Back On The Road


ANAクラウンプラザホテル富山

私が幼少のころ、いちばん好きな電車は西武レッドアローだった。そのレッドアローが西武線を引退した時、富山地方鉄道が譲り受けて、現在も立山の麓を走っているのは三浦友和さん主演の映画でも有名である。今回の旅の目的地は、その富山。今春、北陸新幹線が開通し脚光を浴びているが、鉄道ファンの視点でも興味深い土地柄である。西武や京阪の特急電車を改造し、観光特急として走らせている地鉄の鉄道線。2009年に全国でも珍しく廃止路線を復活させた地鉄の市内電車。そして富山港線というローカル線をLRTに変貌させた富山ライトレール。郊外型の店舗が多い土地柄で、市街地活性化に悩みを持つという地方都市共通の課題を、鉄道によって打破するという先進的な試みが続いている。今回は市内電車を中心にフリーきっぷで乗り歩いて行こうと思う。

鉄道の日の10月14日の夜、ひかり525号の16号車喫煙車両で旅をスタート。米原で特急しらさぎに乗り継いだ。転職して安月給になったが、乗り物には金を惜しまない主義なので、3列シートのグリーン車で金沢へナイトラン。一人旅なので1+2列の1列側を予約していたが、平日の帰宅特急である「しらさぎ15号」の乗客は、ほとんど個人のサラリーマンばかりで、座っているのは1列側ばかり。シートを倒すのにも気を遣う。呑みテツにとっては、隣客がいなければスペースのある2列側の方がありがたく、今後の予約の参考にしようと思う。

金沢到着は22時50分。新幹線が開通する前は、そのまま列車に乗っていれば富山に着いたが、開通後は新幹線に乗り継ぐ手間が増えた。さんざん飲み散らかしていたので足元がおぼつかなかったが、つるぎ732号に乗り継いだ。腰を下ろすと睡魔が襲い、新高岡の着発は気づかずに富山まで瞬間移動した。富山到着は23時29分。ひとけのない市街地を歩いて、今夜の宿であるANAクラウンプラザホテル富山にチェックインしたのは間もなく日付が変わろうかという時刻だった。


しらさぎ15号グリーン車でゴキゲンの筆者


立山連峰に昇る朝日〜部屋からの眺望


併用軌道の保線の様子

15階の東向きの部屋で、朝日が眩しくて目覚めた。富山での予定は、電鉄富山駅を9時55分に出発する立山行きの普通電車に乗ればよく、朝はゆっくりできるはずだったが、せっかく早起きしたので一計を案じた。地鉄観光列車フリーきっぷを電鉄富山駅ではなく、西町の乗車券センターで買えば、駅まで歩かずに電車で行ける。いや待てよ、西町から南富山まで行き不二越線で富山に出れば、昼過ぎに環状線乗車後わざわざ南富山に出て、不二越線の未乗区間に乗りに行かなくて済む。乗車券センターの開店は朝の9時。フリーきっぷを買ってすぐに市内電車に乗れば、9時55分に予定の列車に乗れそうである。そんなわけで8時半すぎにホテルをチェックアウトし、西町に向かった。

開店と同時にフリーきっぷをゲットし、目の前にある電停から南富山に向かった。途中で保線工事をしている箇所があり、路面電車の保線なんて初めて見るのでじっくり見物した。路盤を掘り返すと、枕木とバラストが線路の下にあり、当たり前といえば当たり前なのだが興味深い。枕木はコンクリートではなく木製だったが、路盤が始終被っているのでコンクリートでなければ腐ってしまうのではないかと素人目には思ったが、たぶん木製にする理由があるのだろう。


地鉄ターミナルの電鉄富山駅

さて、市内電車の終点の南富山駅。電停と鉄道駅が同居しており独特の雰囲気があった。どこかで見たことがあるようなと思ったが、前述の映画「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」でたびたび登場していた建物だった。列車別の改札で、発車の5分ほど前になると改札が始まりホームに上がった。ホームからは路面電車の車庫がよく見渡せ、ちょうど洗車機にかけられた電車の姿も見ることができた。路面電車の洗車の様子がホームから見られるのは、日本でここだけかもしれない。で、そのホームに少し遅れて元東急8590系の17480形がやって来た。ほとんどの列車が転換クロスシートの地鉄にとって、ロングシートの電車は居住性という点で不評のような気がするが、ラッシュ時間帯の混雑緩和には威力を発揮しそうである。


地鉄観光列車フリーきっぷ

鉄道線の車庫と工場がある稲荷町で本線と合流し電鉄富山を目指す。稲荷町で本線の下り普通列車と接続し、黄色と緑色に塗られた元京阪特急車だったので、ロングシートに座っている身にとっては乗り換えようかと心が動いた。電鉄富山と稲荷町の間が未乗となるのでそのまま座っていたが、案の定予定していた立山行きも元京阪車だった。

富山駅前で一息入れたあと、元京阪3000系の10030形に乗車。観光列車として元の京阪色に戻された「ダブルデッカーエクスプレス」もあるが、この列車は先ほどと同様で黄色と緑色のツートンカラー。立山行きだけあって平日の普通列車でも観光客がごっそり乗っていた。特に中国人観光客の多さには目を見張った。日本の周遊旅行の先駆けとなった立山黒部アルペンルートの一部であることを実感したひとときだった。

電鉄富山駅を出発して20分、寺田駅に到着。ここから列車は立山線に入り、自分としては初めて乗る区間となる。本線もかなりローカルな感じだったが、立山線に入るとより一層のんびりした風景となり、稲刈り後の田園地帯が続く。大きな敷地の民家の庭先には、必ずたわわに実った柿の木があって、既に鳥に食われた実もちらほら。秋も徐々に深まっていく感じである。

10時40分ころ、上滝線に乗り継ぐため岩峅寺で下車。ちなみに電鉄富山から岩峅寺までの片道運賃は730円で、ここまで往復するだけで観光列車フリーキップ(1,500円)の元がほぼとれてしまう。上滝線のホームに停まっていた地鉄オリジナル車両の14760形に乗車し、発車を待っていると立山線の上り列車に「アルプスエキスプレス」3両編成が出現。地鉄イチ押しの電車が普通列車として富山に戻るということは、当然手持ちのフリーきっぷで乗車できるわけで、心はぐらぐら揺れ動いたが結局上滝線に居座った。「今日は市内電車が目的だからね。」

再び南富山駅に戻り、ここからは地鉄市内電車の乗り潰しの旅。地鉄には超低床電車が2形式導入されていて、そのうち新しい3連接の方はサントラムという愛称がついている。こちらは地鉄のホームページでどの時刻に運用されているかが分かり、今日の予定はこの電車の運用から組み立てたわけである。そんなわけで定刻の11時20分に南富山駅電停から乗車。車内は1人掛けクロスシートが主体で、車輪の上に乗っかる格好でシートが設置されており、視界が開けて気持ちがよい。始発から乗車したので、すんなり進行方向側の席が確保できた。電車は朝方乗車した区間を逆方向に走り、スタート地点の西町を通過。このあたりから繁華街となり、桜橋電車通りを北上。20分ほどで富山駅前に到着した。ここで電車はスイッチバック。進行方向が変わり、今度はすずかけ通りを南下する。丸の内電停の南で右折し、県道44号とともに神通川を渡り、終点の大学前電停へ。南富山から40分ほどの市街地ミニトリップは、片道200円(自分はフリーキップだが)でかなりの満足感を得られた。

大学前電停前には五福公園があったので、お目当ての電車が来るまで散策をした。県営富山球場を中心とした運動公園だが、植樹されているナナカマドが紅葉の時期を迎えており、空の青さに映えていた。ひとしきり公園の木々に癒された後、公園の入り口でお目当ての電車が来るのを待った。そのお目当ての電車はレトロ電車。かの水戸岡鋭二氏がデザインを手掛けた7000形ベースの車両である。ところが目の前を通過していく電車は、待てど暮らせど普通の(古ぼけた)7000形ばかり。30分ほどしたところで、とうとう痺れを切らして南富山駅に電話を入れた。「すみません。今、大学前の電停でレトロ電車を待っているんですけど、今日はレトロ電車は運行してます?」「運行してませんよ。レトロ電車は土日のみの運行です。」「あぁ、そういうことなんですね。ありがとうございました。」どうやら自分が勘違いしていたらしい。帰宅後、地鉄のホームページを見れば、レトロ電車のページに「土・日・祝日運行」と明記されていた。

大学前から丸の内まで「普通の」電車で移動し、丸の内電停で環状線の電車を待っていると、おあつらえ向きにセントラムがやって来た。こちらは2連接の超低床電車で、なかば環状線専用車という感じである。やはり車輪の上にクロスシートを設置しており、窓も大きく気持ちの良い車両だった。朝チェックアウトしてきたクラウンプラザの前を通り、西町交差点で南富山からの線路と合流する。環状線内は単線なので、常に丸の内から西町に向けて一方通行で運転されているが、環状線自体がそれほど距離があるわけではないので、これはこれで不都合はない感じである。丸の内から15分ちょっとで電鉄富山駅・エスタ前に到着。次は富山ライトレールである。


西町電停から富山地鉄の旅がスタート


どこかで見たような南富山駅のたたずまい


洗車機にかかる路面電車の様子


元東急8590系の不二越線普通電車


元京阪3000系の立山行普通電車


地鉄オリジナル車両の上滝線に乗車


クロスシートが並ぶサントラム車内


大学前電停に到着したサントラム


色づいたナナカマドが青空に映える


結局普通の7000形で来た道を戻る


丸の内電停に進入する環状線セントラム


富山駅北電停に停車中のポートラム


岩瀬浜の海に癒された筆者


岩瀬浜電停にてポートラム赤編成


ポートラム車内は高校生らで賑わっていた


ワイドビューひだご自慢のパノラマグリーン車


薄明りの残る久々野駅で下りひだ号と離合

富山ライトレールは、旧JR西日本の富山港線が母体で、私も1987年12月に乗っている。その時はまだ国鉄の盲腸線で、直流電化されているにも関わらず交直流の急行型電車がぽつぽつと走っていた。2006年に富山駅周辺を路面電車化した上で富山ライトレールが発足。JR時代とは比べものにならないほどのフリークエンシーを実現し、また駅(電停)も増設され利用しやすくなった。そういった経緯もあり、鉄道再生による中心市街地活性化を目指す地方都市から注目を浴びている鉄道である。

なにはともあれ、まず乗ってみる。富山駅は高架工事が進行中で、繁華街のある南口から北口への行き方が分かりにくい。構内を行ったり来たりした挙句、結局もとの場所に戻って、電鉄富山駅前に入口のある地下道から北口に向かった。地下道出口の正面に2面2線の電停があり、緑色のストライプに「鉄道むすめ」のイラストが描かれたド派手な電車が目に飛び込んできた。愛称はポートラム。さっきまで乗っていたセントラムによく似た2連接の車体だった。富山駅が完全に高架駅になった後は、高架下の富山駅前電停まで富山ライトレールが延伸し、地鉄市内電車と相互乗り入れする構想があり、開通したらまた乗りに来たいものだ。

緑色ストライプの電車に乗り込み岩瀬浜に向かう。奥田中学校前電停までは単線の併用軌道で、車線の中央を進む。左カーブで専用軌道に入り、ここからは基本的にJR時代と変わらぬ線路だが、見るもの全てが新鮮で、全線が初乗り区間のようだった。電車はほぼ定刻で運行され、25分ほどで終点の岩瀬浜に到着した。

岩瀬浜では駅名の由来となった岩瀬浜海水浴場まで歩いてみた。朝から電車に乗りまくっていて、少し気分転換の時間が必要だった。富山湾に面したビーチは波が穏やかだが、あと2か月もすれば鉛色の荒れた海になるんだろう。

帰りの電車は赤いストライプ。さすがに疲れて眠ってしまった。目覚めると既に併用軌道を走っており、すぐに終点に到着。それじゃ、大好きな「ますのすし」を買い込んで、パノラマグリーン車で後方展望を楽しむことにしよう。BGMはもちろんアース、ウインド&ファイアの「バック・オン・ザ・ロード」…
<終>

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