G 列 車 で 行 こ う
〜グリーン車で暮らす一日〜


事故の影響で浜松に臨時停車

12月22日が誕生日、12月24日はクリスマス・イヴ。なんの因果で敢えてこの時期に一人旅をせにゃならんのかと思ってしまうが、とにかく仕事終わりの12月22日18時30分の浜松駅6番ホームで下り新幹線を待っていた。普段より多めの人がホームで列を作っていたが、「さすが今年最後の3連休の前夜だな…」くらいに思っていた。 でもなにか様子がおかしい。と思っているところへN700系がホームに入ってきた。のぞみ53号の文字が見える。列車が停車すると同時に放送があった。「西明石駅の人身事故のため、ただ今山陽新幹線の運転を見合わせております。そのため列車に遅れが生じております。停車中の、のぞみ53号は次の豊橋で運転を打ち切ります。お急ぎのところ恐縮ですが、名古屋、京都、新大阪方面にお越しのお客様は次の列車にお乗換えください。」また、ホームの列が伸びた。

次にホームに停車したのも「のぞみ号」。この列車が出発する時には、こんな放送をしていた。「この列車は、のぞみ243号ですが、豊橋、三河安城、名古屋と停車します。とりあえず名古屋まで行きますので、名古屋へお急ぎの方はご乗車ください。」ホームで列を作っていた乗客は「とりあえずって何だよ…」と口にしながら乗車していった。 次にホームに入ってきたのが10分遅れの名古屋行き「こだま号」。指定券を持っている「ひかり481号」の出発時刻は過ぎてしまったが、8分前の列車はホームにいる。「ひかり」もそのうち来るだろうとタカをくくっていた。こだまはすぐに発車。次に来るのは乗車する予定の「ひかり」だと思っていた。


バースデイきっぷ(下)と6枚のグリーン券


グリーン車で過ごす一日は8000系でスタート

毎年恒例の「クリスマス寒波」が今年も猛威を奮っており、吹きさらしのホームはかなり冷え込む。早く暖かな車内に入りたいが、一向に列車は来ない。ようやく静岡寄りから明かりが見え、「来た来た」と思ったら通過線に停車してしまった。「のぞみ55号」の文字が見える。その時こんな放送があった。「今度のひかり481号は、ただ今静岡駅に停車中です。お急ぎのところ恐縮ですが、今しばらくお待ち下さい。」「ひえぇ〜。まだ静岡にいるのぉ〜?」と思わず独り言。のぞみ55号は、あいかわらず浜松駅に停車中。いつどいてくれるのか…。

ホームに着いてから、もう1時間経とうかという頃、ようやくジャマなN700系が発車していった。のぞみがどかない限り、ひかりは来ない。しばらくして「ひかり号は掛川を発車しました。約10分後に到着する予定です」と放送があった。結局、55分遅れで浜松駅に到着した。この寒空の中、体の芯まで冷え切ってしまった。

人身事故のかたが付いたのか、浜松を発車するや否や全速力で飛ばす。1時間も遅れると、特急券払い戻しの関係で「もっと遅れろ!」とついつい思ってしまうが、そうは上手くいかないようだ。新大阪発車時点で遅れは50分に縮まり、西明石では、人身事故の現場は跡形もなくなっていた。「この遅れって一体何だったの?」と思ってしまう。結果、途中で運転を打ち切られることなく終点の岡山まで走り切り、50分の遅れで無事に到着した。

22時を回っており、乗車予定の南風27号は既に出発していた。しかし、定刻21時59分発の「しおかぜ29号」は、松山行き最終列車ということで新幹線接続待ちをしていた。発車は22時30分ころになるらしい。「しおかぜ」の自由席に、ひとつだけ空きを見つけ「やれやれ」と腰を下ろした。そのうち居眠りを始めたらしい…。目覚めると駅に停まっている。「やばっ」と思い、荷物を持って列車を降りた。丸亀駅だった。乗り過ごしたものの、幸いにも降りる予定のひとつ先の駅。上りの普通電車に乗り、予定より1時間30分遅れで宇多津駅に到着した。時計の短い針はてっぺん手前だった。

翌朝、宇多津駅の窓口でバースデイきっぷ(1万円)を購入。グリーン車に3日間乗り放題のキップなので、特急のグリーン車指定券を6枚発行してもらった。内訳は、この後乗車する宇多津→松山間の「しおかぜ3号」、松山→宇和島間の「宇和海11号」、その折り返し列車となる宇和島→松山間の「宇和海14号」、松山→多度津間の「しおかぜ22号」、多度津→宿毛間の「南風17号」、そして中村→高知間の「あしずり54号」である。最後のあしずり54号が高知に到着する時刻は23時37分。四国の中を乗り継ぐだけだが、14時間半の長い旅路である。


典型的な片勾配に海がちらり


「いしづち」に続いて岡山から「しおかぜ」入線


2000系気動車のグリーン車にて筆者


宇和島から宿毛へ大回りツアーの開始


アンパンマン列車で運行する特急宇和海


松山駅では同じホームに「しおかぜ」が待つ


たったの1万円でグリーン車に乗り放題


手前の宇和海からしおかぜへ


1年に2日しか営業しない津島ノ宮駅付近


多度津に到着。このあと食材確保に苦労する

千里の道も一歩から。第1ランナーは電車特急8000系のしおかぜ。この後、ずっとディーゼルカーだけを乗り継いでいくので、ここは電車の乗り心地を楽しみたい。瀬戸内海沿岸を豪快にスラロームしつつ、振り子電車の走りを堪能した。

松山では同一番線の乗り換えで宇和海へ。松山で乗り降りする人にも、しおかぜと宇和海を乗り継ぐ人にも段差がないため、究極のバリアフリーである。さて宇和海のグリーン車に乗車すると、乗客は私1人だけ。そして1時間20分後の宇和島到着まで、ついに1人も乗ってこなかった。寒気の吹き出しの雲がかかり、車外は小雪が舞っているが、それ以上に寒々しいグリーン車だった。

宇和島で昼食を仕入れ、駅舎を撮影したら、すぐに乗ってきた列車に逆戻り。これから宿毛まで3列車を乗り継いで向かうが、ちょうど宇和島駅前から発車していったバスが、宿毛駅に到着する時刻が14時41分。所要時間は1時間51分。一方、今から特急列車を乗り継いで行くと、宿毛着が21時06分。所要時間は8時間12分。どう考えても多度津経由の大回り乗車するバカはいないだろう。私はこれからその「バカ」になる。


岡山〜宿毛間をロングランする特急南風17号


深夜の雰囲気が漂う宿毛駅にたどりつく


バスなら2時間、特急だと8時間

来る時にも乗車したアンパンマン列車は、力強く卯之町への片勾配を登る。陰鬱な雪雲が吹き飛ばされ、青空が見えてきた。午後になったので、ビール解禁。松山に着くまでに、駅弁を食べながらロング缶を2本空けてしまった。

松山駅の1番線では、往路と逆の流れでしおかぜに乗り継ぎ。今度のしおかぜはディーゼル特急である。エンジンの音が多少気になるが、電車並みの性能と快適性があり、架線下を走っても電車特急と遜色ない。夕暮れ迫る瀬戸内の海を肴に酒が進んだ。1年に2日間しか営業しない津島ノ宮駅を通過。津嶋神社本殿に渡る橋がアッという間に過ぎ去っていった。

16時23分に四国随一のジャンクション多度津に到着。次の南風17号の発車まで30分以上あるので、4時間超の乗車に備えて食材を確保するつもりである。が、駅前を見回してもコンビニはおろか食料品を扱う店が全く見当たらない。「商店街くらいあるだろう」と思い、駅前の通りを歩いてみた。高校や派出所、郵便局や役場と公共機関は一通り揃っているが、商店の類は全くといっていいほど無かった。考えてみれば、ここは米原のように鉄道の要衝として栄えた町。わずかな例外を除いて全列車が停車する駅だが、この駅の改札口を出る人は僅かなのだろう。20分ほど駅前周辺をうろついたが、めぼしい店が見当たらず食材確保を断念。駅のキオスクで、缶チューハイや乾きものを仕入れ、土讃線のホームに上がった。


宿毛滞在は7分。右の列車から左の列車へ


夜行列車の装いの特急あしずり54号


グリーン車も一日過ごせば最後はクタクタ


高知ホテルの部屋から高知駅前を見下ろす


ホテルの前を土佐電が行き交う

多度津から乗車した列車は宿毛行き「南風17号」。現在、JRのあまたある在来線昼行特急列車の中で、始発から終着まで5時間以上かけて走る列車はこれだけである。途中の多度津から乗っても宿毛まで4時間10分。朝から既に4本の特急列車に乗り続け、おまけに午後からはアルコール漬けとなっている身にとっては、途方もない長時間乗車となる。かろうじて琴平までは車窓が楽しめたが、阿波池田あたりでは日もとっぷり暮れてしまった。あまりに暇で、シートを倒して居眠りする始末だった。

険しい四国山地から平野に下りてきて、高知では「しまんと7号」を切り離すため10分の停車。久々にタバコに火を付けた。そもそもJR四国の2000系や8000系といった特急列車には喫煙ルームが設けられていたが、今年の春のダイヤ改正で閉鎖となり、そのスペースは未だ生かされないままである。せっかく喫煙ルームを設置しても、それが許されない状況になるのは明らかに行き過ぎと思うのだが…。

高知からは線形の関係でスピードが落ちる。多度津〜高知間では表定速度67.8`に対し、高知〜中村間では62.8`となる。ただし、末端区間の中村〜宿毛間は、全線立体交差の新幹線規格で作られているため88.5`。とにかく闇の中を突っ走り、21時06分宿毛駅に到着した。駅名すらなかなか読み取れない、真夜中のような雰囲気の駅舎を撮影し、すぐにホームに戻った。宿毛滞在時間は僅か7分の慌ただしさだった。

宿毛〜中村間は普通列車に乗車。特急だと所要16分のところを、30分かけて中村に戻る。中村で本日の最終列車である「あしずり54号」に乗り換え。短い3両編成だが、半室グリーン車があるのがありがたい。大きな町のない沿線では既に深夜の時間帯なので、わざわざグリーン車を選んで乗るのは私1人。室内を自由に使わせてもらい、まる一日のグリーン車暮らしでクタクタになった身体を癒した。高知到着は23時37分。駅前の高知ホテルにチェックインし、部屋にたどり着くころには日付が変わっていた。

翌朝は、少しゆっくり目にチェックアウト。初乗車となる土佐くろしお鉄道の「ごめん・なはり線」を往復して旅を締める予定である。10時10分過ぎ、くじらのペインティングを施された単行列車が、高知駅4番線に到着。オープンデッキが付いたごめん・なはり線ご自慢の観光列車9640形(1S)である。高知〜後免間は土讃線に乗り入れるため、オープンデッキに出られないが、ごめん・なはり線に入れば外に出ることができる。ただし、寒風に耐えられるのが条件だが…。

さて、この列車はワンマン運転の表示だったが、女性の車掌が乗務しており、サンタ風のショールをまとっていた。この日はクリスマス・イヴであり、粋なサービスである。香我美駅あたりから車内が落ち着き、海が見え始めた。そろそろ頃合いだと思い、オープンデッキに出てみた。南国土佐は日差しが強く、思ったほど寒くない。しばらくデッキから海を眺め、思えば遠くに来たものだと感慨にふけった。てなことしていると、いきなりトンネルに突入し、カメラを吹き飛ばされそうになった。考えてみれば、これもオープンデッキの楽しみ方かもしれない。

高知から1時間40分かけて、ようやく終着駅の奈半利に到着。室戸岬を回って牟岐線につなげる予定だった線路は、ここでぶっつり切れている。私の旅も事実上ここで終わり。あとはクリスマスの喧騒へと戻るだけである。


ごめん・なはり線を走るオープンデッキ車両


転換クロスが並ぶ9640形(1S)気動車の車内


香我美駅から先はオープンデッキで海を満喫


赤野駅で乗務を終える女性車掌がおじぎ


トンネル壁面がオープンデッキに迫ってくる


旅の終わりの奈半利駅にて筆者

<おしまい>

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