換えるというパター ン。新名古屋から名古屋空港へは通常名鉄バスセンターか太閤口からリムジンバ スで向かうところであるが、地下の新名古屋からバスの乗り換えは結構距離があ り、犬山線で西春(急行停車駅)へ出て連絡バス(左の写真参照)に乗り換えるのが意外と便利。西春と名古屋空港の間は路線バスで、地元の人 が乗り込んでくる所がご愛敬だが、所要15分で330円。安くて速い「通好み」の ルートである。

松山空港にてA320

松山空港リムジンバス(左)とJR四国8000系「しおかぜ」
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廃止となったフェリー乗場
☆名古屋空港10:50→11:50松山空港(ANA315便)
☆松山空港11:55→12:10松山駅(伊予鉄リムジンバス)
全日空315便松山行きはエアバスA320が就航(左上の写真参照)。全日空としては最も小型のジェット機で定員も170人足らず。この日は飛び 石連休初日ということもあり満席で出発した。飛行機が水平飛行に移ったかなぁ と思ったらすぐ下降を始めるというめまぐるしさで、名古屋と松山の間の直線距 離の短さを感じた。これが地べたを走って行くと「のぞみ」と「しおかぜ」の乗 り継ぎでも4時間半以上。まさに瞬間移動の1時間であった。ただ、飛行機だと旅 の過程が楽しめないのがもどかしく感じる。
というわけで、松山空港に定時に到着し空港玄関先に停まっているリムジンバ スに飛び乗ると時計はまだ正午を指す数分前であった。
☆松山12:22→13:01今治(特急しおかぜ14号・いしづち14号)
☆今治駅13:11→13:16今治桟橋(せとうちバス)
松山からは予定より1時間前の特急に乗れた。それも自由席を確保し、駅弁を 買い込み、初乗りとなるJR四国ご自慢の8000系振り子式特急電車をカメラに収め ても余裕だった。

今治港にて筆者
「しおかぜ14号」に乗り込んで、松山駅のホームを後にするとようやく「旅に 出たんだ」という実感が湧いてきた。BGMは梅雨時の旅行では必ず持って出掛け るエリック・クラプトンの「ホリー・マザー」。この曲のイントロのギター、ク ラプトンの渋いボーカル、後半の泣きのギターソロを聴くと1993年7月に旅した 東北を思い出す。新庄から小牛田へ陸羽東線で移動中、梅雨空の古川駅到着前の 田園風景にこの曲がはまりまくり、それ以来「梅雨時といえばこれ!!」という定 番の曲となった。列車は淡い日差しの中、海岸線を快調に飛ばし、時折いかにも 「振り子電車」っぽい傾き方をしながら今治に到着した。

しまなみ海道'99今治市館
しまなみ海道の四国側の拠点今治からの選択は2つ。1つは尾道へ一気にしま なみ海道経由のバスで向かう方法。もう1つは今治港から船でしまなみ海道上の 島に向かい、そこから路線バスで尾道方面に行く方法である。当初は後者の方法 で予定を立てていたのだが、1時間早く今治に到着したことで迷いが生じた。し かし、尾道行きのバスの接続が悪いこともあり、とりあえず港まで行って考えよ うということになった。今治桟橋行きのバスは、今治の市街地を抜け5分で海の 匂いのする港に着いた。
☆今治港にて
今治港で混迷は深まった。まず三原に向かう国道フェリーは、しまなみ海道 の開通により廃止(2つ上の写真参照)。他の島に向かう船を調べようにも、待合室の時刻表には読み方も解らない「 下田水」「宗方」「木江」「宮浦」という地名が並び、何が何だか訳の解らない 状態。結局、案内所で貰った地図と見比べて時刻表を判読し、当初の予定の14:30 発因島・土生港行きの高速船でなければ次の行程に遅れが生じる事が判明した 。出航時刻までの小1時間は今治港を会場にして行われていた「しまなみ海道'99 」のパビリオン(左の写真参照)やジャグラー達のパフォーマンスを観ながら過ごし、それなりに充実した時間 を過ごせたのは救いであった。

今治→因島高速船

高速船内ラウンジにて筆者(左)と船窓にひろがる島並み
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「海道」から外れた岩城島
☆今治港14:30→15:45因島・土生港(芸予観光フェリー高速船)
高速船に乗り込むと、時折雨がぽつぽつと降り始めた。船内は下校の高校生 や用務客などで満員で、しまなみ海道開通の影響もこの日に限っては少なそう。BGM には松岡直也の「ゴッサマー」などを用意し、夏の海上の旅を演出する手筈で あったが、この空の下ではミスマッチであった。船内のラウンジで一服しながら 窓外に目をやると、島並みの間に新しく架かった来島海峡大橋がうっすらと見え た(上の写真参照)。船はまるで路線バスのように港に停まっていき、何人かの乗客を降ろし、何 人かの乗客を迎え入れると出港。しまなみ海道から外れた岩城島(左の写真参照)、生名島、弓削島などでは島民の貴重な足の役割を担っていた。船旅にそろそ ろ飽きてきたころ因島は土生港に到着した。

因島土生(はぶ)港に到着

尾道へは急行路線バスで(左);尾道市内では山陽線と並走
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しまなみ海道起点の尾道駅
☆土生港16:00→16:48尾道駅(本四バス)
土生港で島独特の雰囲気を楽しむ間もなく、16:00発の尾道行き急行バスで出 発。バスを待つ間、時刻表を見て意外に思ったのは、このバス停から尾道、福山 に向かうバスはもちろん県都広島に直通する「フラワーライナー」なる高速バス が出ているということだった。因島の人達は結構便利な暮らしをしているという ことが分かる(少なくとも浜松駅への直通バスのない善地よりは・・・)。バスは 島内の数ヶ所のバス停を経由し、因島大橋を渡って向島へ。「しまなみライナー 」だとこのまま高速経由で新尾道大橋を渡ってしまうところだが、このバスは向 島の市街地を経由して乗客を拾っていく。向島の中で尾道市に入り、尾道大橋の 眼下にはどことなく懐かしい町並みが広がる。山陽本線と並走する国道2号線に 入ればほどなく尾道駅に到着する。

しまなみライナー今治行き
☆尾道駅17:20→18:56今治駅(しまなみバス)
尾道には過去3回か4回来ているため、今回滞在30分でも仕方ないが、私が勝 手に選んだ好きな町第1位の町に足を踏み入れながら、この有様では忍びなかっ た。まぁとりあえず駅前のコンビニでビールとつまみを買い込み、せめての記念 と駅舎をカメラに収めて(左上の写真参照)、しまなみライナー今治行きに乗り込んだ。
バスはハイデッカーの日野製のセレガ(左の写真参照)で、通常次の停留所と運賃などを表示する「運賃表」が車内前方になく、その 代わりにテレビでその類の情報を表示する所が目新しかった。尾道駅を出発する と、バスはいったん北に進路をとり新尾道駅に停車。国道2号線バイパスから新 尾道大橋を渡りいよいよこの旅のハイライト「しまなみ海道の旅」が始まった。

初めて渡った「生口橋」

新しく開通した多々羅大橋(左)と従来からある大三島橋
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伯方・大島大橋も従来組
一口に「しまなみ海道」といっても、今回開通したのは最初に渡った「新尾道 大橋」、「多々羅大橋」と「来島海峡第一、第二、第三大橋」の5 橋である。実 は1992年4月のツァーの添乗で今治から尾道へ向かった際、「尾道大橋」「因島 大橋」「大三島橋」「伯方・大島大橋」は渡っている(当時「生口橋」は未開通) 。まぁ、その時は今回と逆ルートだったり季節が違ったり途中耕三寺に寄ったり しているので、今回がはじめてといっても差し支えないほどである。橋の形態も 様々で(上、左、左下の写真参照)飽きさせない。また、高速道の未開通区間も散在し時折一般道を走るのだが、 それがかえってアクセントになっている。ただし、一般道を走る際には飛び出し などに注意が必要であることは言うまでもない。

ハイライトの来島海峡大橋

眼下に来島海峡が広がる(左);しまなみ海道終点の今治駅
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JR四国2000系気動車特急
徐々に夕暮れの時間が迫り、ビールの勢いも手伝っていい具合に酔っ払ってき た。今回の旅のトワイライト・セクションのBGMはビートルズの「ゴールデン・ スランバーズ〜キャリー・ザ・ウェイト〜ジ・エンド」。お馴染みのアルバム「 アビー・ロード」のB面の最後のメドレーであり、夕暮れに酒をかっくらいなが ら聴くには打ってつけの曲である。そうこうするうちにバスはしまなみ海道のハ イライトである「来島海峡大橋」に差し掛かり、眼下には大型船が行き交ってい た。夏の日没時刻の遅さに感謝しつつ、まだ明るさの残る中「しまなみ海道」終 点の今治駅に19時過ぎに到着した。
☆今治19:35→20:16松山(特急しおかぜ19号・いしづち23号)
☆大手町20:35→20:51高浜(伊予鉄道)
☆高浜駅20:54→20:57松山観光港(伊予鉄バス)

さんふらわあこがね
今治から松山まで特急「しおかぜ」を利用するというところは往路と同じであ るが、復路が往路と異なるところは今回乗る列車がディーゼルカーであるという ところである。JR四国2000系特急型気動車(左上の写真参照)は日本初の振り子式気動車である。さすがに電車と比べると騒音がやや大きく 、スピードも若干劣るが、快適な列車であることは間違いない。BGMには角松敏 生の「レット・ミー・セイ」を選んだ。この曲を聴くと振られた彼女のことを思 い出すのは酒のせいか、はたまた旅の空の人恋しさのせいか・・・
松山駅を出ると熱帯夜。駅前の通りをを東に5分ほど歩き、伊予鉄大手町駅に 着く頃には大汗をかいていた。伊予鉄電車に乗り、観光港21:20のフェリーの出 港に間に合うかどうか時計を睨みながら冷や冷やモノであったが、高浜駅で連絡 バスに乗り換え21時前には港に着き事無きを得た。

大阪市営地下鉄四ツ橋線
☆松山観光港21:20→翌朝5:40大阪南港(関西汽船「さんふらわあこがね」)
松山観光港は夜行便の大阪南港行きと小倉港行きの出発時間を目前に控え、 蜂の巣を突ついたような喧騒状態であった。乗船した大阪南港行きのフェリー「 さんふらわあこがね」(左上の写真参照)も大口の団体客でいっぱいだった。それを尻目に予約していた1等個室に逃げ 込み、風呂に入って「さぁ寝よか」という時に隣室から女性の悩ましげな声が・ ・・結局それをBGMに眠りに就くハメになった。「フェリーをラブホ代わりに使 わないように!!」
翌朝4:50の船内放送で目覚めた。聞けば到着時刻が15分早まるらしい。急いで 身支度を整え5:25に下船した。

近鉄「アーバンライナー」
◇1999年7月18日(日)
☆フェリーターミナル6:35→6:44住之江公園(ニュートラム)
☆住之江公園6:47→7:00なんば(大阪市営地下鉄四ツ橋線)
大阪南港に着いたのはいいが、関西汽船の松山寄港便の上りは通常の南港フ ェリーターミナルではなく、当分の間かもめ埠頭に着くとのこと。かもめ埠頭と フェリーターミナルの間は無料連絡バスに乗車せよとのことであるが、なにせ1 台のピストン輸送であるため乗せこぼす結果となり、結局私は乗せこぼし組とな った。バス停から待合室へと逆戻りし待つ事30分、ようやく車中の人となり6:30 ころ無事ニュートラムのフェリーターミナル駅前に着いた。ここからは勝手知 ったる帰り道でニュートラムから地下鉄四ツ橋線(左上の写真参照)に乗り換え、なんばに7:00頃到着した。

近鉄名古屋線の雄5200系
☆近鉄難波8:00→10:07近鉄名古屋(近鉄アーバンライナー)
難波のOCATのマクド(大阪風表現)で朝食を取り、近鉄難波より8:00発のアー バンライナー(左上の写真参照)に乗り込む。意外にもアーバンライナーに乗るのは初めてで、アコモデーショ ンも良くFMでのミュージックサービスもあり快適であった。大阪は朝から雨でBGM はあえて手持ちのJ.Dサウザーの「優しき雨に」をチョイスした。列車は大和 八木から名古屋までノンストップとなり、睡眠不足もあってかうとうとしている うちに鈴鹿あたりを走っていた。名古屋まではあっという間でたまには近鉄もい いなと思った。近鉄名古屋ではJRの快速「みえ」や213系に対抗する転換クロス シート車5200系が停まっていたので思わずカメラを構えた(左の写真参照)

☆新名古屋10:19→11:07豊橋(名鉄パノラマスーパー)
☆豊橋11:22→11:55浜松(934M)
近鉄名古屋駅から名鉄新名古屋駅は、同じ地下駅ということで連絡がよく10:19 の豊橋行き特急に余裕で間に合った。豊橋での乗り継ぎの合間を利用して久々 に食べた「壷屋」のきしめんが妙に汁が濃かったのが印象的であった。やはり関 西風の味付けから戻ってくるとこう感じるのかもしれない。浜松には正午前に戻 って来たが、旅の間どこでも望むことのできなかった夏空が広がっていた。「梅 雨の向こう側」は浜松にあった!?

<おしまい>


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