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♪- にっきちょう -♪

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[ ラマーズ法 ]
出産する病院を決めるのは、なかなか難しい。何を基準にするのか、評判はどうなのか、いろいろファクターがある。

前回の出産の時、まず私は、病院自体があまり好きではないので、できるだけ病院ぽくないところを選ぼうと思っていた。大学病院とか総合病院とかだと他の科の患者さんもいるし、あのいかにも病院という雰囲気が好きではないのだ。人によっては、大きいところのほうが何かあったときに安心だといってそちらを選ぶ人も多い。人それぞれだ。
里帰り出産はしないことにしたので(ぎりぎりまで仕事をするので、検診に通う余裕がないため)、まず自宅の近くの個人病院を探した。そして一番良さそうな病院を見つけて行ってみたのだが、残念なことにその病院は改装中で、しばらく入院はとらないということだった。
そこで、また一から探すことになったので、ちょっとじっくり探してみることにした。自分はどんなお産がしたいのか、もう一度考えてみたのだ。
私は痛いのが嫌いなので、無痛分娩を実施している病院にもちょっと惹かれたのだが、無痛といっても全く痛くないわけじゃなさそうなので、その条件はあまり考えないことにした。しかし、痛いのはいやだ。何がいやだって会陰切開。しないで済むならぜひ避けたかったので、会陰切開をしない病院を探して、あるクリニックを見つけた。いろいろ調べて、そこで出産をすることにしたのだが、結局会陰切開は避けられなかった。助産院でもなければ、今は会陰切開をしない病院はないのだ。
他に、たとえば立ち会い分娩が出来るとか、臍帯血を保存してくれるとか、母子同室だとか挙げればいろいろ条件はあるのだが、それら全てを満たしてくれる病院というのはない。

その病院は、他にマタニティヨガの教室を開いていて、出産にもソフロロジー式呼吸法を取り入れていた。それらについて、特に興味があったわけじゃないのだが、やらないよりはマシかと思って週一回のヨガ教室に通った。そこで知り合った友人とは今でも仲良くしてもらっているので、決して無駄ではなかったが、ヨガとソフロロジーの方は別にいらなかった。
私は破水が先に来た早産で、とても難産だったので、ソフロロジーの呼吸とかヨガの瞑想とか言ってる場合でなく、婦長さんも最後には「もうソフロロジーとか関係ないからとにかくいきんで!」と叫んでいた。私は、最終的にはお産とはそんなもんだと思っている。

そして今回の病院は、前回改装中で入院できなかった病院に再度チャレンジ。特にそこがいいというわけではないのだが、自宅から近く、改装後で新しいし、女医さんがやさしいので決めた。新しくなり、全室個室シャワー付きなので、入院費もそれなりにお高いのだけど、一生にもうないかもしれない出産にけちけちしないことにした。何のために私は働いているのだ、こういうときに使うべきではないのかと。

さて、その病院ではラマーズ法を取り入れている。前回のソフロロジーでその限界を知っている私は、別にラマーズ法でなくてもいいと思ったので、教室が開かれていると聞いても参加するつもりはなかった。強制ではないし、人数制限もあったので。立ち会い出産を希望している人は夫の参加が決められていたが、私は夫に立ち会ってもらうつもりはなかったので(立ち会ってもらっても何の役にも立たない。なぜみんなは立ち会ってもらいたがるのだろう、いよいよ出産って時にそばにいられたら私は「うるさい!」とかいいそう)、全然参加する気はなかった。
しかし、よくよく聞くとこの病院では陣痛室への立ち会いの場合もラマーズ教室への参加が決められているのだった。

普通、陣痛が始まると、まず陣痛室へ連れて行かれる。そこでぎりぎりまで我慢して、いよいよ生まれるという段階になってやっと分娩台にあがるのだ。陣痛は5〜6時間から10時間くらいあり、分娩台には長くて2時間というのが相場だ。(私の場合、前回は分娩台にあがってから5時間という記録を保持している。)つまり、かなり長いこと陣痛室で陣痛の痛みに耐えなければならないということ。私は前回一泊した。その間、夫も一緒に泊まってくれて、ずっと腰をさすってくれたのはとてもありがたかった。分娩室へ立ち会ってくれなくてもいいけど、陣痛室へは来てもらいたい。一人で孤独に陣痛の痛みに耐えるのはつらいものがある。

ということで、急遽ダンナともどもラマーズ教室に参加することとなったのだ。ラマーズ法の呼吸でそんなにラクになるとは期待していないが、やらないよりはマシだろうし、とにかく陣痛室への立ち会いを許可してもらわないことには始まらないので、しぶしぶ受けている。

あと一回、来週の講義を受けるまではお願いだから生まれないで〜とお腹に話しかける日々である。
2002/07/20(どようび) はれ


[ 続・耳フェチ ]
息子が耳フェチになってしまったことは以前書いた。
最初は自分の耳、次に私の耳。ここまでは、まあしょうがないと思って見逃してやったが、まだ愛情不足なのか、やがてダンナや私の母の耳まで触りだし、対象がどんどん広がっていった。まさか保育園の先生やお友達の耳まで触っているとは思わないが、先生には恐くて聞けない。

そしてついに先日、私の耳に吸い付いた!
みみたぶをチュウチュウ吸い始めたのだ。おいおい!
おっぱいの代わりに耳を触っていたのだから、耳たぶを吸うということは、おっぱいがほしいということなのだろう。そもそもおっぱいも諦めたワケじゃなくて、隙あらば触ろうとするのだが、私が懸命に阻止している。
絵的に非常にみっともないので、なんとかやめさせたいのだが、方法が思いつかない。あと一月で赤ん坊が生まれるというのに、こんなことでいいのだろうか。(いいや、よくない)
2002/07/17(すいようび) くもり


[ 台風一過 ]
台風が苦手だ。
というより、台風一過の晴天が苦手なのだ。

急激な気圧の変化に身体がついていかない。たぶん低血圧だということにも由来しているのだろうと思うが、とにかく頭が上げていられないほどくらくらする。
夜に来て、明け方に去っていくタイプの台風ならば、寝ている間のことなので、さほど問題はない。起き抜けにちょっとつらいくらいだ。
また、通り過ぎたあともだらだらと雨雲を引きずっているような台風もそんなに気にならない。
しかし、大型といわれていて、去ったあとにスコーンと抜けるような青空になった場合は要注意だ。最初は、何か変だと思う。それから立っていられなくなって、横になると、もう枕から頭があがらなくなる。数秒から数分後には意識不明の爆睡状態になる。全くの空白の数時間。
その間、火事があろうが電話が鳴ろうがまったくわからないのだ。今回もそうだった。家に息子と二人でいたのだが、午後3時から5時までの記憶がまったくない。その間、息子は何をしていたのだろう?私を起こそうとしていたのだろうか。目を覚ましたときには、おもちゃの電車で一人遊びをしていたけれど、2時間それをやっていたとは思えない。
ナゾだ。

かように、私と台風は相性が悪い。やっぱ、血圧の薬飲まないとダメかなぁ。毎週もらいに行くのが面倒くさいんだよなぁ。
2002/07/16(かようび) たいふ〜


[ 産休讃歌 ]
というわけで、なんとか産休に突入した。

最後はなんだか前のめりというか、倒れ込むように終わった感じだが、ま、それもやむを得ない。W杯のどさくさにまぎれていろいろなものがうやむやになっているので、きっと会社から問い合わせの電話がかかってくるんだろうなぁ。だからちゃんと引き継ぎをやっておきたかったのに、お気楽社長の「大丈夫、大丈夫!もう、全部わかったからあとはまかせて!」という怪しいコトバによってごまかされ、そのままになっている。嘆息!

さて、それはともかく、産休に入ったことは嬉しい。そこで、産休中、それも産前にやっておきたいことを書き出してみた。
書き出してみたらそれは、レポート用紙1枚分にもなってしまったので、ちょっと反省した。何のための産休だよ、オイ!と自分にツッコミを入れた。
でも、息子がいない(保育園にぶちこんでいるので)平日に家にいるなんて、今までなかったことなので、ついうきうきしてしまうのだ。
パソコンを新しくしたいし、美容院にも行きたいし、ベビー服も買いに行きたい。あぁ、まして今はバーゲンシーズンではないか!妊婦だから自分の洋服は買えないにしても、買っておきたいものはある。そうそう、駅前にAfternoon Teaがオープンしたんだよなぁ。あそこのホットアップルパイ、絶品なんだ。食べたいなぁ。

出かけるばかりじゃなく、家の中のこともいろいろやりたい。普段見て見ぬ振りをしている部分の掃除とか、本棚の整理とか、大物(毛布とか)の洗濯とか、あげればキリがない。

でも、そんなことをしていると、また前回のように一ヶ月も早く生まれてしまって、結局は産休が少なくなってしまうので、その点は、今回抜かりがない。ちゃんとペース配分を考えて、休むときは休む、無理をしない計画表を作成した。仕事はいきあたりばったりなくせに、こういうことはきちんとやるのが私のバカなところである。
だって産休よ!公然と堂々と休めるのよ!もちろんお給料はないけど、この解放感!もう子供は打ち止めの予定だけど、産休の魅力に負けて、3人目を産んだりして。つわりのつらさと出産の痛みと産んでからの苦労がなければなぁ。仕事はきらいじゃないし、ずっと続けたいと思っているけど、産休になると「けっこうたまってるんだな、私も」と思う。
2002/07/01(げつようび) あめ

My Diary Version 1.21
[ 管理者:くくみ 著作:じゃわ 画像:牛飼い ]