薬に頼らない遊育療法

 考え方として、薬に頼らなければならなくなるより前の段階で、症状が軽いうちに手を打つことが大切なこととなってきます。その中で、つぎの5つのことがポイントとして考えられると思います。

★まず直接的な指導としては
 1.ビジョントレーニング
 2.学習レディネス、レディネス前レディネス指導
 3.こだわり、転導性の抑制

また、指導に対する環境整備として
 4.子どもを正しく理解する
 5.子どもの居場所作り

 これらのことを中心として様々な取り組みを行っていますが、これらの活動の包括的な呼び方として、「遊育」という言葉を使っております。

1.ビジョントレーニング

 軽度発達障がい児は、視空間の弱さがある子どもが多いと言われています。目もとがしっかりしていなくて、何となくボーとしている子ども、反対に常にキョロキョロしている落ち着きがない子どもなど、実際、私たちが日頃接している子どもたちを見ましても、そう感じることが多くあります。

 こういった特徴をもちあわせているが故に、問題行動を起こしてしまう、行動異常をきたしている、また社会性の問題を抱えている等のことにより、学習に遅れをきたしている子どもがたくさんいます。

 このことの原因と考えられる「視空間の弱さ」は基本的には目から脳への情報伝達が的確に行われないことが原因と考えられます。しかし、私はこのことに加えてもう一つ、「周囲の物や人を見ようとする姿勢の弱さ」があるのではと考えております。
 これがあると、子どもの知識の構築に悪い影響を与えることは想像に難くありません。逆に言えば、この「見ようとする姿勢の弱さ」に何らかのアプローチをしていけば、改善が期待できるのです。

 なぜそのようなことが起こってくるのかといえば、幼児期から存在している視・聴覚性の問題、こだわり、転導性などの固有な特性のために、身の回りにある遊具・玩具などの本来あそび道具として存在している物に対して、正しく認識できていなかったり、親御さんや、周囲からの呼びかけや遊びの誘いかけに対しての反応が鈍くなったりします。

 そうなると人間関係(対人関係)やコミュニケーション能力の基礎である「物・人との関わり」に弱さが見られるようになります。これは、様々な情報を自己の中に取り込むことによって発達していく子どもにとって、大きなハンディキャップとなります。
 ハンディキャップをできるだけ小さくするためには、この「物や人との関わり」をどのようにして強化してあげるかが決め手となると考えています。この指導が「遊育指導」のキーポイントとなり、最優先課題としてこの強化に取り組んでいる事柄です。

 遊育指導の一つの柱「集団指導」において、このような子どもに対して、ダイナミックな遊びを与えてやることにより、子どもの心を揺り動かすような感動や強く心に残るような思い出、また遊びの楽しさおもしろさを教え、それを通して人との関わる喜びを得させることを心がけて指導しています。

2.学習レディネス・レディネス前レディネス指導

 私たちは、学習指導、集団指導、家庭指導の3本柱で取り組んでいます。学習指導は道具的教科である国語・算数を主にマンツーマンで教えています。
 国語・算数の教科学習を下支えしているものに、学習レディネスがあります。軽度発達障がい児が学習につまずく原因の一つにこれらの学習を進めていく上で土台となる能力が弱いことがあります。

 また、そのレディネスの土台となるレディネスがあり、私たちはそれを学習レディネス前レディネスとよんでいますが、軽度発達障がい児は、ここの部分においても多くの場合弱さが見られます。この弱さが根っこの部分にあり、それが遅れの根本原因と考えています。ですからこの部分の強化につとめています。これには集団指導と家庭指導で取り組んでいます。(「学習障がい児の学習レディネス指導」参照)

3.こだわり・転導性の抑制

 ここで、問題行動の中の「こだわりや転導性をもつこども」について考えてみたいと思います。「こだわり」とは、「ある特定の物や事柄にのみ関心を示し、それ以外の物に関心を示さないこと」です。一方「転導性」とは、「興味・関心がちょっとした刺激でほかに移り、集中時間が極端に短い」ことです。

 こだわり・転導性をもっている子どもたちは本当の遊びというものを経験することなく育ってきています。遊びの楽しさおもしろさを会得することなく育ってきていますから、その遊びの中で本来獲得しているはずである、人との関わりも弱いのです。これに関しては、私たちは「集団指導」の場で取り組んでいます。

 もう一つの指導の柱である「家庭指導」においては、とくに、「物との関わりの強化」や「興味関心の幅を拡げる」ということを狙いとして指導しています。こだわりのある子どもは、じぶんのこだわった世界から抜け出そうとしないわけですから、どうしても「興味関心の幅が狭く」なります。

 こだわりの抑制には、「興味関心の幅を拡げてあげる」ことが必要となります。そのことによってこだわった世界から抜け出せるようになるのです。そうなるとこだわりに変化が見られるようになります。こだわった事柄の対象が次第に変化していきます。それを繰り返すとこだわりが少なくなり、個性の範囲に収まるようになってきます。(「遊育で伸ばす軽度発達障がい児」参照)

4.子どもを正しく理解する

 軽度発達障がい児は特性が複雑であり、多様性があるために解りにくい存在です。そのために、どのように子育てをしていけばいいのかが解らず、常に不安や悩みを抱えているというのが親御さんや周囲の人の率直な思いではないでしょうか。
 この「我が子が理解できない」という状態が、問題の解決の大きな妨げとなっていることが考えられます。ですから、指導の第一歩は「子どもを正しく理解する」という所からはじめなければなりません。

 そのための基礎的資料としてわたしたちが重視しているのが、「プロフィール用紙」と「観察ノート」です。この2つを使って「家庭指導」「集団指導」「学習指導」を進めていきます。特に親御さんが直接の指導者として活躍する「家庭指導」においては最も強力なアイテムとして活躍します。

 「プロフィール用紙」には、お子さんのこれまでの生育歴、言葉の遅れの程度、遊びの発達過程、学習の遅れなどを親御さんに書いて頂いております。また「観察ノート」においては、指導開始後からのお子さんの経過を書いて頂くようにしております。わたしたちは、このプロフィール用紙から見えてくる多くのデータから、お子さんの状態を読み取り、それを親御さんにアドバイスします。

 また「観察ノート」によりお子さんの変化の様子などを読み取り、これも親御さんにフィードバックします。そうしてお子さんの真の状態を親御さんに理解して頂くと共に、これからの指導方針並びに具体的な指導の方法もアドバイスします。
 これにより、親御さんは安心して指導にはいっていくことができ、また自信を持ってお子さんに相対することができるようになります。これがよりいっそうの指導の進歩を促すと考えています。

 また、子どもは「親の背を見て育つ」といわれております。親御さんが精神的に不安定であれば、子どもも敏感に感じ取り、子どもまでもが不安定になってしまいます。子どもを安定させるためには、まず親御さんが安定することが求められます。「家庭指導」のでのカウンセリングはこのためにも非常に役立つものとなっています。

5.子どもの居場所作り

 小学校高学年になると、孤立を深める子ども、二次障がいが強まっていく子どもが一段と増えてきます。また、周囲の言動に敏感に反応してしまい、理解のない人には不信感を持つ子ども、周囲の人たちから相手にされず寂しさを感じている子どももいます。
 これらの子どもにとって必ずしも現実社会は居心地のいい物とはいいがたいといえます。こういった子どもたちが安心していられる場所、あたたかく迎え入れてくれる場所が必要です。また、本人たちを理解してくれようとする周囲の大人たちの存在も不可欠です。
 そういった子どもたちは、現実社会において不満やフラストレーションを多く感じているのも事実で、そのために問題行動が起こっていることも考えられます。こういったことを解消してくれる人や場所の確保も必要となってきます。

6.まとめ

 以上申してきたこと全てが、薬に頼らない方法とはいえないまでも、これらの問題や課題を一つ一つ丁寧に解決していくことにより、結果的に薬に頼らなくても日常生活が送れるようになると考えています。
 このことを実現させる物として「遊育指導」があります。そしてそれを実践する場所が「家庭指導」や「集団指導」なのです。特に「家庭指導」は大きな役割をになっており、親御さんがどのように取り組まれるかによって、成果にちがいが表れてきます。

 実際、熱心に取り組まれる親御さんですと、3ヶ月もすると、「長い文がいえだした」「会話に時々難しい言葉もはいるようになった」「今までは会話がちぐはぐだったのが、解るように話せだし、会話が成り立つようになってきた」等の言葉に対する伸びや、「ともだちと遊ぶ約束をしてきた」「行動面で落ち着きが見られるようになってきた」等々行動面での変化も見られるようになってきます。

                                       2007.11.01
                              津田 誠一(発達・学習研究会)


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