ひとりでも乗りたいカシオペア
北に向かう夜汽車といえば上野駅は外せない

2月、暦の上では春。のっけから景気の悪い話で申し訳ないが、毎年この時期になると3月のJRダイヤ改正で消滅する列車が気になる。今年の目玉は、上野と青森の間を庄内地方経由で結ぶ、伝統のブルートレインあけぼの号である。「あさかぜ」や「はやぶさ・富士」ほどではないが、それなりにお世話になった列車であるので、もう一度「お別れ乗車」をしたいと思ったがキップが取れない。まぁA個室シングルデラックスにこだわった自分にも責任はある。しかし、1か月前の10時きっかりに窓口でマルスを叩いてもらい、なおかつ週なかばのド平日の夜に発つ下り列車でさえ、「すみません満席です」という答えが返ってきた。東北出身者にとっては「故郷に錦を飾る出世列車」の筆頭であるので、より思い入れの強い方にチャンスを譲って、あけぼの争奪戦から撤退することにした。

そんな時、JR北海道のサイトを覗いていたら、2月11日に上野を発つ寝台特急「カシオペア号」の部屋に、かなりの余裕があるのに気が付いた。さすがにスイートやデラックスといった部屋は埋まっていたが、部屋が比較的広い「カシオペアツイン車端室タイプ(喫煙)」は、まだ空きがあった。翌朝、出勤前に浜松駅の窓口で、かつては「プラチナチケット」と言われていたカシオペアの寝台券を購入。2人定員の部屋を1人で利用すると、特急券と寝台券については2人分の料金が必要だが、もちろん金に糸目をつけずに買ってしまった。巷の噂では、2年後の2015年度末の北海道新幹線函館開業時に、青函トンネルを通過する寝台特急は全廃されるらしい。カシオペアは車齢が15年と若く、まだまだ使用できそうだが、牽引する機関車がJR北海道やJR東日本に無く、それがネックになるらしい。まぁとにかく、乗れる時に乗っておくのが「乗りテツ」の鉄則。躊躇なく上野→札幌片道乗車券込み1人5万円也を支払った。


2人分の料金を支払い、ようやく手に入れたカシオペア号のチケット


かつて発車時刻の看板が掲げられた中央改札


五ツ星広場はラウンジではない


札幌行き列車の命運はいかに


便座の上には折り畳みの洗面所

というわけで、2月11日の祝日に東名バスで東上し、14時過ぎには上野界隈に着いた。16時20分の出発までは時間があり、アメ横を歩いたり、ドトールに寄ったりしたが、とうとうやることがなくなった。かつて列車名と時刻が書かれた短冊状の看板がかかっていた中央改札を抜けて、15時から利用可能となっている「五ツ星広場」へ向かった。寝台列車を利用する乗客専用のスペースという触れ込みだったので、てっきりラウンジ的なものを想像していたが、実際はホームの奥まったところにあるベンチが置かれた待合所という感じ。ホームとの間に、囲いはおろか仕切りロープすらないのでは、落ち着いて列車を待つ雰囲気ではない。なんだかなぁと思っているうちに「寝台特急カシオペア号は15時35分ころ入線予定です」とアナウンスがあ った。発車時刻の45分も前に入線するなんて…ますます五ツ星広場の存在意義に疑問を感じた。


祝日ということもあり、多くのファンが群がる


カシオペアツインにおさまり着替えて記念撮影


モニター横のドアを開けると洋式トイレがあった


椅子を伸ばしてベッドメイキングをした状態


先手必勝で手に入れたシャワーカード


下り列車のラウンジカーは機関車の直後


6号車にあるシャワー室


無料で配られる朝のコーヒー

そんなこんなで、いよいよお目当てのカシオペア号が13番ホームに入ってきた。祝日なのでカメラを構える鉄道ファンも多い。車内整備のため5分ほど待たされ、ドアが開くのももどかしく6号車2番の部屋へ。2階建てが標準なところだが、車端室ということで平屋になっている。その分、天井が高く、部屋へのアクセスも階段を使わずに済むのでラクである。札幌向きにあるラウンジカーなど、ひととおり車内を見て回っていると、「3号車でシャワーカードを販売します」と車内放送が入った。こういう時は先手必勝に限る。急いで3号車に向かうと、長い列ができていた。ようやく自分の番が来て、夜の部で唯一空いていた20時〜20時30分で予約した。この日は10号車のシャワー室が故障で利用できず、シャワー室は自室の隣にある6号車の1基だけが稼働。上野出発前にカードは売り切れ、カシオペアの寝台特急券以上にプレミアチケットと化したようだった。

定刻通り16時20分に上野駅を発車。出発前から浴衣に着替え、バランタインのボトル、タンブラー、氷などを窓辺のテーブルに並べて、すっかり「飲み鉄」モード。日脚の短い冬とはいえ、出発時刻が早く、かなり長いこと車窓が楽しめるので嬉しい。その一方で、大宮駅などでは、ホームで電車を待つ若い女性から「変なおじさん」みたいな目で見られるのが少々気まずい。宇都宮を過ぎるとすっかり暗くなったが、那須高原に差し掛かると雪景色になり、満月手前の月明かりに照らされて、消灯状態の部屋が明るくなった。まもなく卒業シーズンを迎えるが、「蛍の光、窓の雪」の世界である。そんなことを酔いにまかせて考えながら、カシオペア号は東北の地へと進んでいくのだった。

郡山を過ぎて、福島を発車したのをしおに隣のシャワー室に向かった。シャワーカードを買った時には「昼間っから飲み続けて、夜8時まで起きていられるかしらん…」と思ったが、実際車窓をつまみに飲み進めていると、4時間なんてあっという間だった。さて、シャワー室は30分間の予約制だが、実際にお湯が出るのは6分間。でも、この6分間が結構長く、シャワーを出た後は汗が噴き出した。部屋に戻ると急速に眠気が襲い、シートの背もたれを倒してベッドにし、そのまま眠ってしまった…。

…目が覚めたのは丑三つ時の青森駅。時計を見ると2時半前を差していた。昨夜つけたまま眠ってしまったTVモニターに、ソチオリンピックの男子ハーフパイプ決勝の模様が映っていた。これぞBS放送を受信するカシオペア号の真骨頂といった感じで、14インチほどの小さな画面にかじりついた。トンネルに入ると受信しないので、青函トンネルに近づくにつれて中継が途切れ途切れになった。それでも、なんとか平岡卓の2回目の滑りは見られた。その結果、少なくとも平野歩夢か平岡のいずれかがメダリストになることが確定。平野の2回目の間に青函トンネルに突入し、その後何がどうなったのかは分からず仕舞いで、かなりやきもきした(結果はご存知のとおり)。

青函トンネルを挟む青森と函館の間は、上野出発時点とは逆向きに走っているので、ラウンジカーは最後部になる。このチャンスにラウンジカーに行かない手はない。そう思い12号車に出向くと、午前3時過ぎというのにカップル、親子連れの計2組が陣取っていた。最後部に座っていた親子連れに一声掛けて、青函トンネルの線路をガラス越しに撮影した。これさえすれば居心地の悪いラウンジカーに居座る理由はなくなり、自室に戻って二度寝ということになった。再度の目覚めは森と八雲の間。ちょうど内浦湾の上空がうっすらと明るくなる頃だった。

長万部を発車後、ダイニングカーの営業と車内販売の案内放送が入った。昨夜のディナーは、既に体験済みの北斗星と同じメニューだということで予約をせず、パブタイムは夢の中であったので、朝食はぜひダイニングカーに行きたい。でも、営業開始直後は混むので、独り身の自分には辛い。そこで8時のオーダーストップ間際を狙おうという戦略を立てた。果たしてこの狙いは目論見どおりになったが、二度寝をしたとはいえ、深夜2時台から起きているので、この空腹をなんとかしたい。そんなわけで、はなはだ遺憾ながら朝食を2回取ることにした。1回目は車販にあわせて、フリードリンクのコーヒーとサンドイッチを購入。別にどうということもない食事だったが、朝日きらめく内浦湾を見ながらなので美味しさが倍増。2回目の朝食は 1回目の影響が残り、余分だったかもしれないが、久々のご飯とみそ汁の和朝食を美味しくいただいた。ダイニングカーは2階席にあり、その眺めの良さに、今はなき100系グランドひかりの食堂車を思い出した。

ダイニングカーから自室に戻る途中で見た、雪を被った樽前山は見事だった。この山が見えてくると、カシオペアの旅路もあと1時間。苫小牧、南千歳と停車し、快速エアポートで勝手知ったる千歳線を北上すると、間もなく北の都。終点札幌駅には、ほぼ定刻通り到着した。


ラウンジカーが最後部…青函トンネルを通過中


長万部付近の内浦湾に朝日が昇る


車窓いっぱいに広がる内浦湾が最後の見所


3号車のダイニングカーで鏡に映った筆者


和朝食をオーダー。ディナーに比べるとお手頃


和朝食もコーヒー付。一輪挿しは車内で購入可


朝日が降り注ぐ窓の大きなダイニングカー


冬の樽前山。雪を被った雄大な姿が印象的


札幌に到着後のDD51重連の2台目(次位)


雪を巻き上げて真っ白かと思いきや綺麗なもの


大通公園のさっぽろテレビ塔

昨日まで雪まつりが開催されていた札幌では、まだ壊されずに残っているかもしれない雪像、氷像をぜひ見たい。歩いて大通公園に出て、そこから西に向かうか東に向かうかで躊躇した。結局、バスセンターのある東の方向に歩いたが、これが選択ミス。雪像の多くは地下鉄大通駅より西側にあり、東にあるのは道新の「ハートの宮殿」(氷像)くらいだった。その氷像付近も立ち入り禁止になっていて、かろうじて押さえた画像が右上のものである。まぁ、これで一応満足し、そのままバスセンターに向かった。ところがバスセンターから発車するバスは、道内各地へ向かう長距離バスばかりで、空港リムジンバスの表示はなかった。仕方なくバスセンター前駅から地下鉄東西線に乗車し、大谷地で新千歳空港行きのバスに乗り継いだ。

新千歳空港から羽田なり中部へ飛んでしまえば、これで旅は終了する。しかし私は12時15分のJAL2717便で女満別に向かう。目的は流氷見物。網走滞在はわずか30分程度と、ほんの一瞬だけタッチしてくるようなものだが、せっかく北海道まで来たんだし(それにしちゃ遠いが)、行きがけの駄賃みたいな感覚である。女満別に向かう機材は、エンジンの甲高い金属音が好みのCRJ。通路を挟んで2列+2列のシート配置は、いつも思うが観光バス的で、沖縄の離島といい、北海道内の路線といい、ゲタ代わりに相応しい機材である。


雪の街の玄関口として鎮座する札幌駅


雪まつりの面影はこの氷像だけだった


新千歳空港で出発を待つCRJ-200


女満別空港から観光タイプ路線バスで網走へ

新千歳から女満別へはわずかなフライト。それほど高度を上げることもなく、シートベルト着用のサインが消えたかと思えば、数分後には点灯し「最終の着陸態勢に入りました」と案内が入る感じだった。女満別空港で観光バスタイプの路線バスに乗り継ぎ、バス停を丹念にたどりながら網走に向かった。石北線との並走区間では、ノースレインボーエクスプレスが追い抜いて行った。後で調べると、この列車は臨時列車の「流氷特急オホーツクの風」号で、札幌駅を7時55分に発車している。その時間には、私はカシオペアのダイニングカーにいたので、改めて飛行機の速さを感じたわけである。

バスは30分ほどで網走駅前に到着し、数人の乗客を降ろして市街地方向へ。網走バスターミナルを経由して、終点が網走流氷砕氷観光船のりばバス停である。この観光船のりばが、道の駅「流氷網走街道」を兼ねている。流氷が接岸しているようなら、ここまで来れば流氷見物できるのだが、いくら寒かろうが、北風が吹こうが、流氷見物は運まかせの面がある。週末の寒波で、道東もかなり風雪が強かったようだが、この日は流氷が岸を離れてしまっていた。目をこらせば水平線に白いスジ(下の画像参照)が確認できるので「あぁ、あれが流氷かな」って感じであるが、いかんせん感動は薄かった。砕氷船に乗るか、知床方面へ足を伸ばすかすれば、いくらでも流氷を眺めることができるが、それは当初より織り込んでいるように、できない相談である。それよりも、ほんの数時間前にカシオペア号のダイニングカーに乗っていたことが、本当に今朝のことだったのか、不思議な感じだった。最高気温マイナス5度の町を「また今度、来ればいいや…」とつぶやきながら、私はバスターミナルに歩みを速めた。


はるばる来たぜ「道の駅 流氷網走街道」へ


網走付近には流氷は接岸せず、水平線に見える白いスジとして辛うじて肉眼で確認できたのみ。気象条件は思うようにいかない…

<終>

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