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タ イ 鉄 道 ぶ ら り 旅

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30歳を過ぎて初めて海外旅行を経験した私は、今の時代では相当なオクテである。しかし1回海外に足を踏み出した途端に加速が付き、パスポートのスタンプ欄も人並み以上に埋まっていった。何回も旅行をしているうちに、国内の時と同様に鉄道旅行をしたいと思うようになり、これまで香港、韓国、ニュージーランドの鉄道に少しずつ乗ってきた。今回、自社ツアーのノルマ消化のため、同僚8人でバンコク2泊4日の旅行をすることになり、それならということで、フリータイムを利用してバンコク近郊の鉄道にぶらりと乗ってみることにした。
バンコク滞在3日目の2004年2月1日日曜日、当日になって同行を決めた川村氏と2人で、滞在先の「ロイヤル・オーキッド・シェラトン」からタクシーに乗った。タイ国鉄の中央駅であるフアランポーン駅まで2`弱。料金は37バーツ(約102円)だった。日本に比べてタイの物価は驚くほど安く、日本では歩ける距離もすぐタクシーに頼ってしまう。もっとも朝9時の時点で気温は30℃を超えており、駅まで歩けば確実に汗だくで、清涼飲料水などの余分な出費がかさむに違いない。
駅の勝手口みたいなタクシーだまりに到着し、そこは東南アジア独特の猥雑さがムンムンとしていたが、駅舎の正面に回ってみれば、右の画像のとおり国旗が掲げられた堂々とした建物であった。さて、特に行き先も決めずにホテルを出てきたため、キップを買おうにも出札口で目的地を言うことができない。とりあえず昨日行ったアユタヤ以外に行きたいので、北方面はパスである。となれば「戦場に架ける橋」で有名なカンチャナブリーに行ってみたい。さっそく我々は案内所に向かい、時刻表を見せてもらった。しかし、残念ながらカンチャナブリーへ向かう列車は早朝に一本あるだけで、今日中に往復するのは無理な模様である。それではということで、同じページに載っていたCha Choeng Sao Jn.という駅に向かう列車に乗ることに決めた。すぐ後の9時40分に出るということで、急いでメモに駅の綴りを書き留めた。そのメモをそのまま出札口の女性に渡し、ようやくキップを手にすることができた。値段は13バーツ(約36円)。2時間も列車に乗ることを考えると驚異的である。キップは下の画像のとおり、コンピューター発券の立派なものだった。指定席ではないにもかかわらず、列車番号やら発車時刻・到着時刻まで打ち出されており、どういう意味なのか判断に困ってしまう。我々はそのキップを手に7番線に向かった。改札口には駅員らしき人がいるもののキップを見る様子もなく、プラットホームへはフリーパスのようであった。

フアランポーン駅正面にて筆者


フアランポーン駅の出札窓口前にて


まんまキハ58のタイ国鉄ディーゼルカー

7番線に停まっていた列車は、日本のキハ58の中古だった。日本でもまだ非電化のローカル線で活躍中だが、こちらは余生を異国の地で送っている。おそらく30年ほど前は急行列車として日本で活躍していたのだろう。7〜8両の長大編成で、このへんも往年の急行列車を彷彿とさせる。感慨深く列車を眺めていたが発車時刻が迫っている。我々が乗り込むと、ほどなく列車は動き出した。
走り出してもドアが閉まるわけでもなく、連結部分には幌が架かっているわけでもなく、安全面に関してはすこぶるアバウトな車輌である。川村氏はそこが珍しかったらしくデジカメで次から次へと撮影している。私はデッキで立っているのも疲れるので、客室に移動した。
座席は8割がた埋まっており、適当なオッサンの隣に腰掛けた。車輌によってはオリジナルの4人がけボックス席もあったが、私が腰掛けたのは新幹線の普通座席を再利用した簡易リクライニングシートだった。それなりに快適で、私は眠くなってきた。
列車は丹念に駅に停まって、なかなか距離を稼げない様子である。発車から30〜40分経っても、まだバンコク近郊から抜け出せないでいる。日本と異なるのは、下り列車にもかかわらず途中の駅から次々とお客が乗り込み、始発時点よりも車内が混み合っていくことである。空席は瞬く間に埋まっていき、立ち客も目立ってきた(下の川村氏の画像参照)。人いきれで車内はムシムシとしてきたが、クーラーが付いているにもかかわらず一向に動かす様子がない。それでも暑がっているのは我々だけで、日本でいえば夏の盛りのような気候にもかかわらず、現地の人はジーンズなどを穿いていて暑がる様子もない。不思議に思った川村氏が、そのことを帰国前に現地ガイド氏に尋ねたところ、タイは今が一番涼しい季節だからという答えが返ってきた。郷に入っては郷に従えといったところである。

窓口でコンピューター発券されたチャチュンサオまでのキップ


まっすぐに東へと伸びる鉄路


車内の雑踏を背にする川村氏

駅名 /列車番号(往路) 373
Bangkok 09:40
Makkasan 09:53
Klong Tan 10:00
Huamark 10:08
Ban Thap Chang 10:15
Lat Krabang 10:23
Pra chom klao 10:28
Hua Ta Khe 10:33
Klong luang Phaeug 10:51
Preng 11:03
Klong Bang Phra 11:14
Bang Toey 11:22
Cha Choeng Sao 11:29

日本の中古を色濃く残す車体


なぜか先頭は機関車が連結されていた

バンコクを出て1時間くらい経って、ようやく車窓はのどかな田園地帯が広がってきた。熱帯植物の樹木が、普通に田圃のまわりに生えているところが実に東南アジアらしい。私はベトナム戦争の映画をよく見るのだが、風景はまさに映画そのもので、川村氏は「ゲリラが出てきそうな雰囲気」と言っていた。
途中の駅で特急列車や貨物列車に抜かれながら、徐々に目的地に近づいて、定刻どおりに列車はチャチュンサオ駅に到着した。終点でもないのに、車内の乗客はあらかたここで下車した様子である。いったいここには何があるのだろうか?
さて、我々はてっきり西に向かっていたものとばかり思っていたが、よくよく調べてみるとバンコクから70`ほど東に来た模様である(帰国後、調べてみたら有名なパタヤビーチへの線路がここで分岐していた)。特にあてもなく、このチャチュンサオに来たので、まずは駅周辺を歩いてみることにした。駅前からはピックアップトラックの荷台に屋根を付けたクルマが、無数の人を乗せて走り去っていく。どうやら「乗り合いバス」みたいだが、我々にはとても乗る勇気がなく、頼りは自分の足だけである。しかし散歩も、ものの10分で終えざるを得なかった。駅の正面からまっすぐ200bも歩かないうちに、荒地が広がっており、特にめぼしいものはなかったからである。
実は列車で駅に着いた時から気にかかっていたのだが、出札口がひとつしか開いていない小駅にもかかわらず、キップを求める乗客が列をなしていた。100人くらいが列を作っているように見え、帰りのキップはなかなか買えそうにないなぁと薄々感じていた。そこへもってきて、こんな何もない町に来てしまったものだから、できることならなるべく早く帰ってしまいたい。とても次の列車の発車時刻である12時31分までにキップが買えそうにもなく、我々は異国の地で途方に暮れていた。

チャチュンサオ駅をバックに筆者


川村氏の背景には黒山の「乗り合いバス」?


陸橋よりチャチュンサオ駅の全景を見下ろす


駅前の通りはクルマの長い列が…


タイ名物のトゥクトゥクに乗車


帰りのキップは車内補充券

このままでは仕方がないので、とりあえず隣の駅まで戻って列車に乗ってみることにした。幸いトゥクトゥク(上の画像参照)は駅前にたくさん停まっていたので、それに乗ることにした。ところが、隣の駅の名前が分からない。私は出札口の横に貼ってあったタイ語の時刻表の駅の名前を、見よう見まねで書き写し、そのメモをトゥクトゥクの運転手に渡し値段交渉をした。結局100バーツ(約276円)で交渉は成立した。
トゥクトゥクは、日本で昔走っていたミゼットのようなオート三輪で、常識で考えれば高速道路を走れるようなシロモノではない。なのに我々の運転手は平気で高速道路の追い越し車線をかっ飛ばし、我々に新鮮な驚きを与えてくれた。途中で2回ほど道を間違えたものの、なんとか目指すバントイ駅に到着した。降りるときに120バーツを請求され「話が違う」と思わず口論になったが、川村氏にとりなされて渋々120バーツを支払った。日本円でいえばたかだか60円足らずだが、どうも納得いかなかった。
プラットホームに立つとほどなく、まっすぐに伸びる線路の彼方に列車が見え、なんとかギリギリ間に合ったとホッとした。列車に乗り込むとすぐに車掌が回ってきて、バンコクまでのキップを購入した。片道12バーツで、10バーツと2バーツの車内補充券をくれた。右の画像は2バーツの方のキップである。

連結部分は手すりだけ。線路まる見え


線路ぎわまで民家が迫る。ホームではない

駅名 /列車番号(復路) 368
Cha Choeng Sao 12:31
Bang Toey 12:37
Klong Bang Phra 12:44
Klong Kwaeng Klan 12:48
Preng 12:54
Klong Udom Chonlajorn 12:58
Klong luang Phaeug 13:06
Hua Ta Khe 13:15
Pra chom klao 13:18
Lat Krabang 13:24
Ban Thap Chang 13:34
Huamark 13:50
Klong Tan 13:58
Makkasan 14:05
Bangkok 14:19
   
フアランポーン駅にて列車の撮影…<左>向かって左側に散髪屋さん <中>頭端式ホーム <右>帰りに乗車した列車


どこ行きかは知らんが長距離客車列車


優等列車のホームのドーム型屋根

帰りの列車は、タイ国鉄のオリジナル車輌らしいステンレスの車体で、座席はセミクロスシートだった。相変わらず車内は混んでいて、座れたのはBan Thap Changなる駅からであった。
帰りも丹念に駅を巡り、定刻に終点に到着した。どうやらタイの国鉄は、わりあい時間に正確なようである。フアランポーン駅到着と同時に、私は列車の撮影に駆けずり回った。ここを出るときには時間がなくて気付かなかったが、この駅の優等列車のプラットホームは、ドーム型の屋根が架けられていてヨーロッパの駅を彷彿とさせる(かといってヨーロッパに行ったことがあるわけではないが…)。おそらく頭端式のホーム(日本でいうと上野駅の東北線ホームが代表例)も、それに一役買っているように思う。
ひと通り列車を撮り終えて、我々はバンコクの繁華街に繰り出した。マーブンクロンセンターと東急百貨店でお土産を買った後、ホテルに戻るためBTS(Bangkok Mass Transit System=市内高架電車)のナショナルスタジアム駅に向かった。
BTSはバンコク市内に23.5`の路線網を持ち、2系統に分かれている。ナショナルスタジアム駅から、ホテルへの連絡船が出るサバーンタクシン駅へは、乗り換えなしなので便がよい。設備的には、かなり近代的で、プリペイドカードを自動改札機にそのまま入れて精算するシステムである。もちろん車内はエアコンが効いていて快適である。
ここでも例によって写真撮影に精を出していると、川村氏は先に電車に乗り込んでいて、そのままドアが閉まり発車してしまった。後で川村氏に聞いたところ、帰り方が分からず、かなり途方に暮れたらしい。私は予定通り、終点から船に乗り継ぎ、無事ロイヤル・オーキッド・シェラトンに戻ってきた。川村氏は先にホテルに着いていた…。開口一番「加藤に捜索願を出すところだった(怒)!!」

都会の足として活躍するBTS


チャオプラヤ川を上りホテルが見えてきた

<おしまい>

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