パンダって静か?〜Henlikの仮説



パンダに普段乗っていて、たまに国産車に乗ると、それが例え軽自動車の商用タイプであっても、その静粛性に驚かされたりします。それでしばらくは感心しているのですが、しばらくするとなんか静かなはずの音が鬱陶しくなって来るんです。そして、目的地に着き、エンジンを切った瞬間、あれっ?と思うほど静かに感じて、耳や頭にまとわりついていた重たいものがすっと消えて楽になる。

パンダはどうか?まぁ、アイドリングは国産と比しても問題ない程度に静かですが、走り出せばエンジンの透過音も特に加速時において大きめだし、ロードノイズもそれなりに進入してくる、その他内装の軋み音もするし、サスペンションからポコポコした音も聞こえる。例え軽やリッターカーでも押し黙ったように静かな国産に比べれば、まぁ賑やかである(^^;)。

しかし、それに注意を払わなければ、自然に音は意識から消えていくんですよ。少なくとも、絶対的な音量が許容範囲を超えるほど、エンジンを回したり飛ばしたりしない限り。私はパンダでクルージングしていると「ああ、なんて静かなんだろう」と思います。国産のようになんか頭にまとわりついてきたりはしないんです。

これは私の勝手な想像による仮説にすぎないのですが、人間というのは音の刺激に対して絶対的にではなく、相対的に反応するのではないでしょうか。つまり、音の「快/不快」は絶対的なヴォリュームではなく、周波数分布のバランスによって決まるのではないかと。たとえば、人間にとって不快な周波数というものがあって、全体のヴォリュームとその部分の比率が、音における快適さを決定するとか、そういうことなのではないかな。だから、うるさいのに快適なクルマや、静かなのに不快なクルマが存在すると、私は思うんです。

また、パンダはその静粛性の割に同乗者との会話が楽なことも特徴的なんですね。だから、パンダに乗ると会話が弾んで楽しいんです(^_^)。これも、きっと周波数バランスの問題で、人間の声をマスキングするような音は発生しないようなチューニングになっているのでしょう。

あまり好きな言い方ではないのですが、こういうところに「文化の深さの差」というものが、現れているような気がします。