壱 岐
〜路線バスで巡る歴史の島〜

100系亡き後は臨時のぞみが定番

ゴールデンウィーク、お盆、年末年始は日本の交通の三大繁忙期。交通費はハネ上がり、大混雑するとなれば、なるべくその日程を避けて旅行したい。でもその時期しか長期の休みが取れないなら、ストレス覚悟の上で旅行するしかない。というわけで毎年この時期になると、高速道路が何十キロ渋滞したとか、新幹線の自由席は100%超の乗車率で運行しているとか、この手のニュースが決まって報道される。でも私はこう思う。こういう報道は最大ピークの一部分を切り取っているだけじゃないのか?ゆえに、ピークをほんの少しずらすか、工夫をすれば案外快適に旅行できるんじゃないかと…。去年のゴールデンウィークは、美ら海水族館近くで、「見物渋滞」ならぬ「渋滞見物」しながら酒盛りというオツなことをした。今年もゴールデンウィークの混乱を外野席で見物したいものである。

というわけで旅立ちはゴールデンウィーク後半戦の始まる前日の夜。浜松に停車するひかり号で岡山に行き、臨時のぞみ号に乗り継いで、その日のうちに博多まで移動するという行程である。「臨時のぞみ」は定期列車に比べると足が遅いが、700系で運転されることが多く、シートでタバコが吸えるのが利点である。念には念を入れてグリーン車をおごり、予想通り「ひかり」「のぞみ」ともガラガラだった。

休みの前夜に出発する利点のもうひとつは、旅を始めた直後からぐいぐい飲めることである。休みの朝に出発すると、その後の行程、体調面、それに世間体もあって、列車に乗ってすぐ缶ビールを「プシュッ」とは行けない。その点、仕事終わりに乗る新幹線なら、ホテルにたどり着ける程度の酒量は許される。まぁ時々そのリミットを超えてトラブルに見舞われることもあるんだけどね…。


GW後半を控えた夜。臨時のぞみのグリーン車


博多と壱岐・対馬を結ぶ新造船・フェリーきずな


博多埠頭第2ターミナルから乗船

浜松に停車するひかり号は、浜松〜新神戸間はのぞみ号と同等以上のスピードで走るが、一方で米原を通過した瞬間にこだま号同様の各駅停車になるので、特に新大阪以西の区間ではガラガラになり、16両編成を持て余すようになる。私も山陽区間では前の席を回転させて、往年の100系こだま自由席2&2シートばりの4席ボックス空間を確保した。

ひかり481号の岡山駅着は21時13分、乗り継ぐのぞみ193号の岡山駅発車は21時36分。さすがにこの時間から西に下る列車に乗る人は少なく、喫煙グリーン車ならなおさらである。浜松からチビチビ酒を飲み始めて3時間余り。車内が空いていて、まったりとした雰囲気に身をゆだねていると当然睡魔が襲ってくる。徳山停車あたりで記憶が無くなり、気が付くと関門海峡をトンネルで抜け九州に入っていた。

博多駅には23時32分着。筑紫口の博多ターミナルホテルに投宿。この日の夜も、翌朝も小雨が降っていたが、傘を使わずに済む距離なのが嬉しい。

さて5月3日である。博多どんたくも始まるので、早朝から博多駅前は人並みが絶えない。駅前のバス乗り場から博多港行きバスに乗車。小雨で濡れたメガネのレンズをハンカチで拭いていると、突然「ピキッ」という音とともにフレームが折れた。さて困った。替えのメガネなど持っているはずも無く、さりとてメガネ無しでは旅を続けられない。ここは瞬間接着剤で急場を凌ぐしかない。博多港にはコンビニがあるかどうか分からないので、途中のバス停でいったんバスを降りた。


寒風吹きすさぶデッキで過ごし郷ノ浦港へ


壱岐観光の一番手は国指定史跡・鬼の窟古墳


国指定史跡・笹塚古墳の石室入口


長崎県内最大級の円墳である笹塚古墳の全景


笹塚古墳の内部から撮影

コンビニで瞬間接着剤を買い、バスの中でくっつけたが接着剤がレンズにはみ出しグチャグチャになってしまった。とりあえず見えることは見えるので、成りは悪いがこのまま行くことにした。そのうち終点の博多港国際ターミナルに到着。ん、何か様子が変だ。釜山方面のキップ売り場ばかりで、壱岐・対馬の窓口はいくら探してもない。あるはずがない。壱岐・対馬行きは対岸の博多埠頭第1ターミナルを発着しているから…。

路線バスで国際センター・サンパレス前まで戻り、そこからは徒歩でベイサイドプレイスに向かった。かなり余裕を持ってホテルを出発したので、フェリーの出航時刻には間に合ったが、なんという単純ミス!自分にあきれ果てた。

壱岐・対馬行き九州郵船のフェリーは、先月1日に就航を開始したばかりの「フェリーきずな」。新しくて気持ちがいいが、なにせ最繁忙期なので、2等席の桟敷は立錐の余地もなく、ぎっしり満席状態。デッキのベンチも満席間近で、係員からゴザを借りて通路に座る人もいる状態。壱岐まで立席では、さすがに耐えられないので、なんとか船室横のデッキに空いているベンチを見つけ腰掛けた。夏の快晴のような陽気なら、ここでも十分だったのだろうが、この日はどんよりした曇り空で海も荒れ気味。前半の1時間10分は寒さに震え、後半の1時間10分は船酔いに耐え、難行苦行の挙句、ようやく壱岐・郷ノ浦港にたどり着いた。

旅に出る前は、郷ノ浦に着いたら、夕方まであれをして、これをしてと、いろいろ思いを巡らしていた。現実は、一刻も早くホテルの部屋に入りたいが、チェックイン時刻まで時間があるので、暇つぶしの場所を探そうと考える有様だった。

壱岐で立ち寄りたいスポットは、北から時計回りに勝本、壱岐神社周辺、原の辻周辺、そして中央に位置する風土記の丘。海辺に近いポイントは、島の外周を回る路線バスで明日回ることにして、今日は郷ノ浦から比較的近い風土記の丘周辺の古墳群を見て回ることにした。

壱岐交通の路線バスには、1枚1,000円の1日フリー乗車券があり、上手く活用すればレンタカーを借りることなく、かなりの名所を回れる。明日は確実にモトが取れる1日券だが、今日は距離が距離だけに微妙。郷ノ浦本町バス停から国分岩屋バス停(鬼の窟古墳最寄)まで乗車したところ480円だったので、若干距離が長くなる復路を考え合わせて、本日5月3日分の1日券も車内で購入した。


壱岐風土記の丘の傍らにある掛木古墳


古民家が立ち並ぶ壱岐風土記の丘にて筆者


藁葺き屋根と縁側が郷愁を誘う


古民家の内部は蝋人形で当時の生活を再現


壱岐バス1日フリー乗車券でレンタカー要らず

壱岐での最初のスポット・鬼の窟古墳まで来ると、船酔いもすっかり醒め、テンションが上がってきた。古墳めぐりにはあまり興味が無いが、鬼の窟古墳は横穴(石室)の長さが長崎県の古墳の中で最長、その後巡った笹塚古墳は長崎県の円墳の中では最大級で、いずれも国指定の史跡とのことである。

のどかな里山を15分ほど歩いて壱岐風土記の丘に到着。傍らには掛木古墳があり、これが「古墳」のイメージに最も近かった。壱岐風土記の丘は古民家が立ち並び、昭和初期くらいまでの生活を蝋人形などで再現していた。天気が良くて時間に余裕があれば、藁葺き屋根の家々を眺めながらぼーっとするのにいいところ。が、今日はどちらの条件も満たしていないので、帰りのバスの時刻を気にしながら駆け足で回ってきた。

ということで時間つぶしは終了。ふたたび郷ノ浦に戻ってきた。壱岐マリーナホテルに15時にチェックイン。連泊なので気楽である。部屋に入るとすぐに酒盛りを開始。この日を含めて旅の期間中は午後から夕刻にかけて毎日飲みまくり、早い時間に眠くなって翌朝は早起きという、健康的なのか不健康なのかよく分からない日々を過ごした。


古い乗貸タイプが多い壱岐交通の路線バス


壱岐マリーナホテルのツインルームに連泊


郷ノ浦の町並みに朝日が昇る

翌日は壱岐一周の路線バスの旅。まずは郷ノ浦本町を7時44分発の芦辺行きバスに乗車。20分ほどで原の辻遺跡に着いた。遺跡の西隣に「原の辻ガイダンス」という施設があり、観光客はこの施設で遺跡の概要を学んでから復元家屋を見るという段取りになるが、早朝のため開館前。予備知識なしで弥生時代の遺構を見て回った。

後から仕入れた知識によると、ここ原の辻遺跡は、地元静岡の登呂遺跡、そして吉野ヶ里遺跡とともに、弥生時代の遺跡としては日本で3箇所しかない国指定の特別史跡である。壱岐に来るまでは「対馬に比べて地味な島」くらいにしか思っていなかったが、ところがどっこい、大陸と日本の間という地勢的な理由もあり、いたるところで歴史を感じる島だった。

ひととおり原の辻遺跡の復元家屋を眺めた後は、周囲に広がる田圃の畦道を通って一支国博物館に徒歩移動。ちょうど開館時刻の8時45分に、博物館の入口に到着した。○○とケムリは高い所に上るというわけではないが、まず真っ先に展望台に上った。原の辻遺跡からこの展望台が見えるので、ここに上ればきっと遺跡全体が見渡せると思ったからである。予想通り、隅々まで原の辻遺跡を見ることができたが、展望台からはかなり距離があり、肉眼では復元家屋が豆粒のようにしか見えないのがちょっと不満だった。

一支国博物館の常設展示物は、古代船のレプリカが目を引く程度だった。しかしながらプラス200円で入場した特別展は、前述の登呂遺跡、吉野ヶ里遺跡と、ここ原の辻遺跡を比較して展示されており、常設の方にはなかった本物の国宝も展示されていたので儲けものだった。時間に余裕がない場合、常設展だけ見ればいいやと、それ以上の出費を控えていたが反省した次第。せっかく遠い場所まで来たのなら、数百円くらいの追加はドブに捨てる覚悟で「全部入り」の入場券を買うべきだと思う。

一支国博物館の滞在時間はわずか20分少々。それでもそれなりに満足して9時10分の郷ノ浦行きバスに乗車した。来た道を戻る格好になるが、この時間に勝本に行くには最適なルートである。壱岐交通の車庫がある八畑バス停で下り、反対側のバス停から郷ノ浦発のバスに乗り継ぐ。下りたバスも乗ったバスも同じように島内を左回りするバスで、この日の行程の中で最も難解だった部分である。バスに乗ってしまえば、次の目的地勝本までは30分足らず。昨日立ち寄った鬼の窟も車窓をよぎった。

勝本で幅を利かしているのは、芭蕉とともに奥の細道を旅した河合曾良である。勝本城址の登山道脇に諏訪大社の御柱が立てられており、「なんでこんなところに?」と不思議に思ったが、曾良の出身地が諏訪、そして終焉の地がここ勝本であることから、曾良の取り持つ縁で姉妹都市になっているそうである。

勝本城址にある曾良の句碑「春にわれ 乞食やめても 筑紫かな」に始まり、城山の中腹にある曾良の墓、そして港町の民家の軒先にある終焉の地石碑と、至るところに曾良の関連ポイントがあり、芭蕉や奥の細道が好きな人なら興味津々な土地だと思った。

勝本港からひとつ山側に入った路地は迷路のようで、西に向かっていると思ったら、いつの間にか東へ向かっていた。その終点が勝本のもうひとつの名所「聖母宮」だった。聖母とは神功皇后のことで、明治時代には日本で初めて女性として紙幣に肖像が載ったような大変有名な方である。もっとも、この知識は旅の後に仕入れたもので、現地では「なんかちょっとエロい感じの名前」と思った次第である。


郷ノ浦のランドマークでもある郷ノ浦大橋


水田の中にある国指定特別史跡・原の辻遺跡


弥生時代の復元家屋が並ぶ遺跡にて筆者


祭祀の場所に並ぶ高床式倉庫・祭殿


原の辻遺跡から一支国博物館へ徒歩移動


展望塔からは原の辻遺跡の全容が見える


展望塔から見た原の辻遺跡の遠景


一支国博物館にある復元された古代船


諏訪の御柱との意外な関係


城址中腹にある河合曾良の墓


民家の傍らにある曾良終焉の地


字面がエロい?聖母宮の碑


弘安の役の主戦場だった


勝本城址の展望台から港を望む


奥の細道で芭蕉に随行した河合曾良の句碑


勝本の通りは道なりに進むといつしか逆方向に


聖母伝説で有名な神功皇后ゆかりの聖母宮


定期観光バスのコースになっている勝本朝市


元寇・弘安の役で戦死した少弐資時から命名


少弐公園の展望台より竜神崎を望む


元寇の頃に使用された碇石


少弐資時らを祀る壱岐神社


芦辺から乗車したバスから清石浜を望む


壱岐に電車が。松永記念館に鎮座


巨大なイチモツが印象的な塞神社


芦辺港フェリーターミナルより乗船

バスを待つ間に勝本朝市をぶらついて、次の壱岐神社地区へと歩を進めた。勝本から路線バスに揺られて20分。まずは少弐公園を散歩した。海辺の丘にある公園で、天気が良ければさぞ気持ちのいい所だろうが、あいかわらずの曇天。展望台に登り竜神崎の祠を遠望し、元寇時代の碇石もまじまじと眺めた。弘安の役の時には壱岐島が元軍に実効支配されており、壱岐国守護代の少弐資時らは上陸作戦で壱岐島の奪回を図った。その時の戦場が少弐公園のある瀬戸浦で、少弐資時はこの時に戦死し、後にこの地に墓が建てられた。壱岐神社の主祭神にも少弐資時が名を連ねている。

20分ほど壱岐神社一帯で過ごし、芦辺浦への徒歩移動を開始する。壱岐神社と芦辺浦は芦辺港を挟んで対岸に位置し、直線距離では1`もない距離。ただし対岸に渡る橋は、奥深い芦辺港の根本に架かっており、ずいぶんな遠回りを強いられる。正午に壱岐神社を出発し、芦辺バス停に着いたのは12時35分ころ。地図で調べると道のりは3.5`だった。わざわざ歩かなくてもバスに乗ればいいのにと思われるかもしれないが、壱岐神社を通るバスは、島一周右回りバスが13時39分発、左回りは13時58分発までなく、いずれも郷ノ浦着が14時40分前後。一方、郷ノ浦と芦辺の間には区間運転があり、郷ノ浦行きは12時42分発。壱岐神社から芦辺まで急ぎ足で歩けば間に合ってしまうのである。せめてこのバスが芦辺港まで来てくれれば、どれだけ便利になることか…。

12時42分発のバスは冷房が入っていた。ここに来てようやく雲が切れ、芦辺の町外れの丘から見えた清石浜は夏模様だった。今朝訪れた一支国博物館や原の辻遺跡も次々に車窓を通り過ぎていく。印通寺港を過ぎたあたりの松永記念館には、古いチンチン電車が鎮座しておりオッと思う。そういえば昨日通った那賀小学校の近くには8620型SLもあったっけ。鉄道のない離島だけに、鉄道に対する思い入れが強いのかもしれない。

13時20分ころ郷ノ浦に到着し、ホテルに戻ってシャワー&酒盛り。壱岐最後の夜も早々に眠ってしまった…。翌朝は、9時にチェックアウトし、本町バス停への道すがら塞神社に立ち寄り、巨大なイチモツに手を合わせた。9時22分のバスで芦辺港に向かい10時ころ到着。往路の反省を踏まえて800円追加の1等室のキップを購入した。やっぱりこれが正解で、1等客専用のトップサロンに入室し、午前中から豪快に飲みまくった。松岡直也の「ゴッサマー」などを聴きながら、2時間ちょっとのクルージングを楽しんだ。船旅は「酔う前に酔う」これが鉄則!

<追記>
あまりに飲みすぎたため、岡山まで乗車した臨時のぞみ車内に携帯を置いてきてしまった。幸い取り戻すことができたが、最後も間抜けな旅になってしまった。飲んだ時こそ「チェック、ダブルチェック」が必要だ…。


芦辺港よりフェリーちくしで壱岐を脱出


慣れ親しんだ壱岐の島が遠ざかる


往路の教訓から帰りは1等船室でゆったり


釜山に向かうカメリアラインとビートルの競演

<終>

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