夏 休 み は 終 わ ら な い


夜の街が一瞬昼間のようになった

若いころから多くの旅をしているので「もう日本は行き尽くしたでしょう」と言われることがある。まぁ確かにそういうこともあるが、例えば季節を変えれば印象が変わることがままある。また、記憶の中に残る風景を、同じ時期にもう一度訪れたいという欲求も出てくる。今回と来月9月に予定している旅が、まさにそのパターン。1987年の夏の終わり、私は125ccのバイクで北海道に渡った。その時の旅で印象深いのが、北海道以上に北海道っぽく感じた青森県内の国道4号線の沿線。霧の中を走り抜け、峠に立つと雲海が足元に見えた知床峠。網走近郊藻琴湖の伸びやかな放牧風景。これらの風景は27年も昔のことなのに、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。今回は、その心象風景を確かめに行く旅である。

さて、北東北に狙いを定めたからには例の列車を行程に加えたい。それは遅くとも北海道新幹線函館開業までに消滅の運命にある、最後のブルートレイン「北斗星号」である。定石通り出発日1か月前の10時に、JR北海道の予約サイトからチケット確保に励んだが、通信異常となって撃沈。それから1か月間にわたって、当該列車の個室はいつ確認しても満席のままだった。

ところが出発日当日の8月22日になって、何の期待もせずにJR北海道のサイトを覗いてみると、翌日8月23日上りの北斗星号2人用B個室「デュエット」に空席があるのを発見した。すぐに事務所を飛び出し浜松駅出札口に走った。そしてめでたくプラチナチケットをゲット。と同時に大幅に当初の旅程を変更することになった。


仙台駅下り始発のはやぶさ95号で八戸へ


2003年以来11年ぶりに訪れた八戸駅

当初の予定は、八戸でレンタカーを借り、三陸海岸の久慈を訪れてから、青森県内の国道4号線を北上し、新青森でレンタカーを返却して、その日のうちに新幹線を乗り継いで帰ってくるという行程だった。今日になって、せっかく北斗星号の個室が取れてきたので、おそらくこれが最後の乗車になるということも踏まえて、札幌から上野まで乗り通すのがいいだろうと考えた。その結果、八戸から国道4号線経由で青森空港に直行し、千歳空港に飛んで、札幌に北斗星号を迎えに行くことにした。青森から千歳へはJALが運航しているが、なにせ前日の予約になってしまったので普通運賃で乗らざるを得ない。普段利用する先得割引のチケットなら1万円を少しだけ上回るくらいの値段だが、普通運賃は倍以上の片道26,300円だった。かなり痛い出費だが、今後加熱が予想されるチケット争奪戦を勝ち抜いたうえで、もう一度札幌往復をすることを思えば、安いものなのかもしれない。

なにはともあれ、浜松駅出札カウンターでキップの変更をした2時間後には東京行きのこだま号に乗っていた。東京で東北新幹線に乗り継いで仙台へ。北関東は大気が不安定で数秒ごとに雷が落ちていた。停電しやしないかとヒヤヒヤしたが、仙台には定刻に到着した。ちなみに車内で稲妻撮影にチャレンジしたが、露出をマニュアル設定できないカメラでは、どうしても露出オーバーになってしまい右上隅のような昼間みたいな画像が写るだけだった。

明けて8月23日土曜日。仙台駅下り方面の始発となる6時40分発のはやぶさ95号で旅を再開した。2時間かけてひとつひとつ駅に停まっていき、8時35分に11年ぶりの八戸駅に着いた。トヨタ・ラクティスを借り出し、9時少し前に青森空港に向けて出発した。少しでも国道4号線を長く走ろうと思い、県道20号線十和田市経由でなく、大回りになる国道454号線五戸経由を選択。9時半には国道4号線を走り出していた。


ラクティスを借りて五戸から国道4号線を北上


記憶の中の27年前の情景は幻だったのか


陸奥湾沿いの平内町を行く

1987年8月31日月曜日。早朝に松島のユースホステルを出発し、古川で国道4号線に合流。途中、平泉中尊寺などに立ち寄りながら北上を続け、本州最後の青森県に入ったのは大きく日が傾いた夕刻だった。当時、私が熱を上げていたバラエティ番組「夕やけニャンニャン」の最終回が放映されているはずだった。先週は毎日テレビにかじりついていたが、今日は旅の空。おニャン子クラブのラストシングル「ウェディング・ドレス」を歌うルリちゃん(永田ルリ子さん)の笑顔を思いながら、まっすぐに伸びた道を行く。周りを見回すと広大な牧草地が広がり、私は「本州も奥まってくると北海道みたいな風景が広がるんだ…」と妙に納得しながらバイクを走らせた。と、記憶の中の国道4号線はこんな感じの情景だった。

夏の終わりに、もう一度青森県内の国道4号線を走りたいなと思ったのは伏線があった。今年の春のTourで、久々に旅の空の下、おニャン子クラブのアルバム「サイドライン」を聞いたら、多彩な楽曲が収録されていて意外にいいなと思った。特に「サイドライン」というアルバムは、私の当時の一押しだったルリちゃんや、その良き理解者だったマコちゃん(白石麻子さん)など、解散の時までおニャン子を支えたメンバーが前面に出ていて、そこもまたいいのである。結局、音楽だけに飽き足らず、YOUTUBEやニコニコ動画などにも手を広げ、その中で夕ニャンのラストウィークの動画に行きついたわけである。夕ニャンの最終週を見て思い出したのは、生放送の最終回を蹴ってまで行った北海道へのツーリング。そしてちょうど放送中に通過した国道4号線の風景。そんなこんなで今回青森まで来てしまったのである。

ところが、国道4号線をいくら走っても脳裏に焼き付いている風景には出会わなかった。その場所は五戸以南だったのか、あるいは27年の月日が風景を変えてしまったのか、はたまた記憶を自分のいいように上書きしてしまったのか、そのいずれかは分からないが、結局北上しているうちに陸奥湾に出てしまった。思い出の場所の再訪というのは、こういう結果になることもあるわなと思いながら青森空港に到着した。


3時間のドライブを終え青森空港にて筆者


前日に予約したため高額を支払った千歳行き


グランドオープンした札幌競馬場の入場口にて

装開店
幌競馬場
入場券の半券はグランドオープンの象徴である「もいわテラス」

もいわテラス直下の芝生席からスタンドを望む


晴れた日はもいわテラスで気持ちよく観戦

札幌競馬収支表 (14.8.23開催)
レース 投資 回収 収支 累計
小倉10R 1,400 710 -690 -690
新潟10R 1,800 500 -1,300 -1,990
札幌11R 2,200 0 -2,200 -4,190
小倉11R 2,100 0 -2,100 -6,290
新潟11R 3,500 9,630 +6,130 -160
札幌12R 2,000 1,970 -30 -190
小倉12R 700 0 -700 -890
新潟12R 2,800 1,630 -1,170 -2,060
合計 16,500 14,440 -2,060 87.5%

JRAの競馬場では最もホームストレッチが短い


札幌競馬場のコーナーはRが大きいのが特徴

さすがに大枚を費やしただけあって、青森空港からあっという間に千歳空港に移動。機内にいる間におニャン子のことは横に置いて、気分を新たに旅打ちモードとなった。空港に着くとJR線のダイヤが乱れていて、14時過ぎまで発車の見込みが立たないという。それじゃバスでと思ったが、同じ思いの人で、リムジンバス乗り場は長蛇の列だった。一計を案じ、とりあえず南千歳まで出ることにして、千歳アウトレットモール「レラ」行きの無料シャトルバスに乗った。ご存じの方も多いと思うが、レラと南千歳駅は隣接しているのである。南千歳からの目論見は、苫小牧方面から来る列車に、特急でもなんでもいいから乗ってしまうということだった。しかし、南千歳に移動している間に、空港支線が運転を再開したらしく、札幌への最先着列車は皮肉にも新千歳空港発エアポートライナーだった。とにかく競馬場に早く着きたかった私は、ぎゅうぎゅう詰めのその再開一番列車に乗らざるを得なかった。完全に裏目で、策に溺れる格好となった。

競馬場最寄りの桑園駅には快速が停まらないので、北広島で普通列車に乗り換え。ようやく都心のラッシュアワー以上の混雑から解放された。札幌駅をスルーし、桑園駅に着いたのが15時過ぎ。小倉10レースから競馬場で観られると思って馬券を買っていたが、当てが外れた。無料バス車内で新潟10レースも発走してしまい。新装なった札幌競馬場の入口では、記念撮影もそこそこに一直線にホームストレッチ脇の芝生席へと急いだ。

まぁなんとか札幌のメインレースに間に合ってひと安心。でも結果的には馬券がハズレたレースを観るハメになった。続く小倉のメインもハズレて意気消沈していたが、新潟メインで起死回生の一発が出て赤字をほぼ帳消しにした。

さて、次の札幌最終レースまでは時間があるので、鳴り物入りでオープンした「もいわテラス」に行ってみることにした。ウッドデッキっぽい床と見晴らしの良さが売りで、確かに気持ちよく競馬観戦ができた(雨降りだと最悪だが…)。レースが終わった後はビヤガーデンになるらしく、私も多少心が傾いたが、北斗星で思う存分飲めることもあり諦めた。

閑話休題、16時を回り各場の最終レースが続々と発走した。まず当地札幌では2,600bの長距離戦。これは結果トントンでまずまず。小倉は抑え目に枠連ボックスにしておいて正解。人気薄が1着に入り、これは当てようがなかった。そのかわり本日最後のレースとなる新潟につぎ込み、馬連、ワイドの総流しをしてみた。うまいこと人気薄をひっかけて、一攫千金を狙う目論見である。結果は、軸馬がしっかり連に絡んだものの、人気の馬を連れてきてガミってしまった。まぁそれでも、2,000円の赤字なら健闘した部類である。


最終レースはファンも手に汗を握る


1時間以上遅れてようやく北斗星号が入線


18時1分の手稲行発車後に入線


個室のカードキーはお土産に

ダイヤが乱れていたために、桑園から札幌の一駅に思いのほか時間を費やしてヒヤヒヤしたが、北斗星の発車5分前にはなんとか札幌駅に到着した。車内放送で北斗星は4番線からの発車と案内されたのに、4番線はもぬけの殻。「しまった乗り遅れたか?」と思い、コンコースの電光掲示板を見たが北斗星の文字はない。いよいよ焦って改札口の駅員さんに尋ねたら、平然とした口調で「北斗星は18時過ぎになると思います」と回答。一気に力が抜けた。その後の1時間は、北斗星がいつ入線してくるか分からないので改札の外に出られず、ホームで駅ソバを食べたり、列車を撮ったり、タバコを吸ったりして、無為に時間が過ぎるのを待つしかなかった。

18時前にようやく放送が入り、「上野行き寝台特急北斗星号は4番線に18時過ぎに入線する予定です」と、札幌駅に着いて以来はじめて北斗星の名前を聞いた。放送によると、今朝札幌に到着した北斗星が函館付近の大雨の影響で2時間半遅れ、折り返しの車内整備が間に合わず入線が遅れたとの説明だった。普通の旅行者なら、その説明でも納得すると思うが、私は「なにぃ〜!」と思った。下り北斗星の札幌到着の定刻は11時15分。2時間半遅れたとしても車両基地には14時過ぎには入るはず。シーツの取り換えやら、車内清掃をしたとしても、定刻にホームに入れる時間的な余裕は十分あるんじゃないかと思った。まぁそうは言ってみても現実には逆らえない。18時5分ごろ北斗星カラーのDD51重連を先頭に入線したのを見て、ようやく肩の荷が下りた。

列車に乗り込んでしまえば、こっちのもの。個室でプライバシーが確保され、ツインのシングルユースのようなものだから、スペースもゆったりしている。こんな状態だから発車しようが停車していようが一向に気にならないが、それにしても札幌駅から発車する様子が見えない。なんでも函館行きの特急北斗を先に行かせてから発車するとのことだった。結局、1時間20分遅れて札幌駅を発車した。

おそらくブルートレインに乗るのは今回が最後だろうということで、今夜は未体験だった食堂車のパブタイムに行こうと楽しみにしていた。が、1時間20分遅れのため、本チャンの食堂車の予約時間が繰り下がり、パブタイムは営業しないとの車内放送があった。つくづくツイていない。こうなったら部屋飲みするしかない。幸いにしてツマミもウイスキーも水も大量に買い込んでいるので、パブタイム休止くらいではビクともしない。長万部を過ぎて八雲だったか森だったかあたりまで、延々と飲みまくった次第である。その間にも、徐行運転などで列車は遅れを積み増して行き、遅れ2時間に迫る勢いだった。

ところで、札幌を1時間20分遅れで発車した時点で、私は今までの思いと逆のことを念じていた。それは「遅れろ〜、遅れろ〜」という念である。多くの方がご存じかと思うが、JRの特急列車は2時間以上遅れると特急料金が全額払い戻しになる。今回、デュエットの1人使用ということで、特急券・寝台券に19,080円支払っているが、特急料金が払い戻しになると寝台券分の12,960円で済むことになる。これは開放B寝台で札幌〜上野間を普通に乗ったのとほぼ同額で、快適なスペースに長時間居ることができることもあいまって、まさに一石二鳥の効果となるわけでる。さて夜も更けたので寝ることにしよう。明日の朝、目覚めた時にいったいどれだけ遅れているのかを楽しみにしながら…。

函館到着のアナウンスに起こされ、時計を観たら真夜中の12時。夢うつつに「これで遅れが2時間以上になった」と思い、再び眠りについた。窓の外が明るくなったのを感じ、起きてみると森の中を列車は走っていた。「これはまだ盛岡の手前では」と思い、しばらく起きていると、盛岡で運転停車。時刻は5時前。定刻で走っていれば仙台にいるはずである。しばらく走って花巻付近で日が昇った。遅れは取り戻せていないようである。安心して私は二度寝をすることにした。

仙台の手前でおはよう放送が入り、2時間20分の遅れで走っていることが判明。上野到着は12時前後になる計算で、最後のブルートレインの時間を存分に楽しめる。とはいってもヒマに明かして、ベッドに入っては居眠りを繰り返し、かなりぐうたらな時間となってしまった。新幹線が開業する前は、仙台を朝発って上野に昼ごろという旅行が当たり前だったが、今では同じ時刻に仙台を発車する「はやぶさ」が9時前に東京に着いてしまう。ブルートレインが次々と廃止されていったのは、こんなこともひとつの理由である。少年の頃、天竜川の鉄橋で、あるいは浜名湖第三鉄橋で、憧れの対象としてシャッターを切っていたブルートレイン。大学の卒業旅行で膝を抱えながらB寝台で過ごした、初めての乗車。社会人になってからは、浜松を仕事終わりの夜に発って、九州に翌朝到着するという便利さから数えきれないほどお世話になった。そんなブルートレインの最後の乗車は、特急料金全額払い戻しという初体験のオマケがついた。そんな思いを乗せながら、寝台特急北斗星号は、日曜日の昼下がりにゆっくりと上野駅に到着した。


奇跡的に取れた2人用個室デュエットの室内


定刻なら午前2時台に通過する盛岡の朝


ブルートレインの醍醐味である日の出の瞬間


1人使用ならゆったり使えるB寝台2人用個室


2時間36分遅れて昼下がりの上野駅に到着


2時間以上遅れたため特急料金は全額払い戻し。上野で手続きした後の券面

<終>

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