全 線 開 業 ・ 九 州 新 幹 線


飲み会明けのホテルの窓、満開の浜松城

先月の東日本大震災の後、日本全体に自粛ムードが覆っている。5月の浜松祭りはもちろん、7〜8月の各地で行われる花火大会まで軒並み中止。行事を中止しお金が回らなくなると、日本経済の行く末はどうなってしまうんだろう?まぁそんなマクロな話は別として、大震災以降もこれまでと変わらず月イチペースで旅に出ようと思う。

2011年4月9日、ホテルコンコルド浜松のシングルルームで目覚めた。実は昨夜、このホテルで新入社員歓迎会があり、今日は浜松を早朝に発つ予定なので、そのまま宿泊したわけである。ぼーっとした頭で窓の外を見やると、浜松城公園の桜が満開だった。今回の旅は、どこでも満開の桜が見られそうなので楽しみだ。

浜松7時10分発の「こだま695号」で出発。窓の外は雨模様。だが西に向かうにつれて天候は回復。名古屋で乗り継いだ「のぞみ303号」が終着駅の新大阪に近づくころ、雨が上がった。

今年の3月12日、ついに九州新幹線が全線開業。博多から徐々に南に伸ばすのではなく、既存の新幹線とは全くつながっていない新八代〜鹿児島中央間を先行開業させたのは、「必ず新幹線を鹿児島まで通すぞ」という九州の人たちの強い意志の表れなんだなと思う。とにかく新大阪駅で「鹿児島中央」の行先表示を見た時には、九州新幹線全通の悲願が達成されたんだなと、九州人じゃないが感慨深かった。

さて、山陽新幹線と九州新幹線の直通用に新造された車輌はN700系7000・8000番台。全席禁煙になってしまったのはちょっと残念だが、ひかりレールスターで好評だった普通車指定席の2列+2列シートは、よりグレードアップ。グリーン車と遜色のない居心地のよさで、隣に見知らぬ人が座っていても気にならなかった。


鹿児島まで新幹線がつながった


ピンク色の表示が初々しい九州新幹線「さくら」


九州新幹線用のN700系8000番台

新規開業したのは博多〜新八代間。画像左より博多・新鳥栖・久留米・新玉名・熊本・新八代の駅名標。筑後船小屋と新大牟田は失敗!

新大阪を8時59分に出発した「さくら547号」は、通い慣れた山陽路を西に向かって快走する。出発直後は姫路や福山に停車したりして、従来のひかりレールスターの域を出なかったが、ひとたび広島を発車すると小倉までノンストップ。広島〜小倉間の実キロは192`だが、所要49分ですっ飛ばし平均時速は235`。ご存知の通り徳山駅の大カーブで速度制限を受ける割には健闘している。

新大阪から一緒に乗ってきた大多数の7号車の乗客は、博多に着いても席を立たなかった。ひかりレールスター時代、博多に近づくにつれ車内がガラガラになっていたのとはエライ違いである。山陽新幹線と九州新幹線の直通効果が発揮されているとしたら、ご同慶の至り。さて、広島からは「のぞみ」並みに走ってきた「さくら」も博多からはそうもいかない。終点の鹿児島中央までに久留米、熊本、川内の3駅に停車し、最高速度も300`から260`にスピードダウンする。博多で2分の小休止(乗務員の交代がある)の後、いよいよ初乗り区間である九州新幹線新規開業区間に突入。ここからは居眠りなどせずに集中しなければならない。集中力を高めるために、新規開業区間の全駅で駅名標を撮影することにした。

九州新幹線は博多を出ると、新鳥栖、久留米、筑後船小屋、新大牟田、新玉名、熊本の6駅を経由し、既存区間の新八代〜鹿児島中央へとつながっている。まずは新鳥栖の駅名標の撮影にチャレンジ。九州新幹線で最も長い筑紫トンネルを抜けるのを、カメラを構えながら今か今かと待ち構える。車窓が明るくなるとすぐに新鳥栖通過で、なかなかタイミングが難しかった。次の久留米までの駅間は5.7`しかないため、新鳥栖を速度をゆるめて通過した列車は再び加速することなく、筑紫平野の田園地帯を行く。あちこちの桜が満開で実に春らしい風景が広がっていた。

次の久留米は停車するため、駅名標は難なく写せた。続いての筑後船小屋は筑紫平野の南端部に位置し、久留米からはほぼ直線で南下したところにある。この駅を通過する列車は、最高速度である260`で駅に突っ込むため、駅名標を写すのもほとんどカン頼りである。案の定ミスってしまった。

この後はトンネルを入ったり出たりするため、どこの明かり区間に駅があるのか判別が難しい。筑後船小屋駅から2つめと3つめのトンネルの間に新大牟田駅があったが、シャッターのタイミングが合わず2駅連続のミス。続いての新玉名駅は、新大牟田駅方面から、長いトンネル〜一瞬の明かり区間〜長いトンネル〜短い明かり区間〜短いトンネルの後に通過する。駅直前で、今までの明かり区間とは一線を画する里山の風景となり、「駅がありそう!」とカメラを構えると、これまた一瞬で通過。今度は駅名標を押さえることに成功した。

次の熊本は停車するため、じっくりと駅名標を写した。熊本を境に乗客の数がめっきり減り、ようやく席でノビノビ過ごす事ができる。窓際の席だったので、ここまでは喫煙室に行くのも憚られていたのだ。熊本を出てしばらくすると、進行方向右手に海が見えてくる。八代海である。熊本〜新八代間はトンネルが無いので、思う存分車窓を楽しむことができる。といっても目の前に立ちはだかる防音壁がジャマ臭いのだが。

新八代を速度を落として通過し、新規開業区間は終了。ようやくトイレにも喫煙室にも行ける。進行方向右手の喫煙室で、トンネルとトンネルの間にちらっと見える海を見ながら、1990年代の特急つばめ号のビュッフェで八代海を見ながらビールをしこたま飲んだときの事を思い出していた。新幹線が開通して確かに鹿児島が近くなったが、トンネルばっかり。あの頃の鉄道の旅が懐かしく思える。

川内を発車すると次は鹿児島中央である。新大阪を出発して4時間10分、長時間にわたる乗車だったが、飛行機に比べれば列車の旅の疲れは大したことはない。階段が印象的な鹿児島中央駅を背に、私はレンタカーを借りるべく歩を進めた。


新鳥栖〜久留米間ののどかな田園地帯


熊本〜新八代間の氷川橋梁。八代海を望む


指定席はグリーン車並みの2列+2列で快適


新大阪から4時間10分で鹿児島中央に到着


鹿児島中央駅といえばこの階段を思い出す


指宿スカイライン須々原駐車場にて筆者


桜島が見える須々原展望台


桜島を撮影したつもりが春霞で判別不能


開聞山麓自然公園より長崎鼻を望む


開聞岳を背景に池田湖にて筆者


自然公園を登っていくと眼下に田園が広がる


バレンタインの思い出。開聞山麓バス停

13時30分ころスバル・ステラという軽自動車を借り出して、南薩をめぐる小さなドライブがスタート。鹿児島インターから指宿スカイラインに入った。ちょこちょこと料金所で小銭を徴収されるが、軽自動車は通行料が安く、普通車よりも財布に優しい。ただし上り坂ではルームミラーを気にしないといけないが…。

指宿スカイラインを30分ほど走ったところに、須々原展望台なる小さな駐車場があったので寄ってみた。空気が澄んでいれば桜島がきれいに見えるのだろうが、今日は春霞がかかっているので、肉眼では見えるがデジカメには写らない。そこから10`ほど南に下った錦江台という展望台でも同様だった。桜島をあきらめて池田湖に賭けることにした。

指宿スカイラインの全線を走りきり、山を下っていくと正面に開聞岳が見えてきた。鹿児島を出発して以来、久々の信号を右折すると池田湖の湖畔に出た。池田湖といえば大うなぎが有名だが、我々の世代には屈斜路湖の「クッシー」と並んで、「イッシー」でお馴染みの湖である。ネス湖の「ネッシー」、屈斜路湖の「クッシー」は命名として分からんでもないが、池田湖なら「イッキー」だろとツッコミを入れてみても誰も賛同してくれないほど有名な未確認生物(UMA)なのである。ちなみに湖畔に銅像があるらしいが、見かけなかった。

続いて向かった場所は開聞山麓自然公園。大学の卒業旅行で、この公園の入口まで来たが、入場料を取られることを知り、あえなく転進(実際には退却)。帰り際、開聞山麓バス停で見上げた南国の太陽が眩しかった事を鮮明に記憶している。おりしもその日は1989年のバレンタインデー。ということで今回の旅はセンチメンタルジャーニーでもある。

料金所のような入場ゲートでクルマに乗ったまま350円を支払い、しばらく道なりにクルマを走らせると駐車場があった。第1展望台とあり、長崎鼻がきれいに見える。トカラ馬の放し飼いでも有名な場所だが、日が西に傾きかけた時間なので、馬たちは柵の中でおとなしくしていた。続いて駐車場から更に登っていくと第2展望台、続いてクルマで行ける最高点に第3展望台があった。第3展望台まで登ると、さすがに眺めは素晴らしく、春霞さえかかっていなかったら広大な里山の風景が撮れたのにと、ほぞをかんだ。

開聞岳周辺を出発したのが16時少し前。あと3時間半でレンタカーを返さないといけないのだが、加世田から吹上浜を北上し、市来まで行けるのかどうか不安になってきた。とりあえず吹上浜には絶対に行きたいので、枕崎には寄らずに頴娃から加世田へショートカット。知覧特攻平和会館の横を通過し、武家屋敷の案内看板も何度も目にしたが、泣く泣くスルー。そのうちに眠気を催してきたが、これも精神力で乗り切り、ひたすら加世田へと急いだ。

やっとのことで旧南薩鉄道加世田駅(現鹿児島交通加世田バスターミナル)に到着したのが17時少し前。南薩鉄道記念館の入口まで行ってみたが、この時期は17時で閉館ということで入場を断念。加世田バスターミナルの中心に置かれた(放置された?)、錆付いた南薩鉄道時代のSLを写すやいなや、さっさと吹上浜へと向かった。

加世田市街地から西に向かうこと3`。鹿児島県立吹上浜海浜公園の駐車場にクルマを停めた。この公園の敷地は109.9ヘクタールと広大で、東京ドーム23個分以上というから、とても夕方に来て、ちょいちょいと観て回れるところではない。というわけで私は「吹上浜の砂丘を見る」という1点に絞って公園の攻略を開始した。

運動広場を横切り、色とりどりの花が咲き乱れるお祭り広場を横目に左折。ツツジが満開の、砂丘へのプロムナードを突っ切ると、園地が途切れ、防砂林を抜ける未舗装の小道が海へと続いている。松林を抜け、階段を上がると、急に視界が開け東シナ海が足元に広がった。左右を見回すと、両方向の遥か彼方まで砂丘が続いている。この雄大な砂丘が、日本一の長さを誇るロングビーチ「吹上浜」である。日本三大砂丘のひとつとされているが、ウィキペディアによると、三大砂丘にリストアップされているのは、地元浜松の中田島砂丘を含めて計6箇所もある。一応浜松人としては、日本三大砂丘は「中田島砂丘」「鳥取砂丘」「吹上浜」としておこう…。

浜辺でたたずむ人たちが、逆光の中に浮かび上がる夕暮れの吹上浜。時を忘れて、ここに留まりたかった。しかし自分には時間が無い。滞在わずか5分で浜辺を後にし、いそいそとクルマに戻った。ナビに「鹿児島空港」と目的地を入力すると、到着予定時間が7時35分と表示された。「ヤバイ、急がなきゃ!」

吹上浜から鹿児島近郊の谷山インターまでは、県道20号で一本道。この道路は山越えのワインディングロードであるが、一級国道並みの道路改良が施され走りやすい。要所要所にある登坂車線で遅いクルマはパス可能。カーブのRも大きく高速コーナーが続くので、ついついスピードを出してしまう。吹上浜を17時30分ころ出発し、谷山インターを18時前に通過したので、28.6`を30分弱で走破した。

指宿スカイライン谷山インター以北は、九州自動車道も含めて片側2車線の高速道路。カーナビの到着予定時刻は、18時30分過ぎを示している。「それならもっと吹上浜に居れば良かった」と思ったが後の祭り。夕闇が迫る高速道路をゆっくり流し、今日の宿である「かごしま空港ホテル」までの道のりを楽しんだ…。

レンタルしたスバル・ステラと開聞岳の図


南薩鉄道記念館には入館できず


旧加世田駅に置かれた南薩鉄道のSL


吹上浜海浜公園の花壇はツツジが満開


日本でも有数のロングビーチ「吹上浜」


夕暮れの吹上浜。浜辺でたたずむ人も


鹿児島空港に新しい朝が来た


ホテルの窓から鹿児島空港を望む

<おしまい>

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