Spring Tour '08

春 待 つ 伊 予 路


神戸空港の夜景を見ながら船の旅


★走る居酒屋
2008年2月8日金曜日、夜7時前。浜松駅6番ホーム。金曜日の仕事を終えた後、缶ビールとツマミを抱えて新幹線を待つというシチュエーションに至福の喜びを感じる。立春を過ぎて恒例のSpring Tourに旅立つ季節となった。18時59分発こだま551号新大阪行き。これが今年のSpring Tourのスターティングトレインとなり「走る居酒屋」となる列車である。自由席のシートに座ると、普段の生活から身も心も開放され自由な気分になる。さっそくビールを開ける。「プハァ〜、旨い。」

2時間後、すっかりヨイヨイになった私は新大阪で快速電車に乗り換える。乗り継ぎ時間はわずかに4分。しかも名古屋〜新大阪間は「ぷらっとこだま」使用であるため一旦改札を出なければならない。金曜日の帰宅ラッシュを小走りで駆け抜け、ハーハーゼーゼーいいながら下り電車に飛び乗った。アセトアルデヒドが体中にばら撒かれ悪酔いしそうである。


ライトアップが美しい明石海峡大橋


特等船室にて筆者。御代は9,780円なり

住吉駅で六甲アイランド港行きフェリー連絡バスに乗り換え。これも4分の乗り継ぎ。バス停の場所が分からず手探り状態だったが、なんとかバスには間に合った。

★動くホテル
六甲アイランド港フェリー乗り場は混乱していた。三連休前の金曜日ということで乗船手続きを待つ人が列をなしていた。2ヶ月前の予約開始と同時に特等船室を押さえていたので暢気なものだが、二等の雑魚寝以外は全て満席だった。


表札も改札も歴史を感じる


昭和が匂うホームと現代的な電車が対照的


古町駅にて松山市内線の路面電車に乗り換え


双海町潮風ふれあい公園からの眺め


伊方ビジターズハウスより宇和海を望む

フェリーに乗り込み受付で鍵を受け取る。何年か前にも乗っているので事情は分かっているが、特等船室はバス・トイレ付きのシングルルームで、普通のビジネスホテルよりも部屋が大きくゆったりできる。神戸〜松山間のチケット代は株主優待割引で9,780円。寝ている間に四国に連れて行ってもらえる上に、神戸の夜景も明石海峡大橋のライトアップも見られる。瀬戸内海沿岸のオーシャンビューの部屋に素泊まりするだけで1万円くらい軽くいきそうなので、かなりお値打ちである。船の揺れも気にならず、明石海峡大橋を通過したのを潮に就寝した。

★夕やけこやけライン
関西汽船がダイヤモンドフェリーと共同運航するようになって、下りの松山到着が7時45分と使いやすくなった。以前は6時頃に寄港したため落ち着かず、寝不足気味になったが、今ではその心配がない。10分ほど遅れて松山に到着したため、接続するリムジンバスは出発した後だった。やむなく高浜乗り換えで電車で松山に出ることにした。

高浜駅を利用したのはいつ以来だろう。「ALWAYS三丁目の夕日」などで昭和30年代がブームになっているが、高浜駅の雰囲気はまさにその時代にタイムスリップしていた。伊予鉄の郊外線で古町まで行き、そこから市内電車に乗り換え宮田町下車。トヨタレンタカー松山店は歩いて1〜2分のところにあった。プリウスの貸し出し手続きを終え、9時ころ西に向けて出発した。

生憎の雨である。国道378号、通称「夕やけこやけライン」の車窓に広がる伊予灘もくすんだ鉛色だった。沿線の双海町は「日本一の夕焼けの町」で売り出しているが、午前中に通過した上にこんな空模様。次に来るときには、せめて夕刻にしようと心に誓った。

★メロディーライン
10時半ころ国道378号に別れを告げ、国道197号に入る。佐田岬半島の尾根を走るこの国道は通称「メロディーライン」と呼ばれ、40`にわたって左右の車窓に海が見える素晴らしいドライブコースである。ただ、雨は上がったもののどんよりとした曇り空。今日のところは魅力半減である。

道の駅「伊方きらら館」でクルマを降りると強風で立っていられない。年中風が強いということは、少し先に立っている風力発電用の風車の存在で想像がつく。「こりゃたまらん」と急いで館内に逃げ込んだ。

きらら館の3階から連絡通路で「伊方ビジターハウス」に行ってみた。伊方原発のPR施設だったが、そこで観た3Dの原発PR映画は拾い物だった。私が子供の頃の立体画像は赤と青のメガネをかけて頭がクラクラしたが、今どきのものは違和感なく立体的に見える。技術の進歩は大したものである。


三崎のまりーな亭で刺身定食の昼食


天気が回復し白い佐田岬灯台が映える


四国最西端の地・佐田岬に足跡を残す


右から左へ読むところが歴史を感じさせる


豊後水道の先には九州・佐賀関がある


佐田岬半島はリアス式海岸が連なる


道の駅・瀬戸農業公園にてプリウス


早春の日差しを浴びて大洲城にて記念撮影

★遥かなる佐田岬
再びメロディーラインを西にとり佐田岬へと向かう。三崎漁港ではこの旅唯一の地元の味を食した。豊後水道を挟んだ佐田岬の対岸は佐賀関で、「関アジ」「関サバ」で有名である。同じ漁場で三崎漁港に上がると「岬(はな)アジ」「岬サバ」と呼ばれるらしい。その刺身を食べようと「まりーな亭」という食堂に寄った。刺身定食は1350円といい値段だったが、名物を食べたという経験だけで満足できた。


街角に突如として現れる内子座


雨上がりの靄で霞む大洲の街並み


今回は寄れなかった臥龍山荘方向を望む


四国の小さな町に歌舞伎劇場が根付く


夕暮れ迫る伊予灘サービスエリアにて

国道197号の終点三崎から佐田岬へは15`ほど。ただし、ここからはリアス式海岸に沿って離合困難な道が続く。慎重に運転して13時半ころ佐田岬の遊歩道入口に到着した。ここから1.5`ほど歩くと念願の佐田岬に着く。いったん山を下って海抜0bのところまで行き、そこからつづらおりの坂を上るという遊歩道で、往復3`ながら骨が折れた。その分、佐田岬灯台の白さと豊後水道の青さが印象的だった。佐田岬に到着したころには天候が回復し、雲の隙間から太陽が出ていたのも好印象につながったと思う。ひとしきり佇んだ後、岬を後にした。

★大洲・内子駆け足観光
次の目的地は大洲。国道197号を経由して約70`の行程である。道の駅で休憩を取りながら、来た道を引き返す。大洲には15時半過ぎに到着した。


『絶滅危惧種』急行型気動車の旅スタート


キハ65の車内・デッキ付で原型を保っている


今年45歳!私よりも年上


キハ58の車内。車端部はロングシート化


キハ58の旅も今秋限り!早めの乗車を!

18時過ぎにはクルマを返さないといけないので駆け足観光になる。大洲の名所といえば大洲城と臥龍山荘だが、今回は臥龍山荘をあきらめ、大洲城だけに行ってみた。天守は復元だが、香欄櫓と台所櫓は江戸時代のもので、台所櫓から見える夕もやの大洲市内は見事な景観だった。

続いて内子へ。有名な内子座を探して街並みを散策したが、古い住宅街に突如として歌舞伎劇場が現れるシチュエーションにはびっくりした。こんな小さな四国の町に伝統芸能が息づいている。日本の旅は奥が深いと感じた一瞬だった。

内子五十崎ICから松山道に入ったのは17時過ぎ。途中の伊予灘SAで夕焼けを眺め、松山ICで降りた。心配していた松山市内の渋滞もそれほどでもなく、予定通りレンタカーを返却できた。

★走る居酒屋パートU
すっかり日が暮れ、それとともに冷え込んできた松山駅ホーム。もちろん手には缶ビールとツマミのレジ袋。これから乗車する高松行き長距離鈍行列車は、今や絶滅危惧種となった急行型気動車キハ58+キハ65の編成である。わざわざ四国まで来たのは、佐田岬に行きたかったという理由もあるが、本命はこの列車に乗車するためである。18時40分ころ2番線ホームに件の列車が入線してきた。まずはデッキが付いていて暖かいキハ65の方で、走る居酒屋を楽しもう!

松山発車時点では、そこそこの乗車率だった列車も、1時間もするとガラガラになり、夜汽車の雰囲気になる(「私の鉄道写真館」参照)。そうなるとキハ58の方も気になって、席を移動した。キハ58は車端部がロングシート化され、デッキも廃止されているが、その特徴である一段上昇窓はそのままである。桟のない開放的な窓から過ぎゆく景色を眺めていると、10数年前に青春18キップ片手に日本中を駆け回っていた頃が思い出される。四国の急行型気動車は今秋引退することが発表されている。国鉄時代の汽車旅を味わいたい方はお早めに!

★ようやくSpring Tour
松山から5時間近く費やして、ようやく宇多津に到着した。今宵の宿は駅前のサンルート瀬戸大橋である。およそ15年ぶりに泊まったが、朝食のレストランから見る瀬戸大橋方向の眺めはやっぱり色あせない。

宇多津からは特急いしづち9号で松山へ。振り子電車の特性を生かして2時間で松山に着く。豪快な走りを堪能しつつ瀬戸内海の島々を眺める。旅の終わりになって、ようやく晴れ上がり、Spring Tourの雰囲気を少しだけ楽しむことができた。


約15年ぶりに泊まったサンルート瀬戸大橋


JR四国が誇る8000系振り子電車が入線


瀬戸内海沿いの急カーブをスラローム


旅の終盤でようやくSpring Tourらしくなった

<おわり>

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