18.8.8 台 風 北 上
台鐵「普悠瑪」カラーは友好の証

東武鉄道の株主優待券を手に入れたので、8月の旅は北関東に行こうと思っていた。近ごろ国鉄から第3セクターに転換された路線の乗りつぶしにハマっているが、北関東には、わたらせ渓谷鐵道と真岡鐵道が未乗のまま残っている。というわけで、真岡鐵道の終点、茂木に宿泊することにして予定を組んだ。ところが出発間際になって、旅行当日に台風が関東に上陸するのではないかという状況になってしまった。おニャン子のルリちゃんが「夏休みは終わらない」という曲でソロをとった部分、「古いラジオでは次の台風北上すると伝えてた」という歌詞をリアルに感じた。茂木に泊まったはいいが、翌日足止めを食らったのでは目も当てられないので、旅の前々日に行程を大幅に組み替えた。結局、わ鐵、真岡に乗車するが、日光参拝はとりやめて(まだ私は日光に行ったことがないのだ!)、茂木からその日のうちに浜松に戻ることにした。

台風の進路は当日の朝まで二転三転したが、8月8日の深夜から翌9日の未明に関東に上陸するおそれがあるという基本線は変わらなかった。出発の朝の浜松は静かなもので、台風の影響を微塵も感じずに、東京行きこだま号の始発列車に乗車した。少なくとも県内は快晴で、この時期には珍しく富士山の頂上まで見えたが、県境を越えると空に雲が覆い始め、新横浜直前では雨となった。この後、深夜に静岡県内に戻るまで、小康状態の時間はあったが、雨は降り続くことになる。

八重洲口の新幹線改札をいったん出て、すぐに在来線の改札で青春18きっぷに日付スタンプを入れてもらった。このあと20時30分ころ再び東京駅を通過する予定だが、在来線の運休などで東京から新幹線に乗るようなハメになると、18きっぷの元を取れなくなる。飛行機の操縦で「離陸決心速度」というものがあるが、朝8時すぎの東京駅改札口で、18きっぷを今日使うという最初の「決心」をした。


200型りょうもう5号が終点の赤城に到着


赤城〜西桐生間だけ上毛電鉄をチョイ乗り


二社が乗り入れる赤城駅の駅舎

上野東京ラインと常磐線快速を乗り継いで北千住へ。北千住駅の自動券売機で9月4日からの大人の休日倶楽部パスを発券し、今回の旅の目的のひとつを達成。おときゅうパスを利用する1か月ほど前に、必ずJR東日本管内を通る旅をしないといけないのは結構しんどいのである。さて再び旅モードに気分を切り替えて、東武の特急ホームに向かう。わ鐵、真岡の陰に隠れているが、東武伊勢崎線の北部(駅ナンバリングのTI部分)や桐生線も初乗りとなる。

東武動物公園駅を過ぎて、いよいよ初乗り区間に乗り出す。ここからは居眠り厳禁である。2つ目が久喜駅。ここに高校時代ボート部で同期だったI君が住んでいる。私と同じ浜北出身で、実家もまだ浜北にあるが、彼の子供たちは生まれも育ちも久喜で、北千住まで特急で30分のところに住んでいる埼玉っ子ということになる。物の道理ではあるが不思議な感じがする。もっとも伊勢崎線沿線の車窓は、遠鉄電車の自動車学校前以北と瓜二つで、東京近郊という感じがしないのだが…。

ずっと満席だった特急りょうもう5号は、太田駅でほとんどの乗客を降ろした。スバルの企業城下町でブラジル人が多いということで、浜松に似ていて親近感がある。その後列車は、ガラガラの状態のまま桐生線に入り、25分で終点赤城に到着した。赤城駅であらためて車体を見てみると、台湾鐵路の「普悠瑪」号のカラーをまとっており、東武と台鐵の友好の証ということらしい。なお200型のシートの座り心地は、つっちぃによるとスペーシアより良いとのこと。私に言わせれば、スペーシアのシートピッチは捨てがたいと思うが、確かにヘッドレストが前方に突き出しており、頭の置き場はしっくり来た。

赤城から上毛電鉄で西桐生に行き、徒歩で桐生に向かい、そこからわたらせ渓谷鐵道で間藤へというのがこれからの行程である。桐生市内にはJR、わたらせ渓谷鐵道、上毛電鉄、東武鉄道の4社が乗り入れており、JRとわ鐵は桐生駅、上毛電鉄は西桐生駅、東武は新桐生駅がそれぞれの桐生における代表駅である。桐生駅と西桐生駅は徒歩5分ほどで近いが、桐生駅と新桐生駅は3キロ弱離れており、徒歩連絡というわけにはいかない。新桐生から一駅先の相生でわ鐵と、もう一駅先の赤城で上毛電鉄と乗り換えができるので、2社を乗り継ぐか、路線バスでつなぐかということになる。


JR・わ鐵・上毛電鉄・東武が入り乱れる桐生市内。桐生駅から東武に乗り継ぐのはかなりの難題


上毛西桐生駅はマンサード屋根の洋風建築


神戸駅で出発を待つわ鐵WKT-500形気動車


神戸駅名物の東武DRC1720系レストラン


路線名のとおり渡良瀬川沿いを上っていく


わ鐵完乗で宮脇氏気分の筆者

前述のとおり、わたらせ渓谷鐵道は初乗りとなるが、列車はそれにぞぐわない、ロングシートのWKT-500形ということでガックリ。先日の明知鉄道初乗りも、新潟トランシス製の同タイプ車両だったのでツイていない。さて列車は桐生を出ると、まずJR両毛線と並走。渡良瀬川を渡って右にカーブを切ると、今度は東武線と並走して相生に到着。相生を出てほどなくすると上毛電鉄をアンダークロスと、4社そろい踏みの忙しい車窓が展開する。有人駅の大間々を出ると、車窓右手に渡良瀬川が張り付き、終点まで川を遡っていく。それにしてもわ鐵は直線区間というものがなく、カーブばっかりである。おかげで速度も上がらず、桐生〜間藤間44.1キロを1時間38分かけてゆっくりと走っている。

鉄道ファンとしての沿線の見どころは、神戸駅にあるレストラン清流の外観である。ご存知かもしれないが、東武のデラックスロマンスカー1720系がホーム脇に置かれていて、車内で食事ができるというやつである。1720系は図鑑で見ることがあっても、実物を今まで見たことがなく、これを見るだけでもわ鐵に来る理由になるといったところ。神戸駅では列車交換のため10分間停車したので、じっくり見られてよかった。

1時間半以上の長時間乗車で辟易としたが、13時過ぎに終点間藤に到着。間藤は旧国鉄足尾線時代に、故宮脇俊三氏が国鉄線全線を完乗した記念すべき駅で、駅舎内にも自筆の原稿が飾られていた。しかし「時刻表2万キロ」でも触れられているとおり、足尾〜間藤間が一駅だけ未乗区間として残っていて、「いつでも行ける=いつになっても行かない」というパターンで、最後の区間になったのが実情である。私はこの本を教訓にしてJRの完乗を志したが、中央線石和温泉〜酒折の最後の一駅区間が、結局「いつでも行ける=いつになっても行かない」というパターンになってしまった。


間藤といえば宮脇さんの時刻表2万キロ


雨中を走る間藤と日光を結ぶ日光市営バス


写真では何度も見ているが実物は人生初


距離は短くなってしまったがリバティ乗車


到着までは普通の案内だが…


到着後1回だけ「お出口」表示

間藤から東武日光へは、日光市営バスに乗車した。白ナンバーのコミュニティバスだが、間藤と東武日光の間をわずか35分で結ぶ。東京から間藤まで行くなら、わ鐵を利用するよりも、このバスを利用した方が早く着きそうである。バスは日足トンネルを抜け、神橋など東照宮のお膝元を走るが、あいにくの土砂降りである。結果論であるが、日光東照宮の参拝をカットしておいて正解だった。

土砂降りが続く中、バスは東武日光駅に到着。東武日光駅は初訪問で、特徴のある駅舎は、写真では見たことがあったが、実際に見るのは初めてである。もっとも東武の株主になったので、今後はちょいちょい来れそうである。さて東武日光からはお楽しみのリバティに乗車する。台風が来なければ、翌日に日光から北千住まで乗る予定だったが、行程の組み替えで栃木までの短時間乗車になったのは残念である。

リバティに乗ったら、つっちぃが掲示板に書いていたことを確認しないといけない。それは車内のLED案内板が、デパートっぽく「お出口>>>」と表示されるという件である。しかし駅に到着する直前まで、普通の「こちらのドアが開きます>>>」という表示だったので、「なんだ、つっちぃ、違うじゃん」と一人ごちていた。ところが駅に停車してドアが開いた直後に、一回だけ「お出口>>>」という表示が出現。よくこの一瞬を切り取ったと感心してしまった。

栃木でリバティを捨て、再び青春18きっぷのお世話になる。両毛線で小山に行き、そこで水戸線に乗り継ぎ下館に向かう。両毛線はともかく、水戸線内では次第に風雨が強くなり、いよいよ台風が近づいてきた。真岡鐵道が運休になりやしないかとビクビクものだった。とはいえ最悪なのは、茂木からの折り返しが運休になって、茂木に閉じ込められることだが…。幸いなことに下館の真岡鐵道ホームには、スイカ色の茂木行きが待っており、定刻通り発車。夏休みでなければ高校生で満員となる列車だが、こんな荒れ模様の天気でもあるので、車内はガラガラである。

わ鐵とは対照的に、駅間はかなりスピードを出すが、比較的頻発しているので、列車交換で時間をロスする。下館〜茂木間41.9キロを、往路は1時間18分。復路は健闘して1時間3分で結んでいる。そうこうしているうちに沿線の主要駅真岡に到着。かの有名なSL形の駅舎も、車内からの撮影は、駅舎が大きすぎて入りきらず、失敗気味となってしまった。

その後、市塙で列車交換待ちの間に、那須烏山市と書かれたコミュニティバスが駅前に停まっているのが目に入った。「あの烏山じゃないよなぁ」と思い、後で調べてみると、あの烏山線の終点がある烏山だった。ということは茂木からの脱出方法は、真岡鐵道、JRバス以外に那須烏山市のコミュニティバスもあるということだ。次に茂木に来ることがあるかどうか分からないが、一度試してみたいルートである。

終点茂木に到着し、駅前に出て、土砂降りの中、駅舎を撮影し、ホームからSLの転車台を撮って、折り返しの下館行きで無事茂木を脱出。時刻は17時28分。もう茂木に泊まっていってもいい時間であるが、ここから6時間をかけて、北上する台風を避けながら浜松に向かうことになる。幸い東京、横浜ともに定刻の発車であり、新幹線を利用するという選択は無くなり、このまま鈍行に乗っていくという離陸決心速度を超えた。小田原で鈍行グリーン車どうしを乗り継ぎ、その先はほとんど台風の影響を受けなかった。熱海から久々に浜松行き最終こだまに乗車し、まだ100系の時代にこの列車に乗り、浜松駅到着直前に聞いた、昔の新幹線の到着メロディを一瞬思い出した。


夏に相応しいスイカ色のモオカ14形


真岡駅では必ず見たいSL形の駅舎


終点の茂木駅の奥には転車台がある


土砂降りの茂木駅。自宅へツバメ返しだ

<終>

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